半導体量子ビット2次元配列の高精度制御設計手法を開発

半導体量子ビット2次元配列の高精度制御設計手法を開発

半導体量子コンピュータの実現に向けて

2022-12-13工学系
産業科学研究所教授大岩顕

研究成果のポイント

  • 半導体量子コンピュータの実現に向けて、量子ドット2次元配列における電子スピン制御の実現が必要。
  • スピン制御用の微小磁石について、2行2列量子ドット配列用の設計手法を新たに開発した。
  • 量子ドット2次元配列の電子スピン制御の実現とその後の大規模集積化への展開、および半導体量子コンピュータの実現に向けた貢献に期待。

概要

量子力学に基づいて計算を行う量子コンピュータが、スーパーコンピュータを凌ぐ計算能力を実現する次世代の情報処理技術として注目されています。現在、様々なハードウェア候補が研究されており、その有力候補の一つが、微小な半導体(量子ドット)に閉じ込められた電子スピン量子ビットです。現在、電子スピン量子ビットの高精度制御や量子ドット集積化など、基盤技術の開発が急速に進められています。これまで、電子スピン制御については、量子ドット近傍に設置した微小磁石が用いた高精度制御が実現しています。ところが、大規模集積化には量子ビットを2次元的に配列することが重要ですが、微小磁石を用いた電子スピン制御は量子ドット2次元配列においてはまだ実現できていません。

九州大学大学院システム情報科学研究院の木山治樹准教授、大阪大学産業科学研究所の中村駿吾大学院生(研究当時)、大岩顕教授の研究グループは、量子ドット2次元配列における電子スピン制御の実現に向けて、微小磁石が発生する磁場分布の数値シミュレーションにより、2行2列量子ドット配列用の微小磁石形状設計手法を開発しました。形状最適化の結果、シリコンを材料とした量子ドットでは精度99%以上が見積もられ、誤り耐性に必要な高精度制御が期待されます。

今回の成果をもとに、量子ドット2次元配列の電子スピン制御の実現とその後の大規模集積化への展開が期待されます。半導体量子コンピュータの実現に向けた貢献が期待されます。

本研究成果は 2022 年 12 月 8 日(木)に米国物理学協会の学術誌「Journal of Applied Physics」にオンライン掲載されるとともに、Featured Articleと表紙に採用されました。

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図. 微小磁石を備えた量子ドット2行2列アレイのイメージ図
半導体基板(薄オレンジ)の表面にゲート電極(緑色)が作製してあり、負電圧を加えることで量子ドットを形成する。ゲート電極の上に微小磁石(黒色)が作製してある。ゲート電極と微小磁石の間の絶縁膜は省略してある。

研究の背景と経緯

量子力学に基づいて計算を行う量子コンピュータが、スーパーコンピュータを凌ぐ計算能力を実現する、次世代の情報処理技術として注目されています。現在、様々なハードウェア候補が世界各国で研究されており、その有力候補の一つが、電子のスピンと呼ばれる、磁石のような性質です。

電子1個を微小な半導体に閉じ込め(これを量子ドットと呼びます)、そのスピンを情報処理に利用します。現在、スピンの向きの制御や読み出しといった基盤技術の開発が急速に進められています。今後の重要な開発課題の一つが量子ドットの集積化です。これまで、2行2列や3行3列といった量子ドット2次元配列が報告されています。ところが、電子スピン制御方法として微小磁石を使ったスピン共鳴が有力視されていますが、量子ドット2次元配列においてはまだ実現できていません。

研究の内容と成果

九州大学大学院システム情報科学研究院の木山治樹准教授、大阪大学産業科学研究所の中村駿吾大学院生(研究当時)、大岩顕教授の研究グループは、量子ドット2次元配列における電子スピン制御の実現に向けて、微小磁石が発生する磁場分布の数値シミュレーションにより、2行2列量子ドット配列用の微小磁石形状設計手法を開発しました。形状最適化の結果、シリコンを材料とした量子ドットでは精度99%以上が見積もられ、誤り耐性に必要な高精度制御が期待されます。

今後の展開

今後は、得られた設計を元に実際に2行2列量子ドット配列用と微小磁石を作成し、電子スピン制御の実現とその精度の評価に取り組みます。その後、さらに大きな配列でのスピン制御へと展開し、20~30年後の半導体量子コンピュータの実現を目指します。

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図1. 微小磁石の形状。量子ドット位置に生じる磁場分布シミュレーションを元に、微小磁石形状の最適化を行った。

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図2. 2行2列量子ドット配列周辺の面内磁場強度分布シミュレーション結果の一例。量子ドット位置を黒丸で示してある。

特記事項

【論文情報】
掲載誌:Journal of applied physics
タイトル:Micromagnet design for addressable fast spin manipulations in a 2 × 2 quantum dot array
著者名:Shungo Nakamura, Haruki Kiyama*, and Akira Oiwa
DOI:10.1063/5.0088840

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)(17H06120)、テレコム先端技術研究支援センター、村田学術振興財団、科学技術振興機構「ムーンショット型研究開発制度」(JPMJMS2066), カナダ国立研究機構(QSP013)、人・環境と物質をつなぐイノベーション創出 ダイナミック・アライアンスの支援により行われました。

用語説明

量子コンピュータ

量子力学では、異なる状態の重ね合わせや粒子間の複雑な絡み合い(量子もつれ)のような古典力学では許されない状態を取り得る。このような量子力学特有の状態をリソースとして計算に利用するのが量子コンピュータである。従来の計算機に比べて桁違いの処理能力を有すると期待されている。

量子ドット

電子をナノメートルサイズの箱のような微小空間に閉じ込めることにより、量子力学で記述される離散的な電子状態を持つ 。原子との類似性から人工原子とも呼ばれる。半導体中ではゲート電圧を用いて電気的に形成することが可能である。

(電子)スピン

電子が示す、上向きと下向きに対応する磁石のような性質。古典力学的には電荷を持つ電子の自転運動によって理解される。単一の電子スピンの状態は量子力学に従うので、量子情報に応用できる。