皮膚炎が波のように拡大する原理を予測
計算機シミュレーションから治療戦略を提案
研究成果のポイント
- 皮膚炎の拡大の根底にある炎症調節機構の計算機シミュレーションを構築
- 計算機シミュレーションの解析から、炎症拡大を抑制する条件を予測し、候補となる治療法を提案
- 計算機シミュレーションの臨床応用により、慢性炎症に対する治療開発に期待
概要
大阪大学大学院理学研究科の大学院生の須藤麻希さん(博士後期課程)と藤本仰一准教授の研究グループは、皮膚炎が拡大する現象の根底にある炎症調節機構を明らかにしました。これまで多くの皮膚炎で炎症領域が拡大することは知られていましたが、炎症の拡大を起こす炎症調節機構は解明されていませんでした。
今回、本研究グループは、数理モデルの計算機シミュレーションにより、炎症領域が拡大する様子を再現することに成功しました。この結果から、皮膚炎が「波のように」拡大する仕組みが予測され、拡大を抑える条件を発見しました(図1)。本研究成果は炎症調節機構の基礎となるとともに、動物実験に代わりうる研究手法を提供します。さらに本研究は、治療開発にも応用可能であるため、基礎と応用を同時に見据えた新しい免疫学の発展に寄与すると期待されます。本研究成果は、国際科学誌「PLOS ONE」より2月10日(木)午前4時(日本時間)に公開されました。
図1. 炎症は波のように拡大/縮小することを予測
研究の背景と内容
体を維持するためには、炎症を適切に起こす仕組みが必要です。健康時には、炎症が刺激を除去した後に消失します。一方でこの仕組みが乱れると、アレルギーなどの炎症が持続する慢性疾患に繋がります。臨床的な重要性から、炎症を必要な時に必要な場所で起こす仕組みの解明に向けて、個々の疾患に注目した分子や細胞の機能について多くの研究が進められてきました。これらの分子や細胞が、いつどこで機能しているかを観察することは、依然として困難でした。この炎症調節機構の解明に向けて、他の組織に比べて観察がしやすい皮膚組織の炎症(図2)が注目されてきました。これまで感染症やじんましんなど多くの皮膚炎で、炎症領域が拡大することは知られていました。しかしながら、炎症の拡大を起こす仕組みは分かっていませんでした。
本研究では、数理モデルを構築して皮膚炎の拡大の根底にある炎症調節機構を明らかにしました。まず、炎症が起こると組織中に分泌される分子であるサイトカインの合成と分解、そして拡散を表す数理モデルを構築しました。この数理モデルの計算機シミュレーションにより、炎症領域が円形となり、時間とともに拡大する様子の再現に成功しました。この数理モデルから、皮膚の非常に小さな部位で起きた炎症が周囲の皮膚に炎症を起こし、次々と「波のように」伝播して拡大することが予測されました。また数理モデルの解析から、炎症が拡大する速度を抑える条件を発見しました。さらにこの条件から、炎症のバランスを調節することで、炎症領域を縮小できることが予測されました(図1)。これらの予測により、炎症が拡大する慢性疾患の皮膚から、炎症が縮小する健康な皮膚に戻すことができると考えられます。
図2. COVID-19ワクチン接種後に現れる皮膚炎の様子
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、慢性炎症に対する新たな治療開発が期待されます。具体的には、本研究で発見した炎症の拡大速度を抑える条件や縮小する条件から、拡大速度を抑制しうる可能な手法としてプロバイオティクスなどによる皮膚状態の改善が示唆されました。さらに本研究で構築した数理モデルは、アレルギーなど他の組織で起こる慢性炎症の解明や治療開発に広く応用可能です。
また本研究は、計算機シミュレーションを活用した炎症研究の重要性を示します。炎症には多くの種類の分子や細胞が関与するため、これら全てを考慮して実験条件を検討することは極めて困難です。本研究成果により、炎症反応がいつ、どこで、どのように変化するかを予測できるようになりました。さらに本研究で構築した数理モデルを発展させることで、他のサイトカインとの複雑な相互作用をシミュレーションすることができます。本研究のように計算機シミュレーションを活用した疾患・治療開発研究は、動物愛護の観点から動物実験の規制が強まっている医薬品開発において重要になると予想されます。
特記事項
本研究成果は、2022年2月10日(木)午前4時(日本時間)に国際科学誌「PLOS ONE」(オンライン)に掲載されました。
論文タイトル:“Traveling wave of inflammatory response to regulate the expansion or shrinkage of skin erythema”
著者:Maki Sudo and Koichi Fujimoto
DOI:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0263049
なお本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型) 「進化の制約と方向性」による支援を受けて行われました。
参考URL
藤本仰一准教授 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/758006256a92ee1e.html?k=%E8%97%A4%E6%9C%AC%E4%BB%B0%E4%B8%80
大阪大学理学研究科生物科学専攻理論生物学研究室ホームページURL
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/~fujimoto/
SDGsの目標
用語説明
- 計算機シミュレーション
本研究で用いた計算機シミュレーションは、数理的な知見から波の性質を予測することができました。この数理モデルは免疫学の知見に基づいて構築されていることから、本研究で得られた予測を実験的に検証することも可能です。生命現象の様々な階層(分子の構造、遺伝子の制御関係、細胞間相互作用、多細胞組織や個体の振る舞い、生態系における個体数の増減など)の計算機シミュレーションを実験検証と連携することで、新たな現象や仕組みを解明することができます。
- プロバイオティクス
プロバイオティクスとは、「十分量を摂取したときに宿主に有益な効果を与える生きた微生物」を指します。"有益な効果"として、良い菌を増やし悪い菌を減らすことで細菌感染の予防などが期待されます。