キャッチアップ接種は、 9年近くに渡ったHPVワクチン積極的勧奨差し控えの穴を埋められるか?

キャッチアップ接種は、 9年近くに渡ったHPVワクチン積極的勧奨差し控えの穴を埋められるか?

HPVワクチン停止世代への強力な子宮頸がん検診勧奨が必要

2022-10-13生命科学・医学系
医学系研究科特任助教(常勤)八木麻未

研究成果のポイント

  • キャッチアップ接種率についていくつかのシナリオを設定して、積極的勧奨の差し控えによる接種率減少が生んだ子宮頸がんリスクの上昇を、どの程度低減できるかをシミュレーションによって予測した
  • 接種率が同じ場合でも、3年間(2022~2024年度)より、初年度1年間(2022年度)でその接種率に達する場合の方が、リスク低減効果が大きく、2022年度の1年間で50%に達した場合には、3年かけて90%を達成した場合と同程度のリスク低減効果が見込まれる
  • 接種率が最も高い1997年度生まれのリスクまで低減するには、1年間(2022年度)で90%を達成する必要がある
  • インターネット調査での接種意向は30%~50%程度であり、現実的にはキャッチアップ接種による子宮頸がんリスク低減は限定的であると考えられる
  • キャッチアップ接種についての情報提供を進め、速やかな接種率の上昇をはかる必要がある

概要

大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学教室の八木麻未特任助教(常勤)・上田豊講師らの研究グループは、公費によるHPVワクチン接種が開始される前の世代である1993年度生まれの女性の生涯の子宮頸がん罹患・死亡リスクを1とした1994年度生まれ以降の女性の相対リスクを推計し、積極的勧奨の差し控えによる接種率減少が生んだリスク上昇を低減するために必要な定期接種率・キャッチアップ接種率について検証しました。3年間(2022~2024年度)で必要な接種率に達した場合と1年間(2022年度)で達した場合を比較した結果、1年間(2022年度)に90%を達成した場合は接種率が最も高い1997年度生まれのリスクまで低減できることが明らかになりました。90%という積極的勧奨の差し控え前の接種率よりも高い接種率を3年かけて達成したとしても、積極的勧奨の差し控えによる接種率減少が生んだリスク上昇を1997年度生まれのリスクまで低減することはできないため、今回の研究により、早期に接種率を上げる必要性が示されました。

本研究成果は、2022年9月2日に査読制オープンアクセス学術誌「Vaccines(Basel)」に公開されました。

研究の背景

子宮頸がんの主な原因は、ヒトパピローマウイルス(HPV)16、18型を含むハイリスク型HPV感染であり、感染を防ぐためには、HPVワクチンが有効であることがわかっています。世界では、年間約60万人が子宮頸がんに罹患し、約34万人が死亡しています。多くの国でHPVワクチンの導入は進んでおり、オーストラリアでは2028年に子宮頸がんの年齢調整罹患率が排除のレベルに達すると予測されています(Simms, K.T. et al. Lancet Public Health 2020, 5, e223–e234)。

日本では、年間約1万人が子宮頸がんに罹患し、約3千人が死亡しています。他の先進国では子宮頸がんのトレンドは減少傾向にありますが、日本において子宮頸がんは近年増加していることが問題視されています(Yagi, A. et al. Cancer Res. 2019, 79, 1252–1259)。さらに、好発年齢の若年層への移行と晩産化による第一子出産平均年齢の上昇があわさり、第一子出産前に子宮頸がんを発症する女性が増加しており、一刻も早い子宮頸がん対策が必要とされていました。HPVワクチンは、2010年度から中1~高1を対象とした公費助成が開始され、2013年4月から小6~高1を対象とした定期接種が開始されましたが、接種後に生じたとされる多様な症状への懸念から、同年6月以降、厚生労働省による積極的勧奨が差し控えられました。その結果、定期接種は継続されたものの事実上停止状態となり、2000年度生まれの接種率は約14%、2001年度生まれ以降は1%程度に低迷しました。2020年10月に厚生労働省は全自治体に対し、HPVワクチンの案内を対象者および保護者へ個別送付するよう通知を発出しましたが、接種率はあまり回復せず、10~15%にとどまりました。その後、積極的勧奨の差し控えは2021年11月に終了され、厚生労働省は全自治体に2022年4月から積極的勧奨を実施するよう通知を発出しました。さらに、積極的勧奨の差し控えの期間中に定期接種対象となった1997~2005年度生まれに対して、2022年4月~2025年3月の間キャッチアップ接種を実施すると決定しました。また、2006~2007年度生まれも定期接種対象の上限年齢に達した後に順次キャッチアップ接種対象に組み入れるとしました。

これまでに研究グループは、日本における生まれ年度ごとのワクチン接種率を算出し、2000年度以降生まれのHPVワクチン接種率が激減しており(Nakagawa, S. et al. Cancer Sci. 2020, 111, 2156–2162)、個別送付による情報提供の接種率上昇効果は限定的であることを報告しました(Yagi, A. et al. Int J Clin Oncol. 2022, PMID: 35879494)。また、HPV ワクチンの積極的勧奨中止による弊害として、これまでに、接種を見送った女子の将来の子宮頸がん罹患・死亡の増加数を推計しています(Yagi A et al. Sci Rep, 10.1038/s41598-020-73106-z)。その結果、2020年度まで積極的勧奨差し控えが再開されなかったことにより、導入前世代である1993年度生まれの罹患・死亡リスクと比較した場合、キャッチアップ接種や検診受診率の上昇がなければ2000~2004年度生まれでは合計22081人の超過罹患、5490人の超過死亡が発生すると予測しました。

研究の成果

今回、本研究グループでは、公費助成対象外の生まれ年度である1993年度生まれの女性の生涯の子宮頸がん罹患・死亡相対リスクを1とし、積極的な接種勧奨再開後の定期接種率およびキャッチアップ接種率を仮定して1994年度以降の相対リスクを推計しました。相対リスクの算出には、生涯の罹患リスクは生涯のHPV感染リスクに比例する等いくつかの仮定条件を設定しました。

積極的勧奨が再開されていなかった(個別送付による情報提供のみ)と仮定した場合の子宮頸がん罹患・死亡相対リスクは、接種率が最も高い生まれ年度である1997年度生まれにおいて0.533であり、公費助成による接種率が0%である1993年度生まれの半分程度に減少していると推計されました(図1)。一方で、接種率が激減したまま個別送付による情報提供の実施もなく定期接種対象年齢を超えた2000~2003年度生まれのリスクは、0.915~0.990に上昇しており、1993年度生まれとほぼ同じでした。個別送付による情報提供を受けた2004~2010年度生まれのリスクは0.943~0.888であり、個別送付による情報提供で接種率が上昇し、積極的勧奨差し控えによる子宮頸がんリスクの上昇が一定程度低減されると推計されました。

積極的勧奨が再開された2022年度より、3年間(2022~2024年度)かけて定期接種率・キャッチアップ接種率がともに50%に達した場合、2000~2010年度生まれのリスクは最も接種率の高い1997年度生まれのリスク0.533よりも大幅に高く、リスクの低減は限定的でした(図1左)。3年間(2022~2024年度)かけて定期接種率・キャッチアップ接種率がともに90%に達した場合、1997~1999年度生まれおよび2007~2010年度生まれのリスクは接種世代よりも低くなりましたが、2000~2006年度生まれのリスクは1997年度生まれのリスクよりも高く、90%という積極的勧奨の差し控え前の接種率よりも高い接種率を3年かけて達成したとしても、積極的勧奨の差し控えによる接種率減少が生んだリスク上昇を1997年度生まれのリスクまで低減することはできないことが明らかになりました。

続いて、積極的勧奨が再開された2022年度に一気に接種が広まった場合を検証しました(図1右)。1年間(2022年度)で定期接種率・キャッチアップ接種率がともに50%に達した場合、2000~2010年度生まれのリスクは最も接種率の高い1997年度生まれのリスク0.533よりも大幅に高いままでした。ただ、3年かけて50%に達した場合と比較すると、2000~2007年度生まれのリスクは大きく低下していました。1年間(2022年度)で定期接種率・キャッチアップ接種率がともに90%に達した場合、すべての生まれ年度のリスクが接種世代と同程度となりました。1年で90%の接種率を達成すれば、積極的勧奨の差し控えによる接種率減少より生じたリスク上昇をほぼ低減できることが明らかになりました。

では、公費助成時にも達成出来なかった接種率を1年間(2022年度)で達成できるのか、我々はインターネット調査を実施し1年間(2022年度)にキャッチアップ接種対象である1997~2004年度生まれの接種意向を調べました。その結果、「接種したい」と回答した割合は10~25%程度、「どちらかと言えば接種したい」と回答した割合は20 ~25%程度で、90%もの人が1年間(2022年度)に接種するのは非現実的であることが示されました。そこで、インターネット調査で把握した接種意向が現実に反映された場合のリスクを予測するために、「接種したい」・「どちらかと言えば接種したい」と回答した割合が1年間(2022年度)に集中して接種した場合の子宮頸がん罹患・死亡相対リスクを算出し、積極的勧奨が再開されていなかった(個別送付による情報提供のみ)と仮定した場合と比較しました(図2)。「接種したい」と回答した割合では、1997、1998年度生まれのリスクはそれぞれ0.509、0.515と1997年度生まれのリスク0.533よりも低くなりましたが、1999年度生まれは0.569と積極的勧奨が再開されていなかった(個別送付による情報提供のみ)と仮定した場合の1997年度よりも低くなりませんでした。また、2000~2005年度生まれは0.884~0.851と大幅に高いままでした。「接種したい」または「どちらかと言えば接種したい」と回答した割合が接種した場合では、1997、1998、1999年度生まれは0.488、0.515、0.535と1997年度生まれとほぼ同じかそれ以下となりました。2000~2005年度生まれのリスクは0.742~0.743と低下はしましたが、接種率が高い生まれ年度よりも大幅に高いままでした。定期接種およびキャッチアップ接種について、接種に前向きでない対象者へ積極的に情報提供等の接種勧奨を実施し接種率を上昇させることが、積極的勧奨の差し控えによる接種率減少によるリスク上昇を低減するためには非常に重要であることが示唆されました。

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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究において、定期接種およびキャッチアップ接種の到達接種率に、将来の子宮頸がん罹患・死亡相対リスクが依存し、接種率の低迷の弊害を低減するためには、早期に高い接種率を達成する必要があることが明らかになりました。この結果は、我々が過去に報告した2000年度生まれにおける感染・罹患リスクの上昇の予測や(Tanaka Y, et al. Lancet Oncol. 2016、Yagi A, et al. Sci Rep. 202;10(1):15945)、Simms KTらのシミュレーションによる予防可能な子宮頸がんの罹患・死亡数の推計と矛盾しないものです。

2013年6月から2021年11月まで積極的な接種勧奨が差し控えられた日本において、この8年間で予防出来なかった将来の子宮頸がん罹患・死亡につながるHPV16/18型感染をさかのぼって予防することは不可能です。キャッチアップ接種によって一定程度は低減できると推計されましたが、その低減には限界がありました。この結果は、定期接種・キャッチアップ接種の高い接種率の達成とともに、メディアへの正確な情報提供、子宮頸がん検診の受診勧奨の強化を可及的速やかに行う重要性・必要性を示しています。

特記事項

本研究成果は、2022年9月2日、査読制オープンアクセス学術誌「Vaccines(Basel)」に公開されました。

【タイトル】 “Can Catch-Up Vaccinations Fill the Void Left by Suspension of the Governmental Recommendation of HPV Vaccine in Japan?”
【著者名】 Asami Yagi1, Yutaka Ueda1*, Satoshi Nakagawa1, Sayaka Ikeda2, Mamoru Kakuda1, Kosuke Hiramatsu1, Ai Miyoshi1, Eiji Kobayashi1, Toshihiro Kimura1, Taichi Mizushima3, Yukio Suzuki3, Masayuki Sekine4, Kei Hirai5, Tomio Nakayama6, Etsuko Miyagi3, Takayuki Enomoto4 and Tadashi Kimura1 (*:責任著者)
【所 属】
1. 大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学
2. 国立がん研究センター がん対策研究所 予防検診政策研究部
3. 横浜市立大学大学院医学研究科 産婦人科学 生殖生育病態医学
4. 新潟大学大学院医歯学総合研究科 産科婦人科学
5. 大阪大学大学院人間科学研究科 臨床心理学
6. 国立がん研究センター がん対策研究所 検診研究部

なお、本研究は、厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)の一環として行われました。