3個以上のスピンが揃った多電子の読み出しに成功

スピンを使った量子情報処理の高速化・大容量化に期待

2021-8-20自然科学系

研究成果のポイント

  • 半導体量子ドット中の電子について、3個以上の(電子)スピンが揃った状態の読み出しに成功
  • これまでは、2個のスピンが揃った状態までしか読み出しができなかったが、量子ホール効果と組み合わせることで可能に
  • スピンを使った量子コンピュータの高速化・大容量化に期待

概要

大阪大学産業科学研究所 木山治樹助教、大岩顕教授、東京大学物性研究所 吉見一慶特任研究員、加藤岳生准教授、理化学研究所創発物性科学研究センター 樽茶清悟グループディレクターらの研究グループは、量子ドット中の3個以上の多電子について、スピンが揃った状態の読み出しに成功しました。

これまで、2個の電子のスピンが揃った状態の読み出し方法は報告されていました。ところが、その読み出し方法を3個以上の多電子に適用しても、スピンが揃っている状態なのか、それともお互いに逆向きなのかの判別はできませんでした。

今回、本研究グループは、量子ホール効果を使って、スピンが揃ったまま多電子を電子2個に変換することにより、多電子のスピンが揃った状態の読み出しに成功しました。これにより、多電子スピンを用いた情報処理が可能となり、情報量の増加や計算ステップ数の削減を通して量子コンピュータの高速化・大容量化などが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に、8/20(金)(米国東部時間)に公開されました。

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図 量子ドット中の高スピン状態読み出しの概念図。

研究の背景

量子力学に基づいて情報の伝達や計算を行う量子情報処理が、絶対に安全な通信や、スーパーコンピュータを凌ぐ計算能力を実現する、次世代の情報処理技術として注目されています。現在、様々なハードウェア候補が世界各国で研究されており、その有力候補の一つが、電子のスピンと呼ばれる、磁石のような性質です。

電子1個を微小な半導体に閉じ込め(これを量子ドットと呼びます)、そのスピンを情報処理に利用します。現在、スピンの向きの制御や量子ドットの集積化といった基盤技術の開発が急速に進められています。

電子1個ではなく、複数個の電子が作るスピンも、量子情報処理に利用できます。電子1個の場合スピンは2種類ですが、電子の個数を増やしていくと、スピン状態の数も増えていきます。使えるスピン状態の数を増やすと、スピンで表せる情報量の増加や、計算ステップ数の削減などの利点が期待されます。

スピンを情報処理に利用するためには、スピン情報の読み出しは必須の技術です。これまでに、電子1個や2個のスピン情報の読み出しは達成されていますが、3個以上の多電子の場合、全てのスピンが揃った「高スピン状態」か、それともスピンが互いに逆を向いた「低スピン状態」かの読み出しがまだ実現されていませんでした。

研究成果

本研究グループは、スピンが揃ったまま多電子を電子2個に変換する方法を着想し、変換後の2電子スピン情報から類推することで、多電子の高スピン状態の読み出しに成功しました。

本研究では、ガリウム砒素(GaAs)をベースとした二次元電子上に量子ドット(図1)を作製し、量子ホール効果によって量子ドット近傍に形成されるエッジ状態を用いて、上向きスピンを持った電子だけを高精度でドットから取り除く手法を確立しました。これによって、スピンが揃ったまま多電子を電子2個に変換することができます(図2)。この電子2個のスピンを測ることによって、元の多電子の高スピン状態の読み出しを行いました。

また、この読み出し方法を利用して高スピン状態の時間変動を観測したところ、低スピン状態に比べて、10倍ほど速く変動することが判明しました。この速い変動の起源について理論計算を行い、電子相関の影響によるものであることが示唆されました。

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図1. 量子ドットの電子顕微鏡写真。

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図2. 高スピン読み出し方法の概要。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、多電子の高スピン状態を使った演算やメモリ機能などの基盤研究が可能になります。また、量子ドットは様々な物質で作ることができ、例えばシリコンを使った量子ドットはスピン情報を長時間保持できるというメリットがあります。本研究で開発した読み出し方法はシリコンを含めた様々な物質に適用できるため、多電子の高スピンを利用した超高速・大容量の量子情報処理が期待されます。

また、本研究は高スピン状態が高速に時間変動することを発見しました。今後のより詳細な研究とともに、電子スピンの基礎的な性質に関する新たな知見を与えると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年8/20(金)(米国東部時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Preparation and Readout of Multielectron High-spin States in a Gate-defined GaAs/AlGaAs Quantum Dot”
著者名:H. Kiyama, K. Yoshimi, T. Kato, T. Nakajima, A. Oiwa, and S. Tarucha
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.127.086802

なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(S)(課題番号17H06120)、基盤研究(B)(課題番号18H01819)、基盤研究(C)(課題番号20K03831)、若手研究(課題番号18K14079)、科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業・CREST「電子フォトニクス融合によるポアンカレインターフェースの創製」、「スピン量子計算の基盤技術開発」の一環として行われました。また、本研究の計算の一部は東京大学物性研究所スーパーコンピュータおよびソフトウェア開発・高度化プロジェクトで開発されたソフトウェアを利用し行われました。

参考URL

SDGs目標

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用語説明

量子ドット

電子をナノメートルサイズの箱のような微小空間に閉じ込めることにより、量子力学で記述される離散的な電子状態を形成する微細素子。原子との類似性から人工原子とも呼ばれる。半導体中ではゲート電圧を用いて電気的に形成することが可能である。

(電子)スピン

電子が示す、上向きと下向きに対応する磁石のような性質。古典力学的には電荷を持つ電子の自転運動によって理解される。単一の電子スピンの状態は量子力学に従うので、量子情報に応用できる。

量子ホール効果

磁場中を電子が動くと、電子はローレンツ力を受けて動きが曲げられる。これをホール効果、それによって生じる抵抗をホール抵抗と呼ぶ。二次元電子に強い磁場をかけると、電子の波としての性質のために干渉が起こり、エネルギーが離散的な値となる。このときホール抵抗もとびとびの値を示し、その値は普遍的な物理定数のみで表される。この現象を量子ホール効果と呼ぶ。1985年にノーベル物理学賞の対象になった。応用例として、とびとびのホール抵抗値は電気抵抗の標準に利用されている。

量子情報処理

量子力学では、異なる状態の重ね合わせや粒子間の複雑な絡み合い(量子もつれ)のような古典力学では許されない状態を取り得る。このような量子力学特有の状態をリソースとして情報処理に利用するのが量子情報処理である。盗聴のおそれがない量子暗号器、ある種の演算において従来の計算機に比べて桁違いの処理能力を有する量子計算機などが代表的な応用例である。

二次元電子

二次元方向のみに運動方向を制限された平面状の電子の集団。異なる物質の接合界面や、数十ナノメートル以下の厚さの薄膜内に現れる。本研究ではガリウム砒素(GaAs)とアルミニウムガリウム砒素(AlGaAs)の接合界面を使用した。

電子相関

電子同士が相互作用によりお互いに影響を及ぼしあうこと。このときの相互作用は電子間のクーロン相互作用によるもので、同符号(負)の電荷をもつため、電子同士の間には斥力が働く。