\季節の情報を伝える脳神経回路/ 昆虫の季節休眠を制御するのは 神経ペプチド「コラゾニン」

\季節の情報を伝える脳神経回路/ 昆虫の季節休眠を制御するのは 神経ペプチド「コラゾニン」

光周期の変化が昆虫の繁殖を制御するしくみを解明

2025-7-15自然科学系
インターナショナルカレッジ特任助教(常勤)XI JILI

研究成果のポイント

  • 神経ペプチドコラゾニン」が、短日条件下において生殖休眠を誘導することをRNA干渉法により実証
  • 昆虫の光受容系と内分泌系の理解は進んでいるが、それらをつなぐ光周時計を担う脳中枢の実体や神経経路は未解明
  • コラゾニンが、休眠時に繁殖を抑制する脳の側方部神経分泌ニューロンに発現していることを確認し、コラゾニン産生ニューロンが、光周時計ネットワークの一部である色素胞拡散因子ニューロンと接続することで、内分泌器官や動脈を介して血リンパ中へ分泌される経路を明らかに
  • 昆虫の脳内での光周期情報の処理・伝達や、季節的繁殖の制御を理解する上で大きな手がかりとなり、昆虫の季節適応メカニズム解明や害虫管理技術の開発への貢献に期待

概要

大阪大学インターナショナルカレッジ(大学院理学研究科兼任)のXI JILI特任助教(常勤)、大学院理学研究科の濵中良隆講師、志賀向子教授の研究グループは、マメ科の植物の害虫であるホソヘリカメムシ(Riptortus pedestris)について、季節に応じて生殖活動を制御する重要分子である神経ペプチド「コラゾニン」の働きを明らかにしました。

多くの昆虫は、昼夜の長さ(光周期)を手がかりに季節の到来を予測し、生殖を抑制した生理状態である「休眠」に入ることで冬などの厳しい季節を乗り越えます。これまで、本種の産卵を促進する分子や神経細胞は同定されてきましたが、季節適応に重要な休眠を誘導する分子およびその神経回路の詳細は明らかにされていませんでした。今回の研究では、RNA干渉法でホソヘリカメムシのコラゾニン遺伝子の発現を抑制した結果、通常は短日条件下で生殖休眠に入るメス成虫が卵巣を発達させ産卵する様子が確認され、コラゾニンが休眠誘導に重要な分子であることが示されました(図2)。

さらに、コラゾニンはホソヘリカメムシの脳の側方部に存在する神経細胞に発現しており、これらの細胞は約24時間の体内時計(概日時計)からの情報を伝えると考えられる色素胞拡散因子(PDF)ニューロンと神経接続し、内分泌器官である側心体や動脈を経由して血リンパ中にコラゾニンを分泌することが解剖学的に明らかとなりました(図1)。

また、コラゾニン受容体は側心体には存在せず、脂肪体と卵巣に発現していることから、コラゾニンは生殖器官に直接作用することで生殖を抑制していることが示唆されました(図1)。

本研究成果は、昆虫の脳内で光周期情報がどのように処理・伝達され、季節的繁殖を制御するかを理解する上で大きな手がかりとなり、今後の昆虫の季節適応メカニズムや害虫管理技術の開発にも貢献することが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「The Journal of experimental biology」(オンライン)に、6月23日(月)に公開されました。

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図1. 短日条件下における生殖抑制の神経内分泌経路

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図2. コラゾニンRNAiの休眠への影響(短日にも関わらず半分以上のメスが産卵した)

研究の背景

多くの昆虫は、昼あるいは夜の長さ(光周期)を読み取って季節の到来を予測し、成長や生殖に不適な季節には成長や生殖を積極的に停止させ休眠に入ります。このような光周期に応じた反応を「光周性」と呼びます。光周性のしくみは、概念的に、入力から出力の順に「光受容系」、日長を測定し日数を数える「光周時計」、そして、「内分泌系」の3つから構成されます。これまでに昆虫の光受容系と内分泌系の理解は進んでいますが、光周時計を担う脳中枢の実体やそこからの神経経路はほとんど明らかにされていません。

「生物はどのようにして昼や夜の長さを測っているのか?光周期の情報はどのようにして内分泌系の活動を切り替えるのか?」など、現在も多くの謎が残されており、脳での光周期の処理経路の解明が求められてきました。

そのような中、光周性の分子細胞メカニズムの研究が進みつつあるのがホソヘリカメムシです。ホソヘリカメムシは日本の本州以南に分布するカメムシ目の昆虫であり、成虫休眠が光周期によって明瞭に制御される生物です。例えば、大阪産のメス成虫は、温度一定で、16時間の明期と8時間の暗期(長日条件)に曝されると卵巣が発達して産卵します。一方、同じ温度条件でも、12時間の明期と12時間の暗期(短日)に曝されたメスは卵巣の発達を抑制した休眠に入ります。本種では、光周期情報は複眼で受容され、視覚中枢(視葉)を経由して脳の前大脳に送られます。また、視葉の第二次視覚中枢(視髄)の基部前方には、光周性に重要な概日時計タンパク質PERIODを含む細胞や、光周性に関わるとされるPDFニューロンが存在しており、この領域は光周期中枢と考えられています。さらに、本種ではperiod発現依存的に脳内のグルタミン酸が光周期の判別に関わること、前大脳の脳側方部が休眠に重要であることもわかってきました。しかし、休眠誘導に関わる神経分泌細胞と光周性中枢との連絡経路については、まったくわかっていませんでした。

研究の内容

研究グループでは、神経解剖学、RNA干渉法、PCR法などの解析手法を組み合わせることで、ホソヘリカメムシの生殖を抑制するコラゾニン分子を特定し、休眠誘導に重要な脳側方部にコラゾニン神経分泌細胞を同定しました。さらに概日時計の近傍に位置するPDFニューロンとの神経接続を解剖学的に明らかにしました。

昆虫のコラゾニンは脊椎動物の性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)と進化的に関連しており、代謝やストレス反応の調節に関わることが知られています。研究グループは神経ペプチド「コラゾニン」に着目し、RNA干渉法によるコラゾニン遺伝子の発現抑制が短日メスの休眠を阻害し、卵巣発達と産卵を引き起こすことを確認しました。一方、コラゾニン遺伝子の発現を抑制した長日メスは通常通り産卵を行い、生殖に明瞭な影響は見られませんでした(図2)。以上の結果は、コラゾニンが短日情報依存的な生殖抑制に関与することを示します。

さらに、脳の免疫組織化学によって、コラゾニンは前大脳にある三対の神経細胞に発現することがわかりました。また、その中の一対は休眠誘導に関わる脳側方部神経細胞であることがわかりました。この脳側方部コラゾニン細胞は視葉の視髄の基部前方に細胞体を持つPDFニューロンと神経接続を持つことが確認されました。以上より、複眼で受け取った光周期情報は視葉を経由し、PDFニューロンを介してコラゾニン産生神経分泌細胞に伝達される神経経路が示唆されました(図1)。

また、コラゾニン産生神経細胞の軸索は脳の後方にある側心体-アラタ体複合体に投射し、コラゾニンを血リンパ中へと分泌することが示唆されました。加えて、コラゾニン受容体は側心体-アラタ体複合体には存在せず、脂肪体と卵巣に発現することから、コラゾニンは古典的な内分泌器官を介さずに、直接的に末梢組織に作用することで生殖活動を制御すると考えられます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、昆虫における光周性・休眠の神経・分子メカニズムに迫るものであり、脳がどのように日長を介して季節の到来を予測し、内分泌制御を通じて生理状態を調節しているのかを解明する重要な知見となります。特に、光周性に重要なPDFニューロン、コラゾニン産生神経細胞、そして末梢組織でのコラゾニン受容体の発現までを一連の経路として示した点は、無脊椎動物の光周性機構の理解を深める成果です。今後は、本研究で得られた知見を基盤として、害虫の繁殖を抑制する環境負荷の少ない防除技術への応用や、生物の季節適応戦略の進化的背景の解明に貢献することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年6月23日(水)に英国科学誌「The Journal of experimental biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Corazonin mediates photoperiodically-induced diapause in the bean bug Riptortus pedestris
著者名:Xi Jili, Hamanaka Yoshitaka, and Shiga Sakiko.
DOI:https://doi.org/10.1242/jeb.250528

参考URL

XI JILI特任助教(常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/fc645935865824f9.html

SDGsの目標

  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

神経ペプチド

神経細胞によって合成および放出される、比較的短いアミノ酸の鎖からなる物質です。ホルモンと似た働きを持ち、脳と体の機能をつなぐ重要な役割を担っています。

コラゾニン

昆虫における神経ペプチドの一種で、代謝や繁殖の制御に関与しています。脊椎動物における「性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)」と進化的に関連しており、ヒトでいえば「生殖ホルモンをコントロールするような物質」ともいえます。

RNA干渉法

RNA干渉 (RNAi) は、二本鎖RNAを細胞内に導入すると、その配列に対応するmRNAが特異的に分解されることにより遺伝子発現が抑制される現象です。

色素胞拡散因子

色素胞拡散因子(pigment-dispersing factor, PDF)は、もともと甲殻類で色素胞内の色素分布を調節する神経ペプチドとして発見されました。キイロショウジョウバエでは、脳内の概日時計ネットワークにおける伝達因子として機能しており、光に応答する概日ペースメーカー神経細胞から、下流の細胞へと情報を伝達する役割を担っています。

血リンパ

昆虫の血管系は開放系で、閉じた循環系を持たないため、血液とリンパ液の区別もなく血リンパと呼ばれる体液が、心臓の拍動に伴い体内の隙間(血体腔)に広がっていきます。

脂肪体

昆虫特有の組織で、哺乳類の肝臓や脂肪組織に類似する機能を持っています。栄養の貯蔵、代謝の調節、免疫応答など多様な役割を担っています。