
電解液設計でプラチナ電極の劣化を抑制
グリーン水素製造の大規模普及へ前進
研究成果のポイント
- 白金(プラチナ)電極を用いた電気化学デバイスについて、その劣化原因となる電気化学的溶解反応の速度を、電解液の設計によって制御できることを発見
- 白金電極の特性向上は頭打ちになってきており、電極材料および運転条件の最適化に加えて、技術的なブレイクスルーが待たれていた
- クリーンな発電方法である「燃料電池」や、水から水素を製造する「グリーン水素製造」実現の障壁だった触媒耐久性の低さを、電極だけでなく電解液を設計することで改善することが可能に
概要
大阪大学産業科学研究所の片山祐准教授らの研究グループは、韓国の浦項工科大学校(POSTECH)、韓国科学技術院(KAIST)の研究グループと共同で、白金(プラチナ)電極を用いた電気化学デバイスの主たる劣化要因である電気化学的溶解反応の速度が、電解液中の「アルカリ金属カチオン」により制御できることを世界で初めて解明しました(図1)。
貴金属である白金(以下Pt)は、高い電気化学的触媒性能を有しているため、燃料電池など様々な電気化学デバイスの電極材料に用いられていますが、長期間の運転により少しずつ性能が低下することが知られています。
今回、研究グループは、これまでほとんど考慮されてこなかった「電解液」に着目し設計因子とすることで、電極の優れた触媒特性を犠牲にすることなく、その耐久性を向上させることを可能としました。
これにより、カーボンニュートラルに資する「燃料電池」や「グリーン水素製造」の社会実装上の障壁の一つが取り払われ、その大規模普及への一助となることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「JACS」に、1月23日(現地時間)に公開されました。
図1. 本研究で提案した電解液の効果を考慮した新たなPt溶解反応のメカニズム。
左図(Liイオン)の場合には電解液の沖合(この図でいう右側)へのPtイオンの拡散が優先されるのに対し、右図(Csイオン)の場合にはPtイオンの沖合への拡散が抑制され、Ptイオンの再析出がより起こりやすく、結果的にPt溶解が抑えられる。このように電解液中のアルカリ金属カチオン種を設計し、溶解イオンを電極近傍に留めることで、その再析出を促し、電極材料を変えずにその溶解を抑制できる。
研究の背景
Ptは、カーボンニュートラルに資する燃料電池や、水の電気分解によるグリーン水素製造システムなど、様々な電気化学デバイスに高活性触媒として搭載されています。しかし、長期間運転を続けることにより少しずつ性能が低下することが知られています。性能劣化要因は様々なプロセスが考えられますが、中でも影響が大きいものが「Ptの電気化学的な溶解」です。その溶解速度は、主に電極そのものの化学的安定性と、電極がさらされる電圧によって支配されると考えられてきました。実際に、Ptに新たな成分を添加することで化学的安定性を向上させた電極材料や、温和な電圧を設定するなど運転条件の工夫により耐久性向上が図られてきました。しかし、その耐久性向上は頭打ちになってきており、電極材料および運転条件の最適化に加えて何らかの技術的なブレイクスルーが待たれていました。
研究の内容
今回、研究グループは、従来の電極そのものの化学的安定性、並びに電極がさらされる電圧ではなく、電極近傍の電解液が生み出す環境(=電気二重層領域)に着目しました。各種オペランド解析により、電解液に含まれるアルカリ金属カチオン種の違いによって電気二重層領域の局所的な水酸化物イオン(OH-)濃度が変化し、Ptの溶解反応によって生成するPtイオン(PtZ+)の拡散に影響を及ぼすことが明らかになりました。
これはすなわち、一度電極が溶解してイオンになった場合でも、電解液設計によりその金属イオンを長い間電極近傍に留めておくことができれば、再析出の確率が向上し、実質的に電極溶解が抑制されることを意味します。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、CO2を一切排出しない発電方法として期待される「燃料電池」や、「グリーン水素製造」の触媒耐久性をさらに向上させるものです。今回の研究では代表的な触媒としてPtを取り上げていますが、今回の知見はあらゆる金属触媒の溶解反応に適用できます。
今後、本研究成果をベースに開発された電解液とこれまでに最適化されてきた電極材料とを組み合わせることで、高い効率と優れた耐久性を両立したデバイスの実現が期待されます。これにより、カーボンニュートラルに資する「燃料電池」や「グリーン水素製造」の社会実装上の障壁の一つを取り払うことで、その大規模普及への一助となることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年1月23日(現地時間)に米国科学誌「JACS」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"Cation Effect on the Electrochemical Platinum Dissolution"
著者名:Haesol Kim, Minho M. Kim, Junsic Cho, Seunghoon Lee, Dong Hyun Kim, Seung-Jae Shin, Tomohiko Utsunomiya, William A. Goddard III, Yu Katayama, Hyungjun Kim, Chang Hyuck Choi
DOI:https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.4c17833
なお、本研究は、JST先端国際共同研究推進事業/次世代のためのASPIRE、環境再生保全機構(ERCA)/環境研究総合推進費(革新型研究開発)、科学研究費助成事業 若手研究の一環として行われました。
参考URL
片山 祐 准教授 個人HP
https://sites.google.com/view/electrocatalysislab/home
研究室HP(山田研究室)
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/eem/
SDGsの目標
用語説明
- アルカリ金属カチオン
アルカリ金属(Li, Na, K, Rb, Cs)がイオン化し、カチオン(=正の電荷を持つイオン)となったもの。一般的に塩基性の電解液は、NaOHやKOHといった塩基を水に溶かして調製するため、電解液中にアルカリ金属カチオンと水酸化物イオンが存在することになる。これまで電解液中のアルカリ金属カチオンは電気化学反応に関与しないと考えられており、その種類に注意が払われることは少なかった。
- 電気二重層領域
電極に電位が印加された際に、その電場によって電解液中のイオンが移動して電極のごく近傍に形成される整列構造のこと。例えば、陽極(正の電位がかかっている)にはアニオンが、陰極(負の電位がかかっている)にはカチオンが集まり、整列する。電気二重層は、電極近傍でのイオンの挙動に大きな影響を与える。
- オペランド解析
固体触媒の表面でまさに触媒反応が進行している時に、実際表面で何が起こっているのかを知ることは、触媒開発を効率良く行う上で非常に有用です。「オペランド」とは、触媒が実際に作用している状況下を意味し、その状況をリアルタイムで解析することをオペランド解析と呼びます。本研究では、紫外光と赤外光を用いたオペランド解析により、電極表面を可視化しています。