電子の集団振動で光子を量子ドットへ運ぶ
表面プラズモンアンテナにより量子インターフェースの高効率化に成功
研究成果のポイント
- 光子から電子スピンへ量子情報を変換する量子インターフェース(ポアンカレインターフェース)の光子―電子変換効率を最大9倍程度向上することに成功
- 表面プラズモンアンテナを利用することで、効率よく光を量子ドットへ集光することが可能に
- 絶対に安全な量子暗号通信の長距離化や量子情報のネットワーク化への応用に期待
概要
大阪大学産業科学研究所の深井利央さん(博士後期課程(研究当時))、藤田高史助教、木山治樹助教、大岩顕教授(兼 量子情報・量子生命研究センター)らの研究グループは、表面プラズモンポラリトンという光で励起される電子の集団振動を利用して、半導体横型量子ドットへの光子の照射をより効率的に行うことが可能であることを世界で初めて明らかにしました。
半導体量子ドット中の電子スピンは量子コンピュータの量子ビットであり、一方、光子は量子通信の量子ビットです。この量子の間で量子情報を変換できると量子中継が可能となり、絶対に安全な通信や量子インターネットなど将来の量子情報のインフラ構築に貢献します。これまで数百ナノメートル程度の極めて微小な量子ドットに単一光子を正確に照射することは極めて困難で、1万から10万回光子を照射しても1回程度しか量子ドット中の単一電子へ変換されないという低い変換効率が大きな問題でした。これは将来、量子通信の通信速度を律速し、実用化を阻む大きな要因の一つでした。
今回、大岩教授らの研究グループは、同心円状のリング構造を持つ表面プラズモンアンテナをGaAs量子ドットの直上に作製し、アンテナの表面を伝搬する電子の集団振動により、垂直に照射した光を効率的に中央の開口部に集光することで、量子ドットへの光子の照射効率を大幅に向上することに成功しました。この成果は長距離の量子暗号通信や量子インターネットの構築を可能にする量子中継器の開発を加速することが期待されます。
本研究成果は、日本科学誌「Applied Physics Express」に、11月10日(水)に公開されました。
図1. 表面プラズモンアンテナにより半導体横型量子ドットへ光子を効率的に照射し、量子ドット中に電子を励起する様子を示す概念図。
研究の背景
GaAsやSiなど半導体中に形成される2次元電子(極薄のシート状に存在する電子)に対して表面ゲート電極によってつくられる横型量子ドット中の電子スピンはその高い電気的制御性から、量子コンピュータの量子ビットの有力候補として注目され活発な研究開発が行われています。半導体は従来、通信素子の主要材料であり、量子計算だけでなく量子通信への応用も期待されています。大岩教授のグループは、将来、長距離量子通信の基盤技術となる量子中継器に向け、光子の偏光から電子スピンへ量子情報を変換する研究を推進してきました。しかし、たった1個の光子を正確にかつ高効率に数百ナノメートル程度の微小な量子ドットへ照射して吸収させることは大変困難な技術で、量子情報の変換効率は10-4―10-5程度(1万回から10万回光子を照射して1回成功する程度)と低く、高度な原理実証実験と応用を妨げる要因の一つでした。
大岩教授らの研究グループでは、金属の同心円リング構造を持つ表面プラズモンアンテナを利用して、表面を伝搬するプラズモンモードにより量子ドットよりも大きなサイズに集光された光を効率よく、量子ドット直上の開口部に集光し、量子ドットへ照射する方法を開発しました。これにより従来よりも単一光子からGaAs量子ドット中の単一電子への変換効率が、5~9倍程度改善することを明らかにしました。これはナノフォトニック構造を利用して単一光子から単一電子スピンへの量子状態変換において変換効率の向上が可能であることを世界で初めて実証した成果です。いまだ変換効率は10-3(千回光子を照射して1回成功する程度)にとどまっていますが、今後、高度な量子効果の制御を伴う量子中継基盤技術の原理実証実験の実現や、様々なナノフォトニック構造を利用してさらなる変換効率の改善が期待されます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今後、表面プラズモンアンテナや別のナノフォトニック構造により光子から電子スピンへの変換効率を改善することにより、量子中継器の開発が大きく前進し、量子暗号通信の長距離化や量子ネットワークなど量子情報の基盤インフラの開発が加速されます。量子暗号通信は絶対に安全な通信方法を与え、量子ネットワークは、量子コンピュータや量子センサなど様々な量子デバイスが接続され、より高度な情報処理と社会活動への応用が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2021年11月10日(水)に日本科学誌「Applied Physics Express」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Detection of photogenerated single electrons in a lateral quantum dot with a surface plasmon antenna”
著者名:Rio Fukai, Yuji Sakai, Takafumi Fujita, Haruki Kiyama, Arne Ludwig, Andreas D. Wieck and Akira Oiwa
DOI:10.35848/1882-0786/ac336d
なお、本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST研究「電子フォトニクス融合によるポアンカレインターフェースの創製(JPMJCR15N2)」と科学研究費補助金 基盤研究(S)(17H06120)の一環として行われました。
参考URL
SDGSの目標
用語説明
- 光子
光の粒子。素粒子の一つで光量子とも呼ばれる。1個の光子はプランク定数と周波数であらわされるエネルギーを持ち、高速で運動する。量子通信における情報媒体として利用されている。
- 電子スピン
電子が示す、上向きと下向きに対応する磁石のような性質。単一の電子スピンの状態は量子力学に従うので、量子情報に応用できる。
- 量子インターフェース(ポアンカレインターフェース)
光子と他の量子状態との間で量子状態の変換を行う量子力学的なインターフェースのこと。特に光子と電子スピンの間で量子状態の変換を行う量子インターフェースをポアンカレインターフェースと大岩教授のグループが独自に名付け呼んでいる。
- 表面プラズモンアンテナ
光によって金属に誘起される電子の集団振動を表面プラズモンポラリトンと呼び、これが特定の波長で共鳴的に励起されるように設計されたアンテナ構造のこと。
- 量子ドット
電子をナノメートルサイズの箱のような微小空間に閉じ込めることにより、量子力学で記述される離散的な電子状態を形成する微細素子。原子との類似性から人工原子とも呼ばれる。半導体中ではゲート電圧を用いて電気的に形成することが可能である。
- 量子暗号通信
量子力学の原理を使って秘匿性を高めた暗号通信のこと。量子鍵配送はその代表的な方法の一つ。量子複製禁止定理や量子もつれにより、盗聴されたことを検知して、絶対に安全な通信を可能にする。
- 量子中継
光ファイバーを用いた量子暗号通信の通信距離を100km以上に延ばすための量子力学的な中継方法。主な方法としては、量子もつれを離れた2地点に送信し、それを繋げてゆくことで、長距離の量子暗号通信が可能になる。