中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV) 「循環器病の仮面をかぶった代謝病」を如何に診断するか

中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV) 「循環器病の仮面をかぶった代謝病」を如何に診断するか

核医学検査、病理標本から血液検査まで

2024-2-27生命科学・医学系
医学系研究科特任教授(常勤)平野賢一

研究成果のポイント

  • 中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)は、2008年にわが国の心臓移植待機症例から見いだされた希少難病である。
  • 本症は細胞内の中性脂肪(TG)分解が障害される結果、難治性心不全、びまん性冠動脈疾患、心室性不整脈等を呈する循環器病の仮面をかぶった代謝病といえる。厚生労働省難治性疾患政策研究事業TGCV研究班は、2020年に診断基準を策定、我が国における診療実態を調査するとともに、診断法の検証を進めている。
  • 2024年2月現在、全国40都道府県、100施設において診断体制がとられている。TGCVの累積診断数は814例。内訳は原発性TGCVが15例、特発性TGCVが799例であった。うち、122例が既に死亡している。急性冠症候群患者におけるTGCVの頻度は約5%であった。
  • 病態の根幹であるTG分解障害を評価する心臓脂肪酸代謝シンチグラフィBMIPPの撮像方法についての推奨論文が昨年公表され、今回、病理標本における脂肪蓄積との相関性を明らかにした。
  • 大阪大学は、TGCVの診断を加速するため、JDSC社と共同研究契約を締結して、本症のスクリーニング法として、末梢血のスメア標本を用いた人工知能診断の開発に着手した。

概要

大阪大学大学院医学系研究科中性脂肪学共同研究講座の平野賢一特任教授(常勤)が代表研究者を務める厚生労働省 難治性疾患実用化研究事業の中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)研究班、国立循環器病研究センター臨床病理 医長並びに本学中性脂肪学共同研究講座 の池田善彦招へい准教授、愛知医科大学循環器内科 の中野雄介特任教授(常勤)らは、TGCVの診療実態(患者数、死亡者数、診断可能施設数)、本症の2020年に策定した診断基準項目の検証、急性冠症候群におけるTGCVの頻度について検討を行いました。

2024年2月現在、全国40都道府県、100施設において診断体制がとられており、2019年時点の17都道府県、20施設と比べて大きく増加し、疾患の周知が進んでいます。累積診断数も814症例と558例増加しましたが、死亡者数も77名と増加しています。急性冠症候群におけるTGCVの頻度は約5%でした。今回、病理標本に対する解析を行い、脂肪酸代謝シンチグラフィBMIPPの洗い出し率は、心筋生検標本を用いた脂肪蓄積量と有意に相関すること、TGCVの病態の根幹は細胞内TG分解障害で、その経路は多様であることが明らかになりました。「TGCVは心臓病の仮面をかぶった代謝病」であり、「代謝」と「循環器」の両面の理解が必要であると考えられます。

本症の指定難病化が議論されており、その要件となる学会承認において、今回得られた知見は、重要なエビデンスになると考えられます。

これらの成果は、2024年2月18日に欧州心臓病学会誌「ESC Heart Failure」(オンライン)、2024年1月11日に同「European Heart Journal: Acute Cardiovascular Care」(オンライン)、並びに2023年12月26日に日本心臓核医学会公式雑誌「Annals of Nuclear Cardiology」(オンライン)に掲載されました。

研究の背景

TGCVは、2008年、我が国の心臓移植待機症例から見いだされた新規心臓難病です。罹患臓器・細胞の主たるエネルギー源である長鎖脂肪酸 (Long chain fatty acids, LCFA) の細胞内代謝異常の結果、蓄積するTGによる脂肪毒性とLCFAが供給されないためのエネルギー不全を生じると考えられています(図1)。2009年から厚生労働省、日本医療研究開発機構(AMED)等の難治性疾患関連事業として疾患概念確立、診断基準策定、特異的治療法の開発が行われてきました。

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研究の内容

2024年2月現在、全国40都道府県、100施設において診断体制がとられています。2019年時点の17都道府県、20施設と比べて大きく増加し、疾患の周知が進んでいます。累積診断数も814症例と558例増加する一方、死亡者数は77名も増加となりました(図1)。急性冠症候群におけるTGCVの頻度は約5%でした。今回、病理標本に対する解析を行い、脂肪酸代謝シンチグラフィBMIPPの洗い出し率は、心筋生検標本を用いた脂肪蓄積量と有意に相関すること、TGCVの病態の根幹は細胞内TG分解障害で、その経路は多様であることが明らかになりました(図2)。また、細胞内TG代謝マップにおいて、TG分解のステップは、カルニチンシャトルより上流の酵素反応であることから、TGCVとカルニチン欠乏症との病態の違いが明らかとなりました(図3)。「TGCVは心臓病の仮面をかぶった代謝病」であり、「代謝」と「循環器」の両面の理解が必要であると考えられます。

また現診断基準の必須項目は、心臓に関する精密検査であり、その前段階として簡便なスクリーニング・ゲートキーパーとなる検査法が求められています。今回、(株)JDSC社と共同研究契約を締結、末梢血塗抹標本を人工知能で評価する検査法の開発を行います。

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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

TGCV研究班が2020年に策定した診断基準は実臨床において順調に運用されており、今後のさらなる症例の発掘が期待されます。既に報告しているようにTGCVの予後は、代表的指定難病である拡張型心筋症のそれと同等であり、本症の早期の指定難病化、治療法開発加速のために産・患・官・学のより一層の連携、医学研究・臨床試験における患者・市民参画(Patient-public involvement)の取り組みの促進が必要です。

特記事項

本研究成果は、2024年2月18日に欧州心臓病学雑誌「ESC: Heart Failure」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Distinct myocardial triglyceride lipolysis pathways in primary and idiopathic triglyceride deposit cardiomyovasculopathy”
著者名:Yoshihiko Ikeda1,2, Mikio Shiba3, Hiroyuki Yamamoto4, Tomonori Itoh5, Takahiro Okumura6, Yusuke Nakano7, Hideyuki Miyauchi8, Tomomi Ide9, Sohsuke Yamada10, Hiroyuki Hao11, Seiya Kato12, Ken-ichi Hirano2 (*)
所属:
1. 国立循環器病研究センター 臨床検査部
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 中性脂肪学共同研究講座
3. 大阪警察病院 循環器内科
4. 成田富里病院 循環器内科
5. 岩手医科大学 循環器内科
6. 名古屋大学 循環器内科
7. 愛知医科大学 循環器内科
8. 千葉大学 循環器内科
9. 九州大学 循環器内科
10. 金沢医科大学 臨床病理学
11. 日本大学医学部 人体病理学分野
12. 済生会福岡総合病院 病理診断科
Equal contribution (YI, MS, and HY)
DOI: https://doi.org/10.1002/ehf2.14722
本研究は、厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 TGCV研究班 (20FC1008)、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業 (22ek0109479h0003) の一端として行われました。

本研究成果は、2024年1月11日に欧州心臓病学会誌「European Heart Journal: Acute Cardiovacular Care」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Prevalence of triglyceride deposit cardiomyovasculopathy among patients with acute coronary syndrome”
著者名:Yusuke Nakano 1(*), Ken-ichi Hirano2, Tomohiro Onishi 1, Hirohiko Ando 1, Tetsuya Amano 1
所属:
1. 愛知医科大学 循環器内科
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 中性脂肪学共同研究講座
DOI: https://doi.org/10.1093/ehjacc/zuae005
本研究は、厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 TGCV研究班 (20FC1008)、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業 (22ek0109479h0003)の一端として行われました。

本研究成果は、2023年12月26日に、日本心臓核医学会公式雑誌「Annals of Nuclear Cardiology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Carnitine administration and 123I-BMIPP washout rate in hemodialysis patients with triglyceride deposit cardiomyovasculopathy”
著者名:Ken-ichi Hirano 1(*), Keita Kodama 2, Hideyuki Miyauchi 3, Yasuyuki Nagasawa 4, Yusuke Nakano 5, Masaki Matsunaga 2, Tetsuya Amano 5, Kenichi Nakajima 6
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 中性脂肪学共同研究講座
2. 磐田市立総合病院 循環器内科
3. 千葉大学 循環器内科
4. 兵庫医科大学 総合内科
5. 愛知医科大学 循環器内科
6. 金沢大学 機能画像人工知能学
Equal contribution (KH and KK)
DOI: https://doi.org/10.17996/anc.23-00014
本研究は、厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 TGCV研究班 (20FC1008)、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業 (22ek0109479h0003) の一端として行われました。

参考URL

平野賢一 特任教授(常勤)研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/9df4c433747552f7.html

用語説明

中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)

Triglyceride deposit cardiomyovasculopathy、平野特任教授(常勤)らが我が国の心臓移植待機症例から見出した新規難病 (N Engl J Med. 2008)。細胞内TG分解酵素であるAdipose triglyceride lipase 遺伝子のホモ型変異を持つ原発性とATGLには変異を認めない特発性に分類され、後者が患者の95%以上をしめる。いずれも血清TG値や肥満度とは無関係に、冠動脈や心臓にTGが蓄積する。これまで想定されていなかったTGの生体における役割を示すモデル疾患でもある。2009年から厚生労働省や日本医療研究開発機構の難病事業として診断法、治療法開発が進められている。大阪大学でアカデミア開発された治療薬CNT-01は、厚生労働省から先駆け医薬品指定・希少疾病用医薬品指定を受け、現在、国内製薬企業が検証的治験を実施している。

脂肪酸代謝シンチグラフィBMIPP

BMIPPは、1990年代から我が国で臨床応用されている心臓核医学検査試薬である。脂肪酸アナログであるBMIPPは、心臓に取り込まれた後、その約90%が中性脂肪となるため、その分解を評価する洗い出し率は、TGCVの病態の根幹部分を評価しえる。日本心臓核医学会のBMIPPワーキンググループ(金沢大学機能画像人工知能学 中嶋憲一座長)は、BMIPP心筋シンチグラムの撮像、洗い出し率の算出法に関して、2023年、Annals of Nuclear Cardiology誌(Ann Nucl Cardiol. 2023;9(1):3-10. doi: 10.17996/anc.23-00005. Epub 2023 Oct 31)並びにAnnals of Nuclear Medicine誌(Ann Nucl Med. 2024 Jan;38(1):1-8. doi: 10.1007/s12149-023-01863-8. Epub 2023 Sep 11) にRecommendation paperを公表した。