
\ナノ光触媒材料の設計・評価へさらに前進/ 原子間力顕微鏡によるメカノ触媒反応を達成
酸化チタン表面上でのCOからCO2への酸化反応に成功
お読みいただく前に
メカノケミストリーは、機械的な力を加えることで化学反応を活性化する方法です。この触媒作用をメカノ触媒反応と呼びます。メカノ触媒反応について、原子レベルでの理解はまだ進んでいません。今回、研究チームは超高真空極低温での超高真空条件下で、酸化チタンの結晶構造のひとつである酸化ルチルTiO2表面でCOからCO2へのメカノケミカル反応に挑戦しました。
研究成果のポイント
- 原子間力顕微鏡(AFM)とケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM)の機械的な力を使ったメカノ触媒反応により、一酸化炭素COの酸化反応(酸化ルチルTiO2表面上のCOからCO2への酸化反応)に世界で初めて成功
- 今後、画期的なナノ光触媒材料や太陽電池材料の設計・評価のための新しい基盤技術として期待
概要
大阪大学大学院工学研究科 李艶君 准教授、安達有輝さん(研究当時:博士後期課程)、菅原康弘教授、スロバキアSlovak Academy of Sciences Institute of Physics Ivan Stich教授らの研究チームは、原子間力顕微鏡(AFM)/ケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM)を利用したメカノ触媒反応について、酸化ルチルTiO2表面上でのCOからCO2への酸化反応に世界で初めて成功しました(図1~4)。
化学反応を活性化する一般的な方法は、熱、電流、光ですが、機械的な力を加えることで化学反応を活性化するメカノケミストリーは、原子スケールではほとんど理解されていません。
今回、研究チームは、以下の研究成果を得ました。
I. 原子間力顕微鏡の探針が触媒の役割を果たすことで、酸化ルチルTiO2 (110)表面上でCOからCO2への探針誘起メカノ触媒反応が可能であることを実証しました。
II. 誘起メカノケミカル反応は、周波数シフト信号のヒステレティックな挙動から推測され、COが酸素原子に向かってトルク運動する化学反応を引き起こすのに必要な垂直方向と水平方向の力のベクトルフォースマッピングによって裏付けられました(図4)。
III. この反応は、探針から試料までの距離が非常に小さい場合に確率的に進行することが分かりました。
IV. 局所的な接触電位差から、反応を引き起こすのに必要な反応物の原子スケールの電荷再分布が明らかになりました。
これらの研究成果は、ナノ光触媒材料の設計・評価のための新しい基盤技術として期待される成果です。
今後、同研究チームでは、AFM/KPFMを用いることにより、触媒反応条件下の未知の反応メカニズムについて、原子レベルでの解明に取り組んでいきます。
本研究成果は、2024年4月3日(水)にSpringer Nature出版の「Nano research」に掲載されました。
図1. 原子間力顕微鏡の探針による酸化ルチルTiO2表面上のCOからCO2へのメカノカタロジカル反応
図2. 酸化ルチル型TiO2(110)(110)表面へのCO吸着。(a)TiO2表面上のOad2-のAFM像。(b-e)CO吸着後の色んなAFM像。(f-j) 図(a-e)のOad2-、CO-Oad2-、CO-Oad2--CO、CO-Oad—COで測定されたラインプロファイル。
図3. CO-Oad2--COとCO-Oad--COのメカノケミストリー。(a)CO-Oad2--COのCOの上で得られたΔf (z)曲線。測定中はフィードバック・ループをオフにし、CO分子の上に置かれたチップをまず下降させ、その後初期位置まで後退させた。赤と青の曲線は、それぞれ順方向(Fwd)と逆方向(Bwd)で得られたスペクトルΔf (z)を示す。挿入図は、探針位置と反応生成物の模式図である。(b) CO-Oad--COのCOの上で得られたΔf (z)曲線。 (c) CO-Oad2--COのCOの上で得られたΔf (z)曲線は、CO2状態への遷移に対応する探針サンプル距離zcとCO2+OadへのCO2解離に対応する探針サンプル距離zdで、赤の破線で示される2つのジャンプを示す。赤/青の挿入図:R/Pが反応物/生成物を示すFwd/Bwd過程のポテンシャル エネルギー面(PES)のスケッチ。すべてのΔf (z)曲線は本質的に確率的であるが、定性的な解釈には影響しないことに注意。 (d)パネル(e)の挿入図に異なる色で示した様々な探針-サンプル間距離において、CO-Oad2--COのCOの上に得られたテレグラフノイズΔf (t)。測定中はフィードバックループをオフにした。(e)ゼロ電圧における対応する探針高さでのCOとCO2状態の占有率の依存性。測定中の探針位置は、パネルeの挿入図に異なる色の点線で示されている。
図4. トルクによるメカノケミカル反応。(a) CO-Oad2--CO上の∆f (x, y, z) 順方向マッピング。 (b) COとCO2の∆f (y, z) - ∆fTi5c 順方向カラーマッピング。(c) COとCO2の∆f (y, z) - ∆fTi5c 逆方向カラーマッピング。(d)CO-Oad2-配置変更前のF[y, z](矢印)とU[y, z](カラーマッピング)の進行方向。(e)COとTi5cの上でそれぞれ測定された∆f(z)と∆fTi5cの前進方向。黒矢印は探針-Ti5cと探針-COの相互作用の違いを示す。(f)メカノケミカル反応直前の前方拡大F [y, z]とU [y, z]。
研究の背景
メカノケミストリーは、水分解、酸化などの反応プロセスやメカノ触媒材料において重要な役割を果たしています。しかし、これらの反応は1分子内で完結するものであり、ある物質から別の物質へと化学反応を可逆的に制御することについての洞察と理解はまだ不足しています。このような反応では、横方向と縦方向の力の成分は、あまり区別されません。超高真空条件下で作動するAFMによって、個々の原子や分子を動かすのに必要な力や、単一分子のトルク運動を引き起こすのに必要な力を直接測定することが可能になりました。一方、機械的な力を使ってCOの幾何学的変化を誘導することは、金属酸化物表面では分子レベルでは比較的レアケースです。
我々は超高真空極低温での超高真空条件下で、探針誘導酸化ルチル型TiO2(110)表面でCOからCO2へのメカノケミカル反応に挑戦しました。なお、この研究は、金原子なしでのCO酸化反応であり、2023年12月に発表した酸化ルチルTiO2表面上の単一金原子によるCO酸化反応(単一原子触媒反応)とは異なるものです。
(参考:過去のリリースについて https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20231212_1)
研究の内容
今回、研究グループは、原子間力顕微鏡(AFM)の探針により、酸化ルチルTiO2表面上のCOからCO2への酸化反応が進むことを確認しました。また、その反応を原子レベルの分解能で観測しました。その結果、COが酸素原子に向かってトルク運動する化学反応を引き起こされることが分かりました。また、Ivan Stich教授のチームがそのデータを理論解析しました。
具体的には、以下の研究成果を得ることができました。
I. 原子間力顕微鏡の探針が触媒の役割を果たすことで、酸化ルチルTiO2 (110)表面上でCOからCO2への探針誘起メカノ触媒反応が可能であることを実証しました。
II. 誘起メカノケミカル反応は、周波数シフト信号のヒステレティックな挙動から推測され、COが酸素原子に向かってトルク運動する化学反応を引き起こすのに必要な垂直方向と水平方向の力のベクトルフォースマッピングによって裏付けられました(図4)。
III. この反応は、探針から試料までの距離が非常に小さい場合に確率的に進行することが分かりました。
IV. 局所的な接触電位差から、反応を引き起こすのに必要な反応物の原子スケールの電荷再分布が明らかになりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、金属酸化物表面上に機械触媒作用によるCO酸化反応を原子分解能で観測したものです。本技術を採用すれば、金属酸化物表面におけるテーラーメイドの触媒活性設計の道を開くことになります。本技術は今後、画期的な光触媒材料や太陽電池材料を実現するための新しい基盤技術になると期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年4月3日(水)にSpringer Nature出版の「Nano research」に掲載されました。
タイトル:“Mechanocatalysis of CO to CO2 on TiO2 Surface Controlled at Atomic Scale”
著者名:Yuuki Adachi, Robert Turanský, Ján Brndiar, Kamil Tokár, Qiang Zhu, Huan Fei Wen, Yasuhiro Sugawara, Ivan Štich, and Yan Jun Li
DOI: 10.1007/s12274-024-6539-z
なお、本研究は、日本学術振興会JP 22H00282「原子間力顕微鏡によるナノ構造体を担持した金属酸化物表面の電荷状態と触媒反応の解明」(領域代表 大阪大学 李艶君)、JP 25246027「原子間力顕微鏡を用いた絶縁体表面でのナノ構造体の構築と電荷移動現象の解明」(領域代表 大阪大学 菅原康弘、分担 李艶君)、大阪大学国際共同研究促進プログラム「AFM/KPFM 同時測定によるTiO2(110)表面のナノ微粒子の触媒メカニズムの解明」(領域代表 大阪大学 李艶君)の支援の下に行われました。
参考URL
大阪大学/大学院工学研究科/物理学系専攻/極限計測・ナノサイエンスグループ(李研究室)ウェブサイト
http://nanophysics.ap.eng.osaka-u.ac.jp/liyanjun/
SDGsの目標
用語説明
- メカノケミストリー
物質に粉砕などの機械的応力を作用させた際の結晶構造の変化によって生じる物理化学的性質の変化を取り扱う学問分野(Mechano-Chemistry)。特に、物質そのものや周囲の物質との相互作用による物理・化学的変化をメカノケミカル効果という。
- メカノ触媒反応
機械的な力を加えることで触媒反応を活性化すること。
- 酸化ルチルTiO2
酸化ルチル(Rutile)は、酸化チタン(Titanium dioxide:TiO2)の結晶構造の一つで、化学式はTiO2で表される。酸化ルチルは、チタン鉱石などの天然鉱物として存在し、また広く工業的にも合成される。酸化ルチル(TiO2)は、光触媒、光触媒電極、紫外線吸収剤、塗料、プラスチック、化粧品などのさまざまな分野で使用されており、その優れた光触媒特性により、環境浄化技術やエネルギー変換技術においても利用されている。
- CO
一酸化炭素。CO酸化反応は、一酸化炭素(CO)を二酸化炭素(CO2)に酸化する化学反応。この反応は一般的に貴金属触媒(例えば、白金、パラジウム、ロジウムなど)の存在下で起こるもので、環境科学、化学工業、および自動車産業(自動車の排気ガス処理装置)などのさまざまな分野で重要な役割を果たしている。これらの触媒は、COと酸素(O2)との反応を促進し、より安全な二酸化炭素に変換することができる。この反応は、環境保護と持続可能な産業プロセスにとって重要な役割を果たしている。
- CO2
二酸化炭素。透明なガスであり、大気中の温室効果ガスとして機能する空気の天然成分。1つの炭素原子と2つの酸素原子で構成される分子。一酸化炭素(CO)と酸素(O)の化学反応で二酸化炭素(CO2)になる。
- 原子間力顕微鏡(AFM)
鋭利な探針と試料の表面に作用する原子間力を検出する顕微鏡で、Atomic Force Microscopeの略でAFMとも呼ぶ。試料の表面に探針を走査させることで、原子レベルでの表面の形状を観察することができる。AFMは、物質の表面形状や性質を調べるために広く使用されており、ナノテクノロジー、材料科学、生物物理学などのさまざまな分野で重要な役割を果たしている。AFMは、表面上のナノスケールの構造を観察する能力を持つため、電子状態との関連性を理解する上で重要な手段となり得る。
- ケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM)
原子間力顕微鏡(AFM)の一種であり、表面の電位差をナノスケールで可視化することができるもの(KPFM:Kelvin Probe Force Microscopy)。この手法は、表面の局所的な電気的性質や表面の電荷分布を調査するために広く使用されている。KPFMは、半導体デバイス、ナノ電子機器、触媒材料、バイオインターフェースなど、さまざまな分野で電気的特性の評価に広く活用されており、この手法は、物質科学、表面科学、およびナノテクノロジーの研究において、表面の電気的特性の評価や理解に貢献している。
- 原子スケール
原子は0.1ナノメートルの大きさであり、ここでは原子レベルで平坦な表面で原子または分子を原子分解能に近い解像度を達成することをいう。
- 探針
片持ちバネ(カンチレバー)の先端に取り付けられている。 この探針と試料表面を微小な力で接触させ、カンチレバーのたわみ量が一定になるように探針・試料間距離(Z)をフィードバック制御しながら水平(X、Y)に走査することで、表面形状を画像化する。
- ヒステレティック
周波数シフト信号を繰り返すこと。