バクテリアから植物に侵入してきた遺伝子が植物の陸上進出に必要だった水通導組織を作ることを可能にした
体の厚みを作る細胞分裂方向を操る仕組みの発見
研究成果のポイント
概要
約4億7千年前に淡水域から陸上へ進出する前の植物は、細胞が縦に繋がった糸状の形や、細胞が平面上に1層に並んだ形をしていたと考えられています。一方、現在陸上で生きている植物(陸上植物)は、細胞が何層も重なった厚みや太さのある体をしています。この体の厚みは、並層分裂と呼ばれる細胞分裂によって生み出されます。この分裂により陸上植物は、体中に水を運ぶ管(水通導組織)を作り出したり体を支えたりすることができ、乾燥した陸上環境でも生活できたりするようになりました。従って、並層分裂が植物の陸上進出の原動力の一つとなったと考えられますが、植物の進化の過程で、どのような仕組みによって並層分裂がもたらされたのかは明らかになっていませんでした。
金沢大学の小藤累美子 助教、藤原彩花 元大学院生、基礎生物学研究所の石川雅樹 助教、長谷部光泰 教授、大阪大学大学院理学研究科の藤本仰一 准教授、鎌本直也 大学院生(博士後期課程)、米国デューク大学のPhilip Benfey 教授らによる国際共同研究チームは、コケ植物の一つヒメツリガネゴケを使って、土壌中のバクテリアから陸上植物の祖先のゲノムDNAに侵入したGRASファミリーのメンバーである3種類の遺伝子が、細胞ごとの分裂方向を巧みに操ることで特定の細胞のみで並層分裂を起こさせ、植物の陸上進出を可能にした水通導組織を作り出すことを明らかにしました。
本研究成果は2023年1月16日の週に米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』に掲載されました。
研究の背景
動物も植物も、細胞がどちらの方向に分裂するかによって、体の形作りが変わってきます。そして、その分裂方向の変化が動植物の体の進化にも影響を及ぼしてきました。植物は約4億7千年前に浅い淡水域から陸上へ進出したと考えられていますが、体の厚みを作り出すことが陸上化の鍵になったと考えられています(図1)。例えば、体中に水を運ぶ水通導組織が作られることで、体を支えたり乾燥した環境でも生活できたりするようになりました。この構造は、細胞層を増やすことで体に厚みをつけたり、太くなったりすることができる並層分裂と呼ばれる細胞分裂によって作られます。言い換えれば、並層分裂をいつ、どの細胞で引き起こすのか、その仕組みを巧みに操ることで、植物は様々な組織や器官を作り出し、複雑な体作りを可能にしています。しかしながら、植物の陸上進出の原動力となった並層分裂の仕組みが、植物の進化の過程でいつ、どのような遺伝子によってもたらされたのかは明らかになっていませんでした。
図1. 植物の陸上進出
研究の成果
ヒメツリガネゴケは、陸上進出後の最も早い時期に他の植物から別れて独自に進化したコケ植物の一つです。ヒメツリガネゴケの体には、小さな葉が数十枚ついています。葉は1個の幹細胞から生み出され、葉の表面積を増やす縦横方向の分裂のみを繰り返してできた一層の細胞からなるラミナと呼ばれる構造と、葉の中央には水通導組織を含む中肋と呼ばれる構造ができます(図2、成熟した葉)。中肋は、若い葉の段階で中央2列の細胞(図2、若い葉の模式図にある青い細胞)が並層分裂を繰り返して細胞の層が作られます。その後、葉が成長すると、表面にある細胞が表皮になり、内部にある細胞から水通導組織が作られます(図2、中肋の横断面)。
図2. コケ植物ヒメツリガネゴケの葉のでき方
若い葉の細胞が並層分裂することによって、水通導組織を内部にもつ中肋が作られる。
国際共同研究チームは、シロイヌナズナで並層分裂を制御するGRASファミリーのメンバーであるSHR遺伝子がヒメツリガネゴケにも存在することを見つけ、その遺伝子の働きについて調べました。その結果、若い葉の並層分裂をしない細胞では、SHR遺伝子から作られるSHRタンパク質が存在していましたが、並層分裂をする中央2列の細胞にはSHRタンパク質が存在しないことがわかりました(図3、左)。一方、遺伝子操作によりSHR遺伝子を無くしてSHRタンパク質を作らせないと、本来、並層分裂をしない細胞で並層分裂するようになりました(図3、中央)。逆にSHR遺伝子を全ての細胞で働かせると、中央の細胞でも並層分裂が起こらず中肋のない一層の細胞のみからなる葉になりました(図3、右)。これらのことから、SHR遺伝子が特定の細胞で働いたり働かなかったりする仕組みが、中肋の形作りに必要であることがわかりました。
図3. SHR遺伝子の働きによる並層分裂の抑制
SHR遺伝子から作られるSHRタンパク質がある細胞は、並層分裂しない。
次に研究チームは、同じくGRASファミリーのメンバーであるSCR遺伝子とLAS遺伝子が、SHR遺伝子の働きを調整していることを発見しました(図4)。遺伝子操作によりSCR遺伝子を壊すと、ラミナを作るはずの細胞でSHR遺伝子が働かなくなり、並層分裂が起こって中肋が太くなることがわかりました(図3、中央)。一方、LAS遺伝子を壊すと、SHR遺伝子が中央2列の細胞でも働くようになり中肋ができなくなりました(図3、右)。これらのことから、SCR遺伝子が並層分裂を抑制する細胞でSHR遺伝子を働かせ、LAS遺伝子が中央2列の細胞でSHR遺伝子が働かないようにすることで並層分裂を引き起こし、中肋を作り出していることが明らかになりました(図4)。このように、GRASファミリーであるSHR遺伝子、SCR遺伝子、LAS遺伝子が組み合わさって並層分裂の起きる細胞と起きない細胞を作り出すことで、葉の中央では内部に水通導組織を持つ厚みのある中肋を作り、葉の両側では葉面積を広げる方向に分裂を変化させていることが分かりました。すなわちヒメツリガネゴケは、個々の細胞の分裂方向を巧みに操ることで、陸上化の鍵の一つである水通導組織を葉の中央に作り出すことを可能にしました。
図4. 3種類の遺伝子による細胞分裂方向を変える仕組み
では、その分裂方向はどのようにして決まるのでしょうか。1886年にレオ エレラ(Léo Errera)は、「細胞が同じ体積に二つに分かれるときは、分裂した面の面積が一番小さくなるように分裂面が形成される」という法則を提唱しています。言い換えれば、細胞の形に従って細胞が二つに分かれるということになります。陸上植物に近縁な淡水性の緑藻の一つコレオケーテ類は、この法則に従って分裂し一層の細胞層からなる平面状の形を作ります(図5)。そこで研究チームは、ヒメツリガネゴケの葉でも、この法則に従って分裂して形作りをしているのか、コンピューターシミュレーションにより検証しました。
その結果、正常の葉でSHR遺伝子が働いていない中肋を作り出す細胞(図4、青色の細胞)は、細胞の形に従った分裂を示し並層分裂することが分かりました。ところが、LAS遺伝子を壊すことで、その細胞でSHR遺伝子が働くようにした場合は、細胞の形と関係なく並層分裂が抑えられて、横方向の分裂が起こることが分かりました。一方、正常の葉でSHR遺伝子が働いているラミナを作り出す細胞(図4、濃緑色の細胞)では、細胞の形に関係なく並層分裂が抑えられましたが、SHR遺伝子を壊して、その細胞でSHR遺伝子の働きを無くすと、細胞の形に従った分裂が起こり、並層分裂がおこることが分かりました。
以上のシミュレーション結果から、ヒメツリガネゴケの葉細胞には細胞の形に従って分裂するという法則が存在し、その法則を使った並層分裂が起こりますが、SHR遺伝子が働くと細胞の形によらずに並層分裂を抑えて、別の方向に分裂させることが分かりました。つまり、SHR遺伝子が働く細胞、働かない細胞を厳密に決めることで、葉の中央で並層分裂を起こさせ水通導組織を含む中肋を作りだすことが明らかになりました。
細胞の形に従って分裂するという法則は、平面状の形を作るコレオケーテ類でも確認されていました。一方、研究チームは、ヒメツリガネゴケを使って、この法則が厚みを作り出す並層分裂が起こるときにも成り立っていることを発見しました。従って、陸上植物とコレオケーテ類の共通祖先の段階で、細胞の形に従った分裂法則が確立し、その後、その法則を利用した並層分裂の仕組みが進化した可能性が考えられます(図5)。
陸上植物に近い接合藻類にもGRASファミリーの遺伝子はありますが、その遺伝子の数は増えておらず、分裂方向を決める働きは持っていないようです。一方、シロイヌナズナなどの被子植物にも、SHR、SCR、LASの3種類のGRASファミリーの遺伝子が存在することから、ヒメツリガネゴケやシロイヌナズナなどの陸上植物の共通祖先の段階でGRASファミリーの遺伝子が増えて、それら遺伝子の働きが多様化した可能性が考えられます(図5)。また、ヒメツリガネゴケ、シロイヌナズナともにGRASファミリーの遺伝子が並層分裂を操っていることから、GRASファミリーの遺伝子による分裂方向を変える仕組みを陸上植物の共通祖先で獲得したと考えられます。そして、その仕組みを巧みに操ることで特定の細胞で体の厚みを増やす並層分裂ができるようになり、水通導組織などを作って陸上進出を可能にするとともに、それぞれの陸上植物でGRASファミリーの遺伝子の働き方を調整することで、多様で複雑な体作りを可能にしたことが考えられます。
図5. 細胞分裂の方向を決める仕組みの進化
特記事項
【論文情報】
掲載誌名:米国科学アカデミー紀要Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
掲載日:米国東部時間2023年1月16日の週
論文タイトル:GRAS transcription factors regulate cell division planes in moss overriding the default rule
著者:Masaki Ishikawa, Ayaka Fujiwara, Ken Kosetsu, Yuta Horiuchi, Naoya Kamamoto, Naoyuki Umakawa, Yosuke Tamada, Liechi Zhang, Katsuyoshi Matsushita, Gergo Palfalvi, Tomoaki Nishiyama, Sota Kitasaki, Yuri Masuda, Yoshiki Shiroza, Munenori Kitagawa, Toru Nakamura, Hongchang Cui, Yuji Hiwatashi, Yukiko Kabeya, Shuji Shigenobu, Tsuyoshi Aoyama, Kagayaki Kato, Takashi Murata, Koichi Fujimoto, Philip N. Benfey, Mitsuyasu Hasebe, Rumiko Kofuji
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2210632120
【研究グループ】
金沢大学の小藤累美子 助教、藤原彩花 元大学院生、基礎生物学研究所 生物進化研究部門の石川雅樹 助教、長谷部光泰 教授、大阪大学大学院理学研究科の藤本仰一 准教授、鎌本直也 大学院生(博士後期課程)、米国デューク大学のPhilip Benfey 教授らからなる国際共同研究チーム
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(S)、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究「植物の生命力を支える多能性幹細胞の基盤原理」「細胞システムの自律周期とその変調が駆動する植物の発生」などの支援を受けて行われました。
用語説明
- 並層分裂
植物細胞は固い細胞壁に囲まれて動くことができないので、どちらに分裂するかがその後の体作りを決めます。体の表面に平行な分裂を並層分裂といいます。並層分裂は、体に厚みをつけたり、太くなったりする役割とともに、水を通す管である水通導組織(導管など)を体の中に作る役割を持っています。植物が水中から陸上に進出するには、重力や陸上の乾燥した環境で生きられるように、体を支え、水通導組織が進化することが鍵になったと考えられています。つまり、並層分裂の進化が植物の陸上化を可能にしたと考えられます。
- GRASファミリー
遺伝子の働きを調節する植物特有の一群の転写因子の総称。複数のグループ(サブファミリー)に分かれており、被子植物では、植物の形作りや植物ホルモンの応答などに働くことが知られています。