世界初!原子間力顕微鏡による単一原子触媒反応

世界初!原子間力顕微鏡による単一原子触媒反応

酸化チタン表面上の金原子によるCO酸化反応に成功

2023-12-12工学系
工学研究科准教授李 艶君

研究成果のポイント

  • 原子間力顕微鏡(AFM)/ケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM)を利用した単一原子触媒(SACs)反応について、酸化ルチルTiO2表面上の単一金原子(Au1によるCO酸化反応に成功
  • ナノ光触媒材料の設計・評価のための新しい基盤技術として期待

概要

李艶君准教授(大阪大学大学院工学研究科)、菅原康弘教授(大阪大学大学院工学研究科)、Ivan Stich教授(スロバキアSlovak Academy of Sciences Institute of Physics)、Lev Kantorovich教授(イギリスKing’s College London)らの研究チームは、原子間力顕微鏡(AFM)/ケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM)を利用した単一原子触媒(SACs)反応について、酸化ルチルTiO2表面上の単一金原子(Au1)によるCO酸化反応に世界で初めて成功しました(図1-3)。

 金属酸化物表面におけるCO酸化の単原子触媒作用は、温室効果ガスのリサイクルや自動車触媒などにおいて極めて重要であるが、その原子スケールでのメカニズムはまだ解明されていません。

今回、李准教授ら研究チームは、以下の5種類の研究成果を得ました。

I. 原子間力顕微鏡/ケルビンプローブ力顕微鏡を用いて、酸化ルチルTiO2表面上のAu1に正負両方の帯電をさせると、COの吸着が著しく促進されることが確認できました(図1)。一方、中性のAu1(Au1)ではCOの吸着は観察されませんでした。

II. また、CO吸着について、Au1への2つの異なるCO吸着形状が同定されました(図2)。

III. 更に、同研究チームは、吸着したAu1の酸化還元状態、CO吸着形状、およびAFM探針によるCO吸着/脱着を完全に制御することにも成功しました(図3)。

IV. その結果、帯電したAu1(Au1- とAu1+)上で、COと隣接する酸素原子との間のEley-Rideal酸化反応が、AFM探針によって活性化されることが分かりました。これは、CO吸着に関するこれまでにない制御と洞察をもたらし、Au1に対する電子または正孔注入後の活性が、現実的な条件下での光触媒反応においても重要な要素であることを示唆しています。

V. また、同研究チームは、原子間力顕微鏡/ケルビンプローブ力顕微鏡を用いて金属酸化物表面上の貴金属にバイアス電圧を加えることにより電荷状態を操作することができました(図1)。電荷状態の操作により帯電した貴金属原子が一酸化炭素の吸着の鍵となり、かつ電場を加えることにより触媒反応にも成功しました(図4)。

今後、同研究チームでは、AFM/KPFMを用いることにより、現実的な触媒反応条件下でのCO酸化の活性化源を原子レベルで解明に取り組んでいきます。

これらの研究成果は、ナノ光触媒材料の設計・評価のための新しい基盤技術として期待される成果です。

本研究成果は、米国科学振興協会『Science Advances』雑誌に9月27日14時(米国東部時間)にオンライン掲載されました。

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図1. 酸化ルチルTiO2(110)表面上の単一Au原子の電荷操作。(A-C)Au0、Au-とAu+のAFM像。(D-E) 周波数シフトの電圧依存性。(F)Au0、Au-とAu+の高さ。(G)Au0、Au-とAu+の周波数シフトの探針試料距離依存性。

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図2. (A-C) Au0、Au-とAu+のAFM像。(F-I)CO吸着したAu-とAu+のAFM像(FとG:ビーン形、HとI:ドーナツ形)。(DとJ)Au上にCO吸着したTiO2(110)表面のモデル。(E)ビーン形(緑と青の線)とドーナツ形(オレンジの線)のCO 吸着したAu+の高さ。

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図3. (A)CO分子吸着後のAu0原子の電荷を操作する前のAFM像。(B)各ターゲットAu0に-2.0Vと+2.0Vのバイアスを印加し、Au0原子の電荷を操作した後のAFM像。 (C) CO吸着したAu-とAu+のAFM像。(D)広い範囲での酸化されたルチル型TiO2(110)表面におけるAu0原子吸着へのCO分子吸着のAFM像。(E)Au-、Au+、CO/Au-とCO/Au+の4つサイトでの周波数シフトの探針試料距離依存性。(F)ビーン形CO/Au-とドーナツ形CO/Au-サイトでの周波数シフトの探針試料距離依存性。

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図4. Eley-Ridealメカニズムに基づく単原子触媒反応。(a)電界印加前と(b)印加後のCO/Au+酸化ルチル型TiO2(110)表面のAFM像。(c)反応前のCO/Au+と(d)反応後のAu+のコントラスト強調画像. (e-f) (c)と(d)の対応するラインプロファイル.

研究の背景

金属酸化物表面における単一原子触媒(SACs)の卓越した触媒特性に関する研究は、不均一系触媒の新たなフロンティアとなりつつあります。均一なSACsは、大きな被覆率と高いアスペクト比によって高い活性と選択性を達成し、原子スケール触媒反応の基礎的理解に大きな可能性を与えます。また、SACsの概念は、局所的な帯電の効果や究極的な空間限界における幾何学的効果など、様々な複雑な触媒反応の起源を解明するためにも用いられてきました。単一金原子(Au1)は、様々な触媒反応において、従来の金系触媒では前例のない役割を果たす可能性があります。しかし、SACsの原子スケールの物理的起源については、いまだに激しい議論が続いています。特に、金ナノ粒子の触媒性能は、単一原子の金触媒とは異なる可能性があります。重要なミッシングリンクは、活性部位の局所環境と電荷状態を原子レベルの分解能で直接プローブし、理解する能力です。

今回、李艶君准教授グループの大学院生の安達有輝さん(実験担当 研究当時 大学院生(博士後期課程)/現東京大学特任研究員)が中心になり、原子間力顕微鏡(AFM)/ケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM)により酸化ルチルTiO2表面上の単一金原子(Au1)によるCO酸化反応を原子レベルの分解能で観測し、その結果、帯電した単一金原子(Au1- とAu1+)上で、COと隣接する酸素原子との間の酸化反応が、AFM探針によって活性化されることが分かりました。また、Ivan Stich教授とLev Kantorovich教授らのチームがそのデータを理論解析しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

金属酸化物表面上の貴金属原子による酸化反応を原子分解能で観測することができるため、本技術を採用すれば、新しいナノ触媒材料のための設計・評価が格段に高度化します。このため本技術は今後、画期的な光触媒材料や太陽電池材料を実現するための新しい基盤技術になると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年9月27日(水)14時(米国東部時間)に米国科学振興協会の「Science Advances」にオンライン掲載されました。

タイトル:“Tip-activated single-atom catalysis: CO oxidation on Au adatom on oxidized rutile TiO2 surface”
著者名:Yuuki Adachi, Ján Brndiar, Martin Konôpka, Robert Turanský, Qiang Zhu, Huan Fei Wen, Yasuhiro Sugawara, Lev Kantorovich, Ivan Štich, and Yan Jun Li
DOI: 10.1126/sciadv.adi4799

なお、本研究は、日本学術振興会「原子間力顕微鏡によるナノ構造体を担持した金属酸化物表面の電荷状態と触媒反応の解明」(領域代表 大阪大学 李艶君)、日本学術振興会「原子間力顕微鏡を用いた絶縁体表面でのナノ構造体の構築と電荷移動現象の解明」(領域代表 大阪大学 菅原康弘、分担 李艶君)、大阪大学国際共同研究促進プログラム「AFM/KPFM 同時測定によるTiO2(110)表面のナノ微粒子の触媒メカニズムの解明」(領域代表 大阪大学 李艶君)の支援の下に行われました。

参考URL

大阪大学/大学院工学研究科/物理学系専攻/極限計測・ナノサイエンスグループ(李研究室)
http://nanophysics.ap.eng.osaka-u.ac.jp/liyanjun/

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

原子間力顕微鏡(AFM)

原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)とは鋭利な探針と試料の表面に作用する原子間力を検出する。このAFMは、試料の表面に探針を走査させることで、原子レベルでの  表面の形状を観察することができる。AFMは、物質の表面形状や性質を調べるために広く使用されており、ナノテクノロジー、材料科学、生物物理学などのさまざまな分野で重要な役割を果たしている。AFMは、表面上のナノスケールの構造を観察する能力を持つため、電子状態との関連性を理解する上で重要な手段となり得る。

ケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM)

ケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM:Kelvin Probe Force Microscopy)は、原子間力顕微鏡(AFM)の一種であり、表面の電位差をナノスケールで可視化することができる。この手法は、表面の局所的な電気的性質や表面の電荷分布を調査するために広く使用されている。KPFMは、半導体デバイス、ナノ電子機器、触媒材料、バイオインターフェースなど、さまざまな分野で電気的特性の評価に広く活用されている。この手法は、物質科学、表面科学、およびナノテクノロジーの研究において、表面の電気的特性の評価や理解に貢献している。

単一原子触媒(SACs)

単一原子触媒(SACs: Single-Atom Catalysts)は、触媒反応において単一の原子が活性部位として機能する触媒の一種である。一般的には、単一原子触媒は基板表面に単一の金属原子が担持された構造を持つ。この単一原子触媒は、その極めて高い原子効率と特異な反応特性により、最近注目を集めている。また、この種の触媒は、原子レベルでの構造と反応の関係を詳細に理解することができるため、触媒科学においても重要な役割を果たしている。さらに、単一原子触媒は、燃料電池、車載触媒、化学プロセス、および環境関連技術など、さまざまな分野で利用されている。この触媒は、高い触媒活性と選択性を提供することで、エネルギー効率を向上させ、より持続可能な化学プロセスやエネルギー変換を実現するための重要な技術となっている。

酸化ルチルTiO2

酸化ルチル(Rutile)は、酸化チタン(Titanium dioxide:TiO2)の結晶構造の一つで、化学式がTiO2で表される。酸化ルチルは、チタン鉱石などの天然鉱物として存在し、また広く工業的にも合成される。酸化ルチル(TiO2)は、光触媒、光触媒電極、紫外線吸収剤、塗料、プラスチック、化粧品などのさまざまな分野で使用されている。また、酸化ルチルは、その優れた光触媒特性により、環境浄化技術やエネルギー変換技術においても利用されている。

単一金原子(Au1)

単一金原子(Au1)は、一個の金原子からなる単原子分子の形をしている。単一金原子は、触媒反応において活性部位として機能し、さまざまな化学反応を促進するため、触媒科学において注目されている。これらの原子は、触媒の活性化エネルギーを下げ、反応速度を向上させることができる。また、単一金原子はナノテクノロジーおよびナノ材料科学の分野でも重要な役割を果たしており、さまざまなナノ材料やナノデバイスの構築に利用されている。さらに、単一金原子は光触媒材料としても利用され、光触媒特性を持つ材料の開発においても重要な役割を果たしている。

CO酸化反応

CO酸化反応は、一酸化炭素(CO)を二酸化炭素(CO2)に酸化する化学反応である。この反応は一般的に貴金属触媒(例えば、白金、パラジウム、ロジウムなど)の存在下で起こる。CO酸化反応は、環境科学、化学工業、および自動車産業(自動車の排気ガス処理装置)などのさまざまな分野で重要な役割を果たしている。これらの触媒は、COと酸素(O2)との反応を促進し、より安全な二酸化炭素に変換することができる。この反応は、環境保護と持続可能な産業プロセスにとって重要な役割を果たしている。