腹部大動脈瘤の発症を抑制し、縮小させる成分を発見
手術するしかなかった腹部大動脈瘤に、治療薬創出の可能性を示唆
研究成果のポイント
- 腹部大動脈瘤の発症抑制効果を、中性脂肪の一つであるトリカプリンに確認
- トリカプリンには、腹部大動脈瘤の縮小効果もあり、大動脈瘤の破裂を防ぐことを明らかに
- これまで手術しか治療法がなかった腹部大動脈瘤に対して、治療薬を創出できる可能性を示唆
概要
近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士研究員 久後裕菜、教授 財満信宏、教授 森山達哉、大阪大学大学院医学系研究科(大阪府吹田市)中性脂肪学共同研究講座特任教授(常勤) 平野賢一、浜松医科大学(静岡県浜松市)などの研究チームは、「トリカプリン」という成分に、腹部大動脈瘤の発症抑制および縮小効果があることを、モデルラットを用いて世界で初めて明らかにしました。腹部大動脈瘤の治療薬はまだ存在しておらず、本研究成果により、将来的に腹部大動脈瘤治療薬を創出できる可能性が示唆されました。
本研究に関する論文が、令和5年(2023年)1月31日(火)に、薬物療法に関する専門国際誌“Biomedicine & Pharmacotherapy”にオンライン掲載されました。
図. 左:形成された腹部大動脈瘤、中央:トリカプリン投与後経過、右:トリカプリン投与により腹部大動脈瘤が縮小
研究の背景
腹部大動脈瘤は、腹部大動脈が部分的に拡張する疾患で、大動脈瘤のなかで最も発症頻度が高くなっています。腹部大動脈の拡張は、無自覚、無症状であることが多く、無自覚のまま腹部大動脈瘤が突然破裂することもあるため、「サイレントキラー」とも呼ばれています。米国では毎年約20万人が腹部大動脈瘤と診断され、55歳以上の男性の死因では15位前後、英国では10位前後に位置しています。日本における正確な患者数は不明ですが、「大動脈瘤及び解離(腹部大動脈瘤以外の大動脈瘤や動脈解離を含む)」は死因の10位前後となっています。しかし、これだけ患者が多い疾患にも関わらず、現状腹部大動脈瘤の治療法は手術に限られています。血圧やコレステロール値を薬で下げ、動脈瘤が破裂することを防ぐ方法はありますが、大動脈瘤自体を縮小させる、あるいは予防する治療薬は現状存在しません。
研究の内容
研究グループは、中性脂肪の一種でありながら、動脈硬化や心不全といった疾患の改善効果が知られるトリカプリンに注目し、腹部大動脈瘤のモデルラットを用いて治療効果を検証しました。その結果、トリカプリンが腹部大動脈瘤の発症を抑制し、破裂を完全に防ぐことができることが明らかとなりました。また、患部の直径の縮小も確認でき、動脈の硬化抑制など血管の健全性を保つ効果があることも明らかになりました。
今回実験に用いたトリカプリンは、ヒトでも安全性が高いことが確認されており、本研究成果を用いて今後ヒトでの臨床研究を実施することで、これまで存在しなかった腹部大動脈瘤の治療薬を創出できることが期待されます。
研究の詳細
研究グループは、腹部大動脈瘤(Abdominal aortic aneurysm)の予防・治療法を確立するために、これまで研究を進めてきました。今回、モデル動物に形成される腹部大動脈瘤に対するトリカプリン(炭素の数が10個のトリグリセリド、C10:TG)の影響を検証しました。その結果、トリカプリン(C10:TG)を投与した動物では、腹部大動脈瘤の形成・進展抑制が観察されたほか、形成後からトリカプリン(C10:TG)を投与すると、腹部大動脈瘤が退縮することがわかりました。トリカプリン(C10:TG)を投与した動物では、動脈の硬化、血管線維成分の破壊、線維分解酵素の増加(マトリックスメタロプロテアーゼなど)、血管平滑筋の低下、栄養血管の狭窄など、多くの腹部大動脈瘤関連病態が抑制されていることがわかりました。さらに、同じ中性脂肪の一種で、炭素の数が2個だけ少ないトリカプリリン(C8:TG)を投与した場合は腹部大動脈瘤抑制効果が観察されず、抑制効果はトリカプリン(C10:TG)に特有のものである可能性が示されました。
特記事項
【論文情報】
掲載誌:Biomedicine & Pharmacotherapy(インパクトファクター:7.419@2021)
論文名:Tricaprin can prevent the development of AAA by attenuating aortic degeneration
(トリカプリンは動脈変性を軽減することによりAAA進展を抑制しうる)
著者:久後裕菜1、杉浦悠毅2、藤嶋玲奈1、徐宸東1、三島寛貴1、菅本恵莉奈1、田中宏樹3、山口知是4、池田善彦4,5、平野賢一4、森山達哉1,6、財満信宏1,6*
*責任著者
所属:1 近畿大学大学院農学研究科、2 慶應義塾大学医学部(現所属:京都大学大学院医学研究科)、3 浜松医科大学、4 大阪大学大学院医学系研究科、5 国立循環器病センター、6 近畿大学アグリ技術革新研究所
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究戦略的推進プログラム異分野融合型研究開発推進支援事業(シーズH JP20lm0203014)(拠点大阪大学)「異分野融合型研究開発の推進による未来医療創出」における研究開発課題「腹部大動脈瘤治療薬の創出を目指した研究」、文部科学省科研費基盤研究B(21H02147)、近畿大学21世紀研究開発奨励金(KD2004)の支援を受けて行われました。
用語説明
- トリカプリン
正確にはトリカプリン(C10:TG)。グリセリンに結合する3つの脂肪酸すべてが、炭素数10のカプリン酸(やし油などの種子油や、バターに含まれる脂肪酸で、香料や医薬品などにも用いられる)で構成された中性脂肪。天然にはトリカプリンの形ではほとんど存在しない。本研究グループの大阪大学大学院医学系研究科中性脂肪学共同研究講座特任教授(常勤)平野賢一が中心となり、招へい准教授 池田善彦(国立循環器病研究センター 臨床検査部 医長 兼任)、近畿大学農学部教授 財満信宏らとともに見出した新規難病である中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)(N Engl J Med. 2008)に対する治療薬CNT-01(厚労省から先駆け指定・希少疾病用医薬品指定を受けている)の主成分でもある。近年、CNT-01開発主導者である特任教授(常勤) 平野賢一らによって、トリカプリンにヒト動脈硬化(冠動脈)に対する顕著な改善効果があることが、観察研究で示された(European Heart Journal 2022)。現在、TGCVに対するCNT-01を用いた第 IIb/III 相試験が国内製薬企業により行われている。
- 退縮
腹部大動脈瘤の退縮は、拡大した腹部大動脈瘤が縮小すること(冒頭の写真参照)を示す。腹部大動脈瘤は進行的に拡大し、一度形成された腹部大動脈瘤は縮小することがない。現状治療薬の存在しない腹部大動脈瘤において、退縮させうる治療薬が開発されれば画期的な発明となる。
- トリカプリリン(C8:TG)
グリセリンに結合する3つの脂肪酸すべてが、炭素数8つのカプリル酸で構成された中性脂肪。体脂肪減少効果などが報告されており、特定保健用食品・機能性表示食品などとして販売される中鎖脂肪酸製品では、トリカプリリン(C8:TG)が主成分となっているものが多い。