植物は細胞を“寿司詰め”にして形を整える! 細胞を対称に配置するタンパク質を特定
植物の形や成長を促す技術に期待
概要
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の宮島俊介(みやしま しゅんすけ)助教、大阪大学大学院理学研究科の藤本 仰一(ふじもと こういち)准教授と藤原基洋(ふじわら もとひろ)博士(研究当時:博士後期課程3年)、名古屋大学、英 セインズベリー研究所の国際共同研究グループは、植物の維管束に共通する水分を運ぶ導管(どうかん)と栄養分を運ぶ篩管(しかん)の細胞配置の対称性は、篩管の周りでの細胞増殖が離れて位置する導管の細胞を一方向に押し込むことで高まることを、世界で初めて発見しました。さらに、対称性構築の鍵となる細胞増殖の位置を決めるタンパク質を突き止めました。
生き物の形は、細胞が規則正しく配置することで作り上げられます。動物では、細胞が移動することで適切な細胞配置が作られますが、細胞壁で覆われた植物の細胞は、細胞が移動することができません。身動きを封じられた植物細胞が、どのようにして、細胞を正確に並べるのか、その仕組みはこれまで明らかにされていませんでした。
今回、宮島助教らの共同研究グループは、モデル植物シロイヌナズナの根の維管束につくられる導管細胞と篩管細胞の対称的な配置に着目し、その形成過程で各細胞の増殖(分裂)や配置の変化などを詳細に調べました。その結果、篩管の周りの細胞が増殖することで維管束を成長させると共に、導管と篩管の配置の対称性が高まっていくことを発見しました。また、計算機ミュレーションやレーザーを用いた細胞除去実験から、篩管の周りでの細胞増殖が、維管束内の細胞を“寿司詰め”にすることで、一定方向の圧縮力を発生させ、離れた場所に位置する導管と篩管の配置の対称性を高めることを実証しました。さらに、HANというタンパク質(転写調節因子)が植物ホルモンであるサイトカイニンの作用を調節することで、対称性構築の鍵となる細胞増殖の位置が決まることを発見しました(図1)。
本研究は、植物の遺伝子プログラムに従い働くタンパク質や植物ホルモンが、細胞増殖を調節し、さらにその効果が圧縮力という物理的な力に置き換わることで、器官の配置の対称性を制御することを解明した世界初の成果です。本研究の成果は、植物の成長や形を自在に操る技術の開発に繋がることが期待されます。
研究の背景と結果
植物の形は、様々な対称性が観察されます。例えば、桜の花などは、一定の角度で5枚の花弁が配置する放射対称性を示します(図2)。植物の茎や根の中心部にある維管束組織には、根が汲み上げた水を輸送する導管と、光合成により葉でつくられた養分を輸送する篩管という2種類の通導組織が存在し、植物の生命活動を支えています。これら組織は、維管束組織のなかで、互い違いになるように配置されるため、植物の維管束は、共通して放射対称性の組織構造を有します(図2)。モデル植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の根は、一列に導管細胞が配置し、それに直行する位置に2つの篩管細胞が配置する非常に単純な維管束構造を有しており、維管束形成のモデルケースとして研究が進められてきました(図2)。
これまで宮島助教らは、植物ホルモンのサイトカイニンとそれにより発現誘導されるPEAR転写因子が、篩管細胞の周辺での細胞増殖を誘導し、維管束を成長させることを世界に先駆けて発見してきました(http://www.naist.jp/pressrelease/2019/01/005500.html)(図3 左)。しかし、この維管束成長を通じ、どのようにして、導管細胞列と篩管細胞との対称的な位置関係が生み出されるか、その機構は不明でした。
本研究では、まず、各細胞の増殖位置や配置を定量的に解析する方法を新たに開発することで、篩管細胞での細胞増殖が維管束を成長させる過程で、導管細胞列と篩管細胞の配置の対称性が高まることを見いだしました(図3 右)。
この細胞増殖と導管-篩管の配置の対称性の因果関係を理解すべく、計算機上で維管束成長を再現する数理モデルを構築しました(図4 左)。計算機シミュレーションの結果、2か所の篩管細胞付近での細胞増殖は、離れて位置する導管細胞列に両側から押し込む力(圧縮力)を発生することを予測しました(図4 左)。また、フェムト秒レーザーにより生体内で特定の細胞を破壊する実験を通じて、数理モデルの予測通り、実際の根の維管束においても、導管細胞が両側から押し込まれていることを実証しました(図4 右)。すなわち、2か所の篩管細胞での局所的な細胞増殖が、維管束という限られた空間において細胞を“寿司詰め状態”にすることで、離れた場所に位置する導管細胞列を両方向から押し込み、導管-篩管細胞の細胞配置の対称性を高めることを発見しました(図1)。
この「押し込む力」が植物ゲノムにどうプログラムされているかを明らかにするために、研究グループは、花や葉などの形作りに機能するHANABA-TARANU(HAN)転写因子に着目しました。面白いことに、HAN遺伝子の機能を欠損させたシロイヌナズナ変異体では、篩管に集中していた細胞増殖が、維管束全体に広がっていました。その結果、導管細胞列への「押し込む力」が乱れることで導管細胞列がゆがみ、導管-篩管細胞の対称性が低下しました(図5)。さらに、HANは、増殖の活性化因子であるサイトカイニンの応答を適切なレベルに調節する転写制御ループを構築していることがわかりました。すなわち、HANが篩管に集中した細胞増殖を確立することで、細胞を押し込む力の土台となり、維管束細胞配置の対称性が高まることを明らかにしました(図5)。
本研究では、維管束の導管と篩管の配置を題材に、植物の形づくりの土台となる対称な細胞配置の決定機構に迫りました。その結果、HAN転写因子やサイトカイニンといった生体物質の作用が、局所的な細胞増殖を介して、離れた場所での一定方向の圧縮力に変換され、導管-篩管の細胞配置の対称性を高めることを発見しました。
本研究の成果の意義と社会に与える影響
動物の形づくりでは、細胞自体がダイナミックに移動し、一定の細胞配置を作り上げます。それとは異なり、植物は細胞が硬い細胞壁に覆われているため、細胞が移動できません。本研究は、動物とは異なる進化の道筋をたどり、独立して多細胞化した植物が生み出したユニークな細胞配置のメカニズムを暴きだすことに成功しました。
本研究の成果は、植物の対称な形づくりの基盤となるメカニズムを見出しています。それを基に、農作物の成長能力や形を自由自在にコントロールする技術の開発といった応用研究が展開することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、米国科学誌「Current Biology」に、2023年2月13日 午前11:00(アメリカ東部時間)(日本時間: 2023年2月14日 午前1:00)(オンライン)に掲載されました。
DOI: https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.01.036
タイトル: “Patterned proliferation orients tissue-wide stress to control root vascular symmetry in Arabidopsis”
著者名: Motohiro Fujiwara1,#, Miyu Imamura2, Katsuyoshi Matsushita1, Pawel Roszak3,4, Takafumi Yamashino2, Yoichiroh Hosokawa5, Keiji Nakajima5, Koichi Fujimoto1, *, and Shunsuke Miyashima5, *, #
1:Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, Osaka University, Machikaneyama-cho, Toyonaka 560-0043, Japan (大阪大学)
2:Laboratory of Molecular and Functional Genomics, Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University, Furocho, Chikusa-ku, Nagoya, 464-8601, Japan (名古屋大学)
3:Sainsbury Laboratory, University of Cambridge, 47 Bateman Street, Cambridge CB2 1LR, United Kingdom (イギリス、セインズベリー研究所 ケンブリッジ大学)
4:Faculty of Biological and Environmental Sciences, University of Helsinki, Helsinki 00014, Finland (フィンランド ヘルシンキ大学)
5:Graduate School of Science and Technology, Nara Institute of Science and Technology, 8916-5 Takayama, Ikoma, Nara 630-0192, Japan (奈良先端科学技術大学院大学)
*: 責任著者
#:同等な貢献
なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 学術変革領域研究(B)「植物超個体の覚醒」、同若手研究(B)、同新学術領域研究(研究領域提案型)「植物の周期と変調」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「進化の制約と方向性」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「植物発生ロジック」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「植物構造オプト」、同基盤研究S「植物発生進化のグランドプランとしての細胞分裂軸制御機構とその時空間制御機構の解明」、国立研究開発法人 科学技術振興機構 (JST) CREST、同さきがけによる支援を受けて行われました。
用語説明
- 維管束
植物の茎や根の中心部にある物質輸送を担う組織。水を通す導管と糖などの光合成産物を輸送する篩管がつくられる。
- シロイヌナズナ
初めて全ゲノム配列が解読された維管束植物で、アブラナ科の1年草。遺伝学的解析や組織形成のイメージングに適したモデル植物として、世界的に広く利用されている。
- サイトカイニン
植物ホルモンの一種である低分子有機化合物。一般的に、植物の細胞分裂の促進や、カルス(細胞塊)からの葉や茎などの地上組織の誘導を促す。
- 放射対称性
一定の角度で回転させることで、形状や模様が変化しないこと(例、クラゲやヒトデの個体)。
- 転写因子
ゲノムDNAの調節領域に結合し、DNAの遺伝情報をコピー(転写)するメッセンジャーRNAの働きを調節するタンパク質。転写を活性化する因子と抑制する因子がある。シロイヌナズナのゲノムには約2000個の転写因子がコードされている。