\1ナノメートル以下の分解能で!/ 世界初!1分子内部の電子の歪みを画像化

\1ナノメートル以下の分解能で!/ 世界初!1分子内部の電子の歪みを画像化

集積分子材料のデザインに不可欠な情報の画像化に成功

2024-1-23工学系
工学研究科教授菅原康弘

研究成果のポイント

  • 光照射によって働く試料とプローブ間の力(光圧)を計測する「光誘起力顕微鏡」で、単一分子内部の電子の歪みを世界で初めて1ナノメートル以下の分解能で画像化することに成功
  • 隣接環境間の電荷移動を計測する「ケルビンプローブ力顕微鏡」と組み合わせることにより、単一分子内部でなぜ電子の歪みが発生するのかを明らかにすることに成功
  • 画期的な光触媒材料や太陽電池材料など、機能性ナノ材料の設計・評価のための新しい基盤技術として期待

概要

大阪大学大学院工学研究科 菅原康弘教授、山本達也さん(研究当時:博士後期課程)、大阪大学大学院基礎工学研究科 石原一教授、大阪公立大学大学院工学研究科 余越伸彦准教授、大阪産業技術研究所 山根秀勝研究員らの研究チームは、光照射により発生する力(光圧)を計る顕微鏡(光誘起力顕微鏡)を用いて、単一分子の中で電子が複雑に歪む様子を1ナノメートル(10億分の1メートル)以下の分解能で画像化することに世界で初めて成功しました(図1)。

基板や配列をデザインして一つ一つの分子を積み上げ新しい機能を持つ物質を創り出す技術は、将来の省エネルギー・持続型社会の創造に欠かせない技術です。しかし、配列構造中など、多様な環境中にある分子一つ一つの性質は、それが単独であるときのものとは通常著しく異なります。周囲との相互作用の結果、分子の性質を決める電子が移動したり、電子雲が強く歪んだりするので、それを理解した上での材料設計が必須です。今回研究チームは、層状に積まれた単一分子の一つ一つを、光が誘起する力を用いて観測しました。その結果、分子内の電子雲が歪み、電荷分布が分子サイズより細かい複雑な構造を持つ様子を原子分解能に迫る光圧画像で確認しました。また通常の光では吸収せず透明に見えてしまう波長での像が観測できたことも特徴です。機能性集積分子材料の設計・評価のための新しい基盤技術として期待される成果です。

本研究成果は、2023年12月29日(金)、米国化学会の学術誌「ACS Nano」のArticlesオンライン速報版で公開されました。

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図1. (a) ペンタセン分子の原子構造と今回試料とした銀(Ag)表面上のペンタセン二層膜の分子の配列。(b) 光誘起力顕微鏡の模式図。(c) 二層ペンタセン分子の光誘起力像。各単分子の両端で強い電子の歪みが観測された。(d) (c)の白線上の断面図。0.6ナノメートルの空間分解能が実現されている。

研究の背景

個々の分子の電子分布を可視化することは、触媒作用、分子ナノテクノロジー、バイオテクノロジーにおける長年の目標です。分子の電子分布は、孤立した環境だけでなく、隣接する分子や基質によっても支配されます。実環境におけるエネルギーと電荷の移動に関する情報は、望ましい分子機能を設計するために不可欠です。これまで近接的な光場を観測する顕微鏡としては走査型近接場光学顕微鏡がありましたが、分子スケールを超える空間分解能でこれらの要因を可視化することは不可能でした。

今回、研究チームは、光誘起力顕微鏡とケルビンプローブ力顕微鏡を組み合わせた顕微鏡でペンタセン二重膜を観測し、そのデータを理論解析しました。その結果、電荷移動が起こった単一分子内部の電子雲の歪みを0.6ナノメートルの空間分解能で観測することに成功し、これまで観測不可能であった単一分子の多重極励起を画像化しました。2次元マッピングにより、光誘起力は分子の端で強くなり、中央では弱いことを明らかにしました(図2(c))。また、理論計算の結果、電荷移動が起こらない場合は分子の中心で双極子の垂直成分が強く励起されますが、電荷移動が起こったときには、電子雲が複雑に歪み、双極子の垂直成分は分子の端で強く励起され、中心では相殺されることが分かりました(図3)。さらに電荷移動が起こる場合に出現した多重極励起状態は通常はほとんど光を吸収することはなく、分子は透明になるため、普通の光学測定では観測できないものです。

以上のように今回の発見は、従来の方法では不可能で、分子の近接光学応答と隣接環境間の電荷移動を同時に可視化する顕微鏡技術を組み合わせることによって初めて達成できたものです。

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図2. (a) 二層ペンタセン分子上の光誘起力の2次元マッピングの模式図。(b) 光誘起力の2次元マッピングの結果。(c) 電子の状態を反映する成分だけを抽出した光誘起力2次元マッピングの結果。分子の端で光誘起力が強くなっている。

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図3. (a) 光照射された二層ペンタセン分子に誘起される双極子モーメント分布(計算結果に基づく概形図)。(b) ペンタセン分子の光誘起力像の計算結果。(c) 上層の分子の軸に沿った光誘起力のラインプロファイル。実験で得られた光誘起力像のパターンがよく説明できている。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本技術により、電荷移動の影響を受けた分子の光学応答を分子スケールで実空間可視化できます。これは、分子を層ごとに積み重ねる各段階において、光学応答から分子機能を設計する手法を提供するものです。このため、本技術は画期的な光触媒材料や太陽電池材料の実現に向けた新たな基盤技術として期待されています。

特記事項

本研究成果は、2023年12月29日(金)に米国化学会の学術誌「ACS Nano」にオンライン掲載されました。

タイトル:“Optical Imaging of a Single Molecule with Subnanometer Resolution by Photoinduced

Force Microscopy”
著者名:T. Yamamoto, H. Yamane, N. Yokoshi, H. Oka, H. Ishihara and Y. Sugawara
DOI: 10.1021/acsnano.3c10924

なお、本研究は、文部科学省科学研究費新学術研究領域研究「光圧によるナノ物質操作と秩序の創生」(領域代表 大阪府立大学/大阪大学 石原一)の支援の下に行われました。

参考URL

大阪大学/大学院工学研究科/物理学系専攻/ナノ物性工学領域(菅原研)ウェブサイト
http://nanophysics.ap.eng.osaka-u.ac.jp/

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

光圧

物質に光があたると、光の色(波長)や強度によって様々な力が働き、これを光圧と呼ぶ。光電場とそれにより物質内に誘起される電気分極の間に働く相互作用に由来する。

光誘起力顕微鏡

金属基板上の試料と金属コートされた走査型顕微鏡のプローブチップが光で照射されると、両者の間に近接場と呼ばれる強い光電場が発生する。この近接場がプローブチップに及ぼす光圧を高感度に測定することで試料イメージを得る顕微鏡。

分解能

測定装置などが、どれくらいまで細かい構造を識別できるかの性能を表す指標。1ナノメートル以下の分解能とは1ナノメートル以下の距離しか離れていない構造が識別できる性能を表す。

ケルビンプローブ力顕微鏡

金属コートされた走査型顕微鏡のプローブチップと試料にバイアス電圧を印加すると、両者の間に静電気力が働く。この静電気力を高感度に測定することにより試料の局所的な電気的特性や電荷分布を得る顕微鏡。

電子雲

量子力学によると、分子内の電子の位置は測定前に確定せず、ある位置に存在する確率だけが得られる。そのような確率分布を図示したものを電子雲と呼び、電子雲が歪むと分子内に電荷の偏りができる。本記事ではこれを簡単に電子が歪むと表現している。

走査型近接場光学顕微鏡

試料と走査型顕微鏡のプローブチップが光で照射されると近接場と呼ばれる強い光電場が発生する。この近接場をチップ先端で散乱させるなどして、遠方での光信号を読み取ることで、試料の表面形状を10ナノメートル程度の分解能で計測する顕微鏡。

多重極励起

物質に光があたるとその電場により、物質内に電気分極を発生させる。小さな分子にとって可視光の電場は空間的に一定とみなすことができ、正負の電荷の極は一つの対となって生成される。これを双極子と呼ぶ。一方、光が分子より小さいスケールの構造を持つとき、電荷の極の対が複数ある多極子が生成されることがあり、これを多重極励起と呼ぶ。通常の光の照射では、多重極励起は起こせず、この状態は透明になる。