新しいメカニズムによる動脈硬化の顕著な退縮
研究成果のポイント
- 難治性の狭心症患者のびまん性の冠動脈硬化が細胞内の脂肪分解を促進させることにより顕著に退縮しえることを見出しました。
- 近年、血清脂質(LDL-コレステロール値や中性脂肪値)の低下治療が実用化されましたが、それによる動脈硬化のプラーク容積の減少(退縮)は、わずか数%程度に留まると報告されています。
- 血清脂質の低下によって改善し得ない動脈硬化リスクは残余リスクと呼ばれ、その解決は危急の課題です。現在、細胞内脂肪分解促進を起こす治療薬の検証的治験が行われており、その成果が期待されます。
概要
大阪大学大学院医学系研究科 中性脂肪学共同研究講座の平野賢一 特任教授(常勤)、同講座の東将浩 招へい准教授(国立病院機構 大阪医療センター 放射線診断科 科長 職員研修部長)らの研究グループは、難治性狭心症を持つ2例の糖尿病患者に対し、細胞内脂肪分解を促進することによって、びまん性冠動脈硬化が顕著に退縮したことを冠動脈CTの詳細分析により明らかにしました。
この変化は、脂肪酸シンチグラフィによる分析の結果、心臓における脂肪分解の亢進を伴っていました。また、血清脂質値の変化は認めませんでした。
近年、動脈硬化の治療法として、血清脂質(コレステロールや中性脂肪)の低下療法や冠動脈のカテーテル治療が実用化されましたが、冠動脈疾患はグローバルに見てもいまだ主要な死因の一つです。これらの治療法でも改善しない動脈硬化は残余リスクと呼ばれ、その原因の解明や治療法の開発が望まれています。今回の研究成果と合わせて、現在、大阪大学でアカデミア開発した細胞内脂肪分解を促進する治療薬CNT-01(主成分はトリカプリン/トリスデカノイン)を用いた第IIb/III相試験が国内製薬企業により行われており、その成果が待たれます。本研究成果は、欧州科学誌「European Heart Journal」に、12月30日(金)にオンライン公開されました。
研究の背景
狭心症や心筋梗塞等、冠動脈疾患は、世界的に見ても主要死因の一つです。
これまで、血清脂質(LDL-コレステロールや中性脂肪)低下療法が開発臨床応用されてきました。しかし、これらで予防治療可能な冠動脈疾患は約3―4割と考えられています。
残りの未解決なリスクを「残余リスク」と呼び、その原因の解明や治療法開発は危急の課題と言えます。研究グループは、血清脂質値や肥満度とは無関係に、冠動脈に中性脂肪が蓄積しびまん性の動脈硬化を来す疾患を見出し、中性脂肪蓄積心筋血管症 TGCVと命名、その診断方法や治療法の開発を行ってきました。
研究の内容
今回、研究グループでは、トリカプリン栄養療法を行った60才代の難治性狭心症および糖尿病を持つ男性TGCV患者2例において、CTを用いた脂肪の血管壁内分布、脂肪量の定量解析、心筋における脂肪分解を、脂肪酸代謝シンチグラフィBMIPP (123I-beta-methyl-p-iodophenylpentadecanoic acid)の洗い出し率(WR, washout rate)を用いて算出しました。
その結果、2例とも冠動脈の狭窄、血流低下の著明な改善(図の上段)、血管に蓄積する脂肪の減少(図の中段)と明らかな退縮を観察しえました。これらの変化は、BMIPPのWRの著明な改善(図の下段)を伴っていました。なお、血清脂質値やヘモグロビンA1c値は治療前後で変化していませんでした。これらは、これまで想定されなかった動脈硬化の顕著でかつ新しいメカニズムの退縮と言えます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
中性脂肪学共同研究講座 池田善彦 招へい准教授(国立循環器病研究センター 臨床検査部 医長)や 平野特任教授(常勤)ら研究グループにより中性脂肪蓄積型の動脈硬化は、糖尿病や慢性腎臓病患者に 認められることが既に報告されています (Pathol Int. 2014, JAMA Netw Open 2019, Heart 2020)。現在、トリカプリン/トリスデカノインを主成分とする治療薬CNT-01の第IIb/III相試験 (jRCT2051210177)が国内製薬企業により実施されており、その結果が待たれます。
特記事項
本研究成果は、2022年12月30日(金)(日本時間)に欧州科学誌「European Heart Journal」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:Remarkable regression of diffuse coronary atherosclerosis in patients with triglyceride deposit cardiomyovasculopathy.
著者名:*平野賢一(1)、東 将浩(1, 2)、中嶋憲一(3) (*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 中性脂肪学共同研究講座
2. 国立病院機構 大阪医療センター 放射線診断科
3. 金沢大学大学院先進予防医学研究科 機能画像人工知能学講座
DOI: https://doi.org/10.1093/eurheartj/ehac762
本研究は、厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 TGCV研究の一端として行われました。また、部分的に日本メジフィジックス株式会社との共同研究費によりサポートを受けました。
参考URL
用語説明
- 動脈硬化
動脈硬化はさまざまな原因で年齢とともに進行していく。血管への脂質の蓄積はプラークを形成して血管の狭窄や閉塞、冠動脈疾患の発症を引き起こす。一旦、できあがったプラークの減少(=退縮と呼ぶ)は困難と考えられ、実際、LDL-コレステロールを極限まで低下、維持してもプラーク容積の減少は、わずか数%にとどまることが、欧米のランダム化試験で明らかになっている。
- 中性脂肪蓄積心筋血管症 TGCV
平野特任教授(常勤)らが見出した新規難病 (N Engl J Med. 2008)。血清TG値や肥満度とは無関係に、冠動脈や心臓にTGが蓄積する。これまで想定されていなかったTGの生体における役割を示すモデル疾患でもある。厚生労働省難治性疾患政策研究事業 TGCV研究班(平野班)によると、2022年12月現在の累積診断数は640例、5年生存率は72%であり、厚生労働省において指定難病化に向けて議論がなされている。また潜在患者数は4-5万人と推定され、さらなる疾患啓発が必要である。2009年から厚生労働省や日本医療研究開発機構の難病事業として治療法開発が進められてきた。大阪大学でアカデミア開発された治療薬CNT-01は、厚生労働省から先駆け医薬品・希少疾病用医薬品指定を受け、現在、国内製薬企業が検証的治験を実施している。
- 脂肪酸代謝シンチグラフィBMIPP
心臓や血管は脂肪酸をエネルギー源としている。BMIPPは脂肪酸の放射性アナログで、我が国に おいては1990年代から核医学検査として日常診療として実施されている。BMIPPの洗い出し率の測定は、心臓における脂肪分解能、脂肪利用の程度を評価でき、TGCVの診断や治療法の効果判定に有用である。