光の圧力による遠隔作用をシミュレーションで実証! ナノ粒子配列体が光のキャッチボールで整列・融合

光の圧力による遠隔作用をシミュレーションで実証! ナノ粒子配列体が光のキャッチボールで整列・融合

透明基板上の微細回路・機能表面創成の新技術へ期待

2024-9-6工学系
基礎工学研究科教授石原 一

研究成果のポイント

  • 光の圧力(光圧)により流体内のナノ粒子がどのように運動するかについて、金属微粒子とガラス面を想定しシミュレーションで検証
  • 複数のレーザー集光点のそれぞれに光の圧力で形成された配列体が、光のキャッチボール(散乱光の干渉)で自発的に方向を揃え、また近づけると融合して新たな配列構造を形成する(=離れた配列体が光の圧力で遠隔相互作用を起こす)現象を発見
  • 金属微細構造の作製は省エネルギー技術に欠かせないと考えられているが、従来の作製方法はコストや制御性の面で課題があった
  • 光圧による、透明基板上での簡便な微細構造作成技術に結びつくことが期待される

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科 石原一教授らの研究チームは、金ナノ微粒子のコロイド溶液とガラスの界面を想定して、複数ビームを照射した場合のシミュレーションを行いました。その結果、照射によりランダムに運動するナノ微粒子が各ビーム集光点で2次元配列体を形成すること、さらに、これらが互いの散乱光を交換して自発的に向きを揃え、また融合して新たに大きな配列体を形成することを明らかにしました(図1)。

近年、金属微細構造による次世代通信・エネルギー技術が期待されています。これは、身近にある透明で平坦なガラス等の透明素材に、ミクロンサイズ、ナノサイズの構造を作製し、車やビルの窓、メガネ等を高度機能材料にして利用しようとするものです。しかし、この微細構造を加工する技術は、完全なトップダウン方式ではコストがかかり、ボトムアップ方式だけでは十分な制御性を得ることが容易でありません。

本研究により、従来の方法とは全く異なる、光の圧力(光圧)でナノ粒子、微細構造を構築できる可能性が示唆されました。この機構は、従来法を融合した、簡便、高効率な大面積構造作製のための新規技術に結びつく可能性があります。

本研究成果は、9月5日(木)、米国化学会の学術速報誌「ナノレターズ(Nano Letters)」のオンライン速報版で公開されました。

20240906_2_1.png

図1. (a) 二本のレーザービームでガラス界面に押しつけられた水溶液中の金ナノ微粒子が散乱光の干渉で2次元配列を作る様子。さらに配列間の散乱光による相互作用で向きを揃える。(b) 向きを揃えた配列体を近接させると融合して新たな配列体を形成する。

研究の背景

近年、金属微細構造が注目・研究されています。金属微細構造は、プラズモン共鳴によりナノ光回路や、従来の材料では実現できない様々な光学特性を持つメタ表面を実現しうるとして期待されています。

金属微細構造によるナノ光回路やメタ表面は、従来の材料では不可能なナノ領域での光制御や小型・高効率レンズなどを可能にします。そのため、ガラス等の透明基板上に所望の機能を持つ金属微細構造を大面積に作製する技術は重要な研究対象となっています。

しかし、電子線描画装置などを用いたトップダウン方式は高コストであり、また何らかの自己組織化現象を利用するボトムアップ方式では高い制御性を得ることが容易ではありません。

研究の内容

今回、研究グループは金ナノ微粒子を分散させた溶液とガラスが接している系を想定して、集光レーザーを照射したナノ微粒子の2次元面内の運動をシミュレーションしました。その結果、円偏光レーザーを照射した際に、それぞれの集光点に光圧により形成された配列構造が、散乱光を介して遠隔相互作用し、配列の方向を揃えて安定することが分かりました(図2参照)。さらに集光点を接近させると、配列同士が融合して自発的に新しい配列へと再構成することを確認しました(図3参照)。

今回シミュレーションで発見された現象の特徴は、光の当たっているレーザーの集光面積を超えて遠方にある配列体同士が相互作用し、互いの回転運動などを止めて安定化する遠隔作用です。また同時に、レーザー集光点を近づけた際に互いに向きを揃え、融合が促進されることも興味深い現象です。

今回発見された現象は、例えば、一本のレーザー光の光圧で出来た構造をレーザー掃引により順次融合させてガラス基板に固定化していくなどの手法によって、機能的マイクロ・ナノ構造を簡便に作製する技術に結びつく可能性があります。

20240906_2_2.png

図2. 上図は二本の集光レーザーで補足されたナノ微粒子配列が互いに散乱光を交換して遠隔相互作用することを表す模式図。下図(a)-(d): それぞれの集光レーザーで補足されブラウン運動で揺らいでいる粒子が六角形に配列し、ある一定の向きに揃って安定化していく様子(シミュレーション結果)。各図は光電場強度の空間マップを表し、最も強い強度を表す濃い赤の値を1としている。(d)では配列間の電場強度が明瞭に山谷構造になる。この間、1.0ミリ秒。

20240906_2_3.png

図3. (a)-(d): 集光レーザーで捕らえられた六角配列構造を近接させていくと、互いに融合して規則配列が再構成されていく様子。(図2と同様のシミュレーション結果。色は電場強度を表す。)この間、1.2ミリ秒。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

透明基板上に所望の機能を持つ微細構造を大面積で作製する技術は、次世代情報技術、省エネルギー技術の実現に欠かせないと考えられています。今回の発見は、これまで微細構造作製技術においてはほとんど検討されたことのない光による力(光圧)により、制御性のあるトップダウン手法(レーザー掃引など)と、コストに優れたボトムアップ(粒子集団の融合、再構成など)手法を組み合わせた全く新しい技術の可能性を示した点が特徴です。この現象をさらに繰り返す多段階操作等の研究が進めば、ガラス等の透明基板上の微細構造作製の新技術によって、各種デバイスの更なる高機能化や低コスト化、メガネや車の窓などの透明素材を高機能化して用いる社会の実現を加速すると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年9月5日(木)に米国化学会の学術速報誌「ナノレターズ(Nano Letters)」にオンライン掲載されました。

タイトル:“Generalized Optical Binding for Multiple Assemblies of Nanoparticles under Multiple Laser Beams”
著者名:Y. Tao, T. Yokoyama and H. Ishihara
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c03335

なお、本研究は、文部科学省科学研究費新学術研究領域研究「光圧によるナノ物質操作と秩序の創生」(領域代表 大阪府立大学/大阪大学 石原一)、及び日本学術振興会科研費基盤研究S「環境と発光のデザインによる新原理光マニピュレーションシステムの開発」(研究代表 大阪大学 石原一)の支援の下に行われました。

参考URL

大阪大学/大学院基礎工学研究科/物質創成専攻/未来物質領域(石原研)ウェブサイト
http://www.ishi-lab.mp.es.osaka-u.ac.jp

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

光の圧力(光圧)

物質に光があたると、光の色(波長)や強度によって様々な力が働き、これを光圧と呼ぶ。光電場とそれにより物質内に誘起される電気分極の間に働く相互作用に由来する。

2次元配列体を形成する

ガラスと水の界面へ集光したレーザーを照射した際に、光圧により金属ナノ微粒子が集合する。特に円偏光レーザーを照射した際には六角形の配列構造を形成し、回転運動することがこれまでの実験的・理論的研究で知られている。今回、この現象を観測した実験と同じ条件で2ビーム照射のシミュレーションを行い、2次元配列体が遠隔相互作用して回転が静止し、さらに融合する現象が発見された。

トップダウン方式

目的の構造よりサイズの大きな素材を基に微細な加工を施していく方式。フォトリソグラフィー、インプリント、電子線照射などの手法がある。

ボトムアップ方式

原子や分子など、目的の構造より小さな素材を組み上げて構造を作製する方式。鋭い先端を持つチップを用いて原子・分子を移動させて構造を組み上げたり、高分子等が何らかの機構で自発的に組織化していく性質を用いる手法などがある。

プラズモン共鳴

金属にエネルギーが供給されると金属の自由電子による電荷の集団振動が起きることがあるが、これはプラズモンとして知られている。金属が鋭いナノスケールの先端を持っていたり、ギャップ構造を持っていると、このような集団振動が光照射によって作られ、局所的に極めて強い電場が発生する。このような現象がプラズモン共鳴であるが、正確には局在表面プラズモン共鳴と呼ばれる。

メタ表面

特殊な形状のナノからマイクロスケールの金属などのユニットを原子に見立てて配列構造を作ると、既存の材料では実現できないような光応答(屈折、反射、透過)や電磁波応答が実現される。このような構造は、自然界の材質にはない特性を持つ表面との意味あいからメタ表面と呼ばれ、近年盛んに研究されている。

円偏光レーザー

光は電磁波の一種であり、電場の振動を伴う。電場の振動する方向がある方向に偏っているときに偏光を持つと表現する。円偏光レーザーは、この偏光方向が一波長の間に右回り、あるいは左回りに360度回転していくレーザーである。