腹部大動脈瘤患者に対する 世界初のトリカプリン投与試験を開始
手術以外の治療法開発に期待
研究成果のポイント
- 腹部大動脈瘤に対して、栄養成分トリカプリンを投与する臨床試験を5月17日より開始
- これまで腹部大動脈瘤は、手術以外に有効な治療法がなかったが、ラットの動物実験でトリカプリンが腹部大動脈瘤の破裂を防ぎ、サイズを縮小させることが判明していた
- 臨床試験により腹部大動脈瘤患者への安全性が証明され、瘤が縮小する効果が見られれば、今後の腹部大動脈瘤治療への革新的な一手となり得る
概要
大阪大学大学院医学系研究科 中性脂肪学共同研究講座 樺 敬人 特任研究員(常勤)、平野 賢一 特任教授(常勤)、同 循環器内科学講座、心臓血管外科学講座、放射線統合医学講座の研究グループは、腹部大動脈瘤の患者さんに対して、トリカプリンを投与する世界初の臨床試験を開始しました。
これまで腹部大動脈瘤は、手術以外に有効な治療方法がなく、破裂の危険がある大きな動脈瘤(直径50mm以上)になるまでは、経過観察されています。
これまでに、近畿大学農学部応用生命化学科(財満信宏教授ら)、大阪大学大学院医学系研究科中性脂肪学共同研究講座らの研究グループは、母乳にも含まれる栄養成分であるトリカプリンを腹部大動脈瘤のラットに与えると、一度できた腹部大動脈瘤が退縮(縮小)することや、発症前に投与しておくと腹部大動脈瘤ができなくなることを発見しました(図1)(プレスリリース参照:2023/2/3 『腹部大動脈瘤の発症を抑制し、縮小させる成分を発見』)。
この成果をもとに研究グループは、腹部大動脈瘤の患者さんに対して世界で初めて、高純度トリカプリンカプセル「カプリンHI®」を経口投与する臨床試験【腹部大動脈瘤患者に対する世界初のトリカプリン投与試験:臨床研究等提出・公開システム (niph.go.jp)】を開始しました。本試験によりトリカプリンの腹部大動脈瘤に対する良い効果が観察されれば、手術の適応になるサイズになるまで待つしかない腹部大動脈瘤に対する全く新しい治療法開発の第1歩となります。
本臨床試験は大阪大学医学部附属病院 認定臨床研究審査委員会にて2024年5月9日に承認され、大阪大学と一般財団法人 栩野財団との共同研究「血管疾患に対するトリカプリンを用いた治療法の開発研究」を基盤として2024年5月17日より大阪大学医学部附属病院 循環器内科で開始されました。
図1. ラットの腹部大動脈に与えるトリカプリンの影響
研究の背景
腹部大動脈瘤は、無症状のうちに少しずつ進行して突然破裂し命を奪う疾患で、現在、手術以外に有効な治療方法がないと考えられています。しかし手術は動脈瘤の大きさが50mmを超えるまでは行われず、CTやエコー検査をしながら経過観察されています。いつ破裂するかわからない強い不安の中で出来る治療が無く、ずっと薬による予防や治療法が強く望まれてきました。これまで腹部大動脈瘤の進行や破裂を抑えようと様々な薬物で臨床試験が行われてきましたが、いずれも有効ではありませんでした。その中で近畿大学農学部応用生命化学科 財満信宏教授、大阪大学大学院医学系研究科 中性脂肪学共同研究講座 平野賢一特任教授(常勤)らの研究グループが行った研究結果(腹部大動脈瘤の発症を抑制し、縮小させる成分を発見 - ResOU (osaka-u.ac.jp))から、今回の臨床試験を計画しました。トリカプリンは既に他の病気の治療法として安全性が確認されていましたが、ヒトの腹部大動脈瘤への安全性や効果についてのデータがないため、現時点ではヒトに治療の目的で使えないことが課題です。
研究の内容
本研究は、腹部大動脈瘤の患者さん(50歳~85歳)に1日3回トリカプリンのカプセル(カプリンHI®、図2)を毎日服用してもらう方法で安全性・有効性を検証する世界初の特定臨床研究です。これは、①栄養成分トリカプリンが、腹部大動脈瘤の患者さんで安全に使用できるか、②ラットで見られた腹部大動脈瘤の退縮(縮小)効果がヒトで確認できるか、について10名の小さな腹部大動脈瘤(直径45mm以下)を持つ患者さんにご協力頂き1年間かけて確かめる試験です。
試験中は1日2.4g(6粒)のカプリンHI®から服用を開始し、2週間様子をみてその後は4.8g(12粒)へ増量し、3ヵ月に1度の診察を受けていただきます。トリカプリンの効果の確認には診察や一般的な血液検査の他、造影剤を使った腹部CT検査を行い、詳しく解析を行います。
臨床試験参加者については、主に以下の条件に当てはまらない方を選定します。
既に腹部大動脈瘤の手術を予定している方/大動脈の手術後の方/腎臓の機能が悪く治療中の方(eGFR≦30ml/minの方)/喘息で治療中の方/造影剤へのアレルギーがある方 など。
※他にも様々な条件があります。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究で腹部大動脈瘤の退縮(縮小)が数例でも見られれば、今後さらに大規模な臨床試験でトリカプリンの有効性を検証し、将来的に腹部大動脈瘤の薬物治療が実現できる可能性があります。またトリカプリンによる治療が、今までにない手術以外の進行予防法となれば、医学界に与えるインパクトはとても大きく、治療指針(ガイドライン)や医療経済にも大きな影響を及ぼします。
特記事項
本研究は2024年5月17日(金)より大阪大学医学部附属病院 循環器内科で、一般財団法人 栩野財団との共同研究で開始されました。
研究課題名:“腹部大動脈瘤患者に対する世界初のトリカプリン投与試験”
英語名:First-in-Human Abdominal Aortic Aneurysms trial with Tricaprin(F-HAAAT)
研究責任医師:樺 敬人
所属:大阪大学医学部附属病院 循環器内科/大阪大学大学院医学系研究科 中性脂肪学共同研究講座
本研究は大阪大学医学部附属病院・臨床研究支援プロジェクトの一環として行われます。学外では近畿大学 農学部応用生命化学科 財満信宏教授にご協力を頂いておりますことを付記し、御礼申し上げます。また学内において、医学系研究科 循環器内科学 坂田泰史教授、 心臓血管外科 宮川繁教授、 放射線統合医学講座 放射線医学教室 富山憲幸教授、医学部附属病院 未来医療開発部らと協力して進めて参ります。
参考URL
平野 賢一 特任教授(常勤)
研究者総覧 - 大阪大学 (osaka-u.ac.jp)
財満 信宏 教授
財満 信宏 (農学部 応用生命化学科) | 近畿大学 教員業績管理システム (kindai.ac.jp)
用語説明
- トリカプリン
炭素(C)の数が10個の脂肪酸で構成される中性脂肪(TG)の一種で、C10-TGと表記されることもある。体内ですぐにエネルギー源として使用されるため、摂取しても血中の中性脂肪値や血糖値の悪化が起こりづらい。母乳やココナッツミルク、チーズ等に含まれるが、その含有量はごくわずかで腹部大動脈瘤に対して効果が期待できる量が入っていないため、動物実験にはトリカプリンを精製して純度を高めたものが使用された。
- カプリンHI®
トリカプリンを高純度で含有した健康食品。大阪大学と一般財団法人 栩野財団との共同研究「中性脂肪蓄積心筋血管症に対するトリカプリン栄養療法の開発研究」において開発され、大阪大学と栩野財団の共有成果物である。
- 造影剤
CT検査等の画像検査で使用され、血流の良い所・悪い所をはっきりさせる効果を持つ検査用の薬品。静脈に注射することで動脈瘤の形や性質を細かく調べることができる。