
自己免疫疾患を自然発症する異常シグナルを解明
研究成果のポイント
- T細胞受容体(TCR)シグナルを伝達するZAP-70分子の機能・発現を弱めると中低域のTCRシグナルで、関節炎や腸炎など様々な自己免疫疾患を自然発症する
- 自己免疫疾患を引き起こすTCRシグナル域では、自己反応性T細胞の産生が増加され、これらの活性を抑えるTreg細胞の産生・機能が低下する
- T細胞とTreg細胞ではTCRシグナル分子の制御が異なり、ZAP-70の減弱はTregをより強く妨げる
- このメカニズムを基に、自己免疫疾患の発症リスクの予測や予防、新規治療法の開発が期待される
概要
世界人口の約5%が、関節リウマチや炎症性腸疾患など何らかの自己免疫疾患にかかっています。これらの難病疾患の原因の多くは、T細胞の自己抗原に対する異常な反応と考えられてきましたが、そのメカニズムは未解明でした。大阪大学の田中淳特任准教授(常勤)(大学院医学系研究科/免疫学フロンティア研究センター)、前田伸治講師(現 名古屋市立大学リウマチ膠原病内科)、坂口志文特任教授(常勤)(免疫学フロンティア研究センター)らを中心とするグループは、T細胞受容体(TCR)シグナルを伝えるZAP-70分子の機能・発現を段階的に弱めるマウス研究により、自己免疫疾患を自然発症するシグナル域があることを発見し、自己免疫疾患発症の機序を明らかにしました(概念図)。
これまでに、TCRシグナル関連分子の異常と自己免疫疾患の発症に高い関連性があることが知られていました。しかし、TCRシグナル分子の機能や発現がどのように変化すると、自己免疫疾患を引き起こすかについて不明でした。
今回、研究グループは、TCRシグナルを伝達するZAP-70分子を、機能的あるいは量的に減弱させると、中低域のシグナルで自己免疫病を自然発症することを示しました。そのメカニズムとして、1) 自己免疫疾患を引き起こすTCRシグナル域で、自己反応性T細胞の産生が異常に増加する、2)これらの活性を抑える制御性T細胞(Treg)の産生・機能が低下する、ことを明らかにしました。さらに、自己反応性T細胞を含む病的なT細胞とTreg細胞では、TCRシグナル分子の制御が大きく異なっており、ZAP-70の減弱によってTregを病的T細胞より強く妨げることが自己免疫疾患の自然発症に重要であることを分子レベルで解明しました。これらの研究成果は、自己免疫疾患発症のリスクを予測し予防する医療の開発や、重症な免疫疾患の新しい治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2022年12月2日に米国の学術誌 Journal of Experimental Medicine (JEM) のオンライン版で公開されました。
本研究成果の概念図: TCRシグナルを伝達するZAP-70分子を、機能的・量的に減弱させると中低域のシグナルで自己免疫病を自然発症する。
研究の背景
関節リウマチなど、免疫系が自分の体を攻撃してしまう病気は自己免疫疾患と呼ばれており、世界人口の約5%が何らかの自己免疫疾患にかかっています。これらの疾患の原因は、免疫の司令塔と呼ばれるT細胞の自己抗原への過剰な反応だと考えられています。T細胞は、それぞれが異なる抗原に反応するT細胞受容体(TCR)を発現することで、多様な抗原(病原菌や自己抗原)を認識できます。抗原を認識したTCRは、その強弱をTCRシグナルとして伝達し、免疫反応を誘導します。近年の研究から、自己免疫疾患との関連性が最も高い分子異常は、TCRシグナルの関連分子であることが分かってきました。しかし、自己免疫疾患を引き起こすTCRシグナル分子の質的・量的な異常の程度は未解明で、またこれらが自己免疫疾患を引き起こすメカニズムは分かっていませんでした。
研究の詳細
研究グループは、TCRシグナル分子であるZAP-70の機能を段階的に減弱する複数のマウスと、正常なZAP-70分子の発現量を増減させる遺伝子改変マウスを作製し、自己免疫疾患の発症を解析しました。
その結果、ZAP-70の機能減弱マウスと、発現量を減少させたマウスでは共通して、ZAP-70の軽度の減弱では正常な免疫を保つものの、中程度の減弱により自己免疫性関節炎をはじめ様々な自己免疫疾患(炎症性腸炎、皮膚炎、間質性肺炎、筋炎)を自然発症し、さらに強く減弱するとT細胞欠損による免疫不全に至り自己免疫疾患は発症しないことが示されました。
自己免疫疾患を引き起こすTCRシグナル域では、自己反応性T細胞の産生が増加され、これらの活性を抑える制御性T細胞(Treg)の産生・機能は低下しました。その原因として、自己反応性T細胞を含む通常のT細胞とTreg細胞では、TCRシグナル分子の制御が異なっており、ZAP-70の減弱はTregをより強く妨げるため、自己反応性T細胞が活性化し自己免疫疾患を自然発症することが明らかとなりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究で明らかになったメカニズムを基に、遺伝子検査等による自己免疫疾患発症リスクの予測と予防医療につながることが期待されます。また、より重症な自己免疫疾患の場合には、今後のさらなる幹細胞医療や遺伝子医療の進展により、自己免疫病態を寛解する新しい個別化医療につながることも期待されます。
特記事項
本研究成果は、2022年12月2日にJournal of Experimental Medicineのオンライン版で公開。
【タイトル】“Construction of a T-cell receptor signaling range for spontaneous development of autoimmune disease”
【著者】Atsushi Tanaka#, Shinji Maeda#, Takashi Nomura, Mara Anais Llamas-Covarrubias, Satoshi Tanaka, Lin Jin, Ee Lyn Lim, Hiromasa Morikawa, Yohko Kitagawa, Shuji Akizuki, Yoshinaga Ito, Chihiro Fujimori, Keiji Hirota, Tosei Murase, Motomu Hashimoto, Junichi Higo, Rose Zamoyska, Ryuzo Ueda, Daron M. Standley, Noriko Sakaguchi, and Shimon Sakaguchi*
(#Equal contribution; *Correspondence)
日本学術振興会科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業より支援を受けて実施されました。
用語説明
- T細胞
リンパ球の一種で、病原菌の抗原などを特異的に認識し反応できる免疫細胞。ヒトやマウスの免疫に必須の細胞。
- TCR
T細胞受容体。抗原を特異的に認識するための受容体。Tregを含むすべてのT細胞で発現する。それぞれのT細胞が異なる受容体を作り、細胞表面に発現することで、病原菌などの多様な抗原の認識を可能とする。
- ZAP-70
TCRシグナル経路の上流で、TCRシグナルを伝達するキナーゼ分子。
- TCRシグナル
抗原を認識し結合したTCRが伝達する唯一のシグナル。TCRシグナルの強弱により、T細胞の分化や活性を左右する。
- Treg (制御性T細胞)
T細胞の一種で、自己の抗原などに対する異常・過剰な免疫応答を制御し、自己免疫病やアレルギーを抑えるのに不可欠な細胞。