制御性T細胞を安定化させるタンパク質を発見

制御性T細胞を安定化させるタンパク質を発見

自己免疫疾患や癌の画期的な治療法開発に期待

2024-8-7生命科学・医学系
免疫学フロンティア研究センター特任教授(常勤)坂口志文

研究成果のポイント

  • 制御性T細胞(Treg)の機能安定性維持には、Ikzf1との相互作用が必要であることを解明。
  • 転写因子Ikzf1は、制御性T細胞 (Treg)マスター転写因子であるFoxp3と相互作用することが知られていたが、Tregにおけるその役割は不明であった。
  • Foxp3との結合に必要なIkzf1の領域を同定し、さらにその結合領域を欠損させて相互作用を阻害すると、IFN-γの過剰産生を介したTregの機能不安定化が誘導され、結果として重篤な自己免疫疾患が発症することを明らかにした。
  • IKZF1分解誘導剤であるポマリドミドは、IKZF1の発現抑制を介してヒトTregの機能不安定化を促進する。
  • Foxp3およびIkzf1の相互作用を標的としてTregの機能安定性を制御する新たな免疫応答制御法の開発、自己免疫疾患や癌などの様々な免疫関連疾患に対する画期的な治療法の開発に期待。

概要

大阪大学免疫学フロンティア研究センター (WPI-IFReC) の市山 健司 特任准教授(常勤)、坂口 志文 特任教授(常勤)らの研究グループは、大塚製薬株式会社、米国ハーバード大学との共同研究で、転写因子Ikzf1が自身のExon 5 (IkE5) 領域を介してFoxp3と結合することを見出しました。さらに、Treg特異的にIkE5を欠損させると、IFN-γの過剰産生を介したTregの機能不安定化が誘導され、マウスが重篤な炎症性疾患を発症することから、Foxp3とIkzf1の相互作用がTregの機能安定性維持に重要であることを明らかにしました(図1)。また、ヒトTregにおいてもIKZF1の発現を減少させることで、Tregの機能不安定化が誘導可能であることを見出しました。

今後、Foxp3およびIkzf1の相互作用を標的として人為的にTreg機能安定性を制御する新たな免疫応答制御法の開発が期待されます。

WPI-IFReC実験免疫学と大塚製薬株式会社、米国ハーバード大学との共同研究において実施された本研究成果は、米国科学誌「Immunity」に、8月7日(水) 午前0時(日本時間)にオンラインで公開されました。

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図1. 本研究成果の概要
IkE5欠損(DIkE5)により、NuRD複合体がFoxp3から解離し、p300やNFATがIfng遺伝子付近に結合することで転写が活性化する。その結果、過剰に産生されたIFN-γを介してTregの機能不安定化が誘導され、重篤な炎症疾患が発症する。

研究の背景

Tregは免疫自己寛容の確立・維持において中心的な働きを担っており、自己免疫応答やアレルギー反応、移植免疫、腫瘍免疫など、あらゆる免疫応答の抑制的制御に関与すると考えられています。転写因子や修飾酵素など多くのタンパク質は他のタンパク質や生体高分子と相互作用し、複合体を形成することでその機能を果たすことが知られています。実際にTregにおいてもマスター転写因子Foxp3が様々な転写因子と複合体を形成し、Treg特異的な遺伝子発現を制御することがこれまでに報告されています。しかしながら、転写因子Ikzf1はFoxp3と結合することは知られていたものの、そのTregにおける役割はよく分かっていませんでした。

研究の内容

Foxp3との相互作用に必要なIkzf1の領域を同定するため、種々のIkzf1変異体を作製し、免疫沈降実験を行った結果、Ikzf1は自身のExon 5領域 (IkE5) を介してFoxp3と結合することを見出しました(図2A)。次に、Ikzf1とFoxp3の相互作用がTregに及ぼす役割を検討するため、Treg特異的にIkE5を欠損する遺伝子改変マウス (Foxp3CreIkE5f/f マウス) を作製し、その表現型を解析したところ、Foxp3CreIkE5f/ マウスは重篤な自己免疫疾患を発症し、早期に死亡することが明らかとなりました(図2B)。そこで自己免疫疾患発症の原因を探るため、Foxp3CreIkE5f/f マウスの末梢組織に存在するTregの割合を確認したところ、野生型マウス (Foxp3Cre) と比較してFoxp3CreIkE5f/f マウスではTregの割合が減少し、それに伴ってFoxp3を失ったexTregの割合が有意に増加することを見出しました(図2C)。このことから、Foxp3とIkzf1の相互作用を阻害するとTregの機能安定性が障害され、その結果、自己免疫疾患を発症する可能性が示唆されました。

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図2. Treg特異的IkE5欠損マウスの表現型解析
A) Foxp3とIkzf1変異体の免疫沈降実験。IkE5欠損変異体だけFoxp3との結合が消失する(赤枠)。B) 各種マウスの生存曲線。IkE5欠損マウス(赤線)は野生型マウス(青線)と比較して早期に死亡する。C) 末梢組織におけるFoxp3陽性Treg (YFP+RFP+ : 青枠) およびexTreg (YFP+RFP- : 赤枠) の割合。IkE5欠損マウスではexTregの割合が増加する。

次に、IkE5欠損によるTregの機能障害の分子機構を解明するため、Tregで特徴的な遺伝子の発現を確認した結果、IkE5欠損Tregでは、通常Foxp3によって抑制されているIFN-γの発現が顕著に上昇していました。IFN-γはTregの機能不安定化を誘導することが知られていたため、IkE5欠損によるTregの機能不安定化にIFN-γが寄与するか確認したところ、IFN-γの遺伝子欠損によりFoxp3CreIkE5f/f マウスにおけるexTregの割合が野生型マウスと同程度まで回復しました (図3A)。このことから、IkE5欠損による過剰なIFN-γ産生がTreg異常の主な原因である事が示唆されました。さらに、IkE5欠損でなぜIFN-γ産生が増強するのか検討するため、IFN-γ遺伝子付近のクロマチン状態を解析した結果、IkE5欠損によりIFN-γ遺伝子付近のクロマチン構造が活性型になること、そして、その場所に活性化因子であるp300やIFN-γの発現誘導に寄与する転写因子NFATが動員されることが明らかとなりました。また、IkE5欠損によるFoxp3複合体への影響を免疫沈降法で検討したところ、IkE5欠損によりNuRD複合体がFoxp3と解離することを見出しました (図3B)。  

以上の結果から、通常Foxp3はNuRD複合体を介してIFN-γ遺伝子付近のクロマチン状態を抑制型にすることでその発現を抑制しますが、IkE5欠損によりNuRD複合体がFoxp3から解離するとクロマチン状態が活性型へと偏向し、p300やNFATを介したIFN-γの転写活性化が起こると考えられます。

最後に、ヒトTregにおけるIKZF1の役割を検討するため、IKZF1の分解誘導剤として知られるポマリドミドとヒトTregの共培養実験を行いました。その結果、ポマリドミド処理によりIFN-γの高産生を介したFOXP3の発現低下が観察され、ヒトTregの機能安定性維持にもIKZF1が大事であることが示唆されました。

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図3. IkE5欠損Tregの機能不安定化の分子機構
(A)末梢組織におけるexTreg (YFP+RFP- : 赤枠) の割合。IFN-g欠損により、IkE5欠損で見られたexTregの増加がキャンセルされる。(B)Foxp3とNuRD複合体の免疫沈降実験。IkE5欠損Tregでは、Foxp3とNuRD複合体構成因子の結合が減弱する(赤枠)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

近年、Tregが様々なヒト免疫関連疾患で重要な役割を担っている可能性が明らかになって以降、ヒトの免疫疾患制御に向けてTregを操作あるいは標的とした治療法の開発が世界中で注目を集めています。本研究成果に基づいて、Tregの機能安定性を人為的に制御可能な方法が確立されれば、自己免疫疾患や癌などの様々な免疫関連疾患に対する画期的な治療法の開発に繋がることが期待できます。

特記事項

【論文情報】
掲載紙 : Immunity 2024年8月7日 (日本時間午前0時) オンライン版
タイトル: “Transcription factor Ikzf1 associates with Foxp3 to repress gene expression in Treg cells and limit autoimmunity and anti-tumor immunity”
著者名:Kenji Ichiyama*, Jia Long, Yusuke Kobayashi, Yuji Horita, Takeshi Kinoshita, Yamami Nakamura, Chizuko Kominami, Katia Georgopoulos, and Shimon Sakaguchi*
(*; corresponding)

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(16H06295、21H02748)、日本医療研究開発機構(AMED)(18cm0106303、18gm0010005)、武田科学振興財団の支援を受けて行われました。

用語説明

制御性T細胞 (Treg)

積極的に抑制性の応答を促すCD4陽性ヘルパーT (Th)細胞の一種。免疫自己寛容の確立・維持において中心的な働きを担っており、自己免疫応答や腫瘍免疫など、あらゆる免疫応答の抑制的制御に関与する。

Ikzf1

Zinc fingerドメインを有するIkaros family転写因子の一つ。造血系において重要な機能を示し、主に初期B細胞やCD4陽性 T細胞の発達を制御する。

マスター転写因子

細胞分化に伴ってその細胞種に特有の遺伝子群の発現がオンになる。その際、最初のスイッチとして機能する転写因子のこと。細胞のアイデンティティーを決める重要なタンパク質。

Foxp3

Tregの分化および機能に必須のマスター転写因子。核内で様々な遺伝子の発現をコントロールし、T細胞に免疫抑制能を賦与する。

IFN-γ

主に活性化されたT細胞やNK細胞から分泌されるサイトカインで、Tregでは通常発現が抑制されている。白血球による炎症を強化する作用を持ち、Tregの機能不安定化を誘導する。

ポマリドミド

多発性骨髄腫の治療に用いられる免疫調節薬の一つであり、Ikzf1の強力な分解誘導剤でもある。

exTreg

以前Foxp3を発現していたが、何らかの理由によりFoxp3の発現を失ったT細胞のこと。Tregの様な免疫抑制機能は無い。

クロマチン

真核生物の細胞核にあるDNAとヒストンの複合体。遺伝子の転写が活発な領域のクロマチンは、比較的緩んでおりオープンな状態(活性型)となり、そこに転写を活性化させる因子が動員され結合する。一方、遺伝子発現が抑制されている領域は、クロマチンが凝集しクローズな状態(抑制型)となる。

p300

ヒストンアセチル化転移酵素の一種であり、転写因子に直接結合することで標的遺伝子の発現を促進する。

NuRD複合体

抑制型のクロマチン構造を形成する複合体であり、転写抑制に寄与する。構成因子としてヒストン脱アセチル化酵素:HDAC1やクロマチン再構成因子:CHD4などが含まれている。