HPVワクチン接種率の激減による 2000年度生まれの子宮頸がん検診細胞診異常率の上昇

HPVワクチン接種率の激減による 2000年度生まれの子宮頸がん検診細胞診異常率の上昇

HPVワクチン停止世代への強力な子宮頸がん対策が必要

2021-12-20生命科学・医学系
医学系研究科特任助教(常勤)八木麻未

研究成果のポイント

  • 2000年度生まれの女性の20歳時の子宮頸がん検診における細胞診異常率が、1999年度以前の生まれの女性に比して上昇していることが判明した。
  • 観察された細胞診異常率の上昇は、HPV(Human papillomavirus:ヒトパピローマウイルス)ワクチン積極的勧奨差し控えにより接種率が激減したことが原因であると考えられる。
  • 接種率が激減した生まれ年度(2000年度以降)に対して子宮頸がん予防対策が強化されない場合、将来の子宮頸がんの罹患率・死亡率が接種率の高い生まれ年度(1994~1999年度)と比較して上昇することを強く示唆していると考えられる。
  • HPVワクチン「停止世代」の女性へのキャッチアップ接種と子宮頸がん検診受診勧奨の強化が必要である。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の八木麻未特任助教(常勤)・上田豊講師(産科学婦人科学)らの研究グループは、HPVワクチンの接種率の減少によって、2000年度以降生まれの女性の20歳子宮頸がん検診における子宮頸部細胞診異常率が上昇していることを示しました。

日本では、2013年6月に厚生労働省が積極的勧奨の一時差し控えを発表し、HPVワクチン接種率は激減しました。積極的勧奨差し控えは8年を超えて継続され、2000年度生まれの女子は低い接種率のまま2020年度に子宮頸がん検診対象年齢である20歳に達しました。

今回、研究グループは、24の自治体(人口合計約1,315万人)より、1989~2000年度生まれの20歳の子宮頸がん検診の結果(未受診者は21歳、2000年度生まれは20歳のみ)、1994年度生まれ以降の16歳までの累積接種率を収集しました。「導入前世代」と「接種世代」の調査期間中の20歳時の細胞診異常率の推移を対数近似し、「停止世代」である2000年度生まれの細胞診異常率をこれらと比較しました。その結果、接種率が低いまま子宮頸がん検診対象年齢を迎えた2000年度生まれの細胞診異常率は「接種世代」全体より有意に高い5.04%であり、「接種世代」の傾向から予測される率(図1点線)よりも高く、「導入前世代」の傾向から予想される率(図1実線)に近いことが明らかになりました(図1)。ワクチンの安全性についてはすでに報告されているため、今回の研究により、一刻も早いHPVワクチンの積極的勧奨の再開及び接種を見送った女子への子宮頸がん対策の強化の必要性が示されました。

本研究成果は、2021年12月14日に総合医学誌のオンラインジャーナル「The Lancet Regional Health - Western Pacific」に公開されました。

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図1. 生まれ年度別の子宮頸部細胞診異常率およびHPVワクチン接種率
生まれ年度別の公費助成対象の16歳までのワクチン累積接種率および20歳(未受診の場合は21歳、2000年度生まれは20歳のみ)の子宮頸がん検診の細胞診結果

研究の背景

日本では、毎年約10,000人が新たに子宮頸がんと診断され、約3,000人が子宮頸がんで亡くなっています。この子宮頸がんの主な発症要因としてハイリスク型HPVの感染(16型・18型が約60%を占める)が挙げられ、感染を防ぐためには、HPVワクチンが有効であることがわかっています。日本では2010年度から中1~高1を対象に公費助成が開始され、2013年4月から小6~高1を対象とした定期接種となりました。しかしながら、接種後に生じたとされる多様な症状への懸念から、同年6月に厚生労働省は積極的勧奨の差し控えを発表しました。この差し控えは2021年11月まで継続されました。HPVワクチンの安全性については、WHOをはじめとする多くの機関が安全性の問題を否定しました。特に、WHO は2015年12月に「HPVワクチンの推奨を変更すべき安全性の問題は確認できない」と発表した声明の中で、日本について「弱い根拠に基づく政策決定は真の被害を招きかねない」と述べ、HPVワクチンの積極的勧奨差し控えの継続を非難しました。日本においても、厚労省の祖父江班の調査にて、ワクチンを接種していない女子においても、接種者に見られる症状と同様の多様な症状が認められることが示され(厚生科学審議会資料、Fukushima et al. J Epidemiol., 2021, in press)、また、名古屋市の調査では、ワクチン接種との関連が懸念された24種類の多様な症状の起こりやすさ(オッズ)は、接種者と非接種者で有意な差が認められなかったことが報告されています(Suzuki et al. Papillomavirus Res., 2018)。

これまでに研究グループは、日本における生まれ年度ごとのワクチン接種率を算出し、2000年度以降生まれのHPVワクチン接種率が激減していることを明らかにしています(図2)。また、これまでに、HPV ワクチンの積極的勧奨中止による弊害として、接種を見送った女子の将来の子宮頸がん罹患・死亡の増加数を推計しています(Yagi A et al. Sci Rep, 10.1038/s41598-020-73106-z)。その結果、2020年度まで積極的勧奨差し控えが再開されなかったことにより、導入前世代である1993年度生まれの罹患・死亡リスクと比較した場合、キャッチアップ接種や検診受診率の上昇がなければ2000~2004年度生まれでは合計22081人の超過罹患、5490人の超過死亡が発生すると予測されました。

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図2. HPVワクチンの接種率(地域保健・健康増進事業報告および国勢調査から算出)
第23回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、平成28年度第9回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会の資料をもとに、地域保健・健康増進事業報告および国勢調査のデータを利用して再計算を行った。2000年度生まれの接種率は14.3%、2005年生まれ以降はさらに減少している。
Nakagawa S et al. Cancer Sci, 111:2156-2162, 2020.

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図3. HPVワクチンの定期接種対象年齢と子宮頸がん検診対象年齢

本研究の成果

今回、本研究グループでは、子宮頸がん検診における細胞診の結果とHPVワクチン接種率を生まれ年度ごとに解析し、勧奨差し控えによる接種率の減少が何をもたらすのかを検証しました。

「導入前世代」の細胞診異常率は上昇基調にありました(図1、生まれ年度: 細胞診異常率、1989: 2.23%、1990: 3.08%、1991: 3.21%、1992: 4.26%、1993: 3.94%)。一方、「接種世代」(HPVワクチン接種率: 1994: 63.4%、1995:67.2%、1996: 70.8%、1997: 71.7%、1998:71.1%、1999: 62.1%)の異常率も上昇傾向を示していました(1994: 3.52%、1995:3.56%、1996: 3.83%、1997: 3.06%、1998: 4.12%、1999: 3.94%)。「導入前世代」と「接種世代」で細胞診異常率の有意な差は認められなかったものの、「接種世代」の細胞診異常率は、「導入前世代」の上昇傾向から予測される率より低く、HPVワクチンの有効性が示唆されるものでした。しかし、「停止世代」に当たる2000年度生まれ(接種率: 10.2%)の細胞診異常率は5.04%と「接種世代」より有意に上昇し、「導入前世代」の傾向から予想される率に近い値でした。「停止世代」で観察された細胞診異常の上昇は、積極的勧奨差し控えにより接種率が激減したことが原因であると考えられます。「停止世代」の女性へのキャッチアップ接種と強力な子宮頸がん検診受診勧奨の重要性を示しています。適切な対策が取られなければ、積極的勧奨の差し控えによって接種率が激減した「停止世代」における将来の子宮頸がんの罹患率・死亡率の上昇が現実のものとなります。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究にて、HPVワクチンの積極的勧奨一時差し控え継続の弊害が実際のデータによって明らかとなりました。すなわち、HPVワクチンの高い接種率が達成出来ていた1994~1999年度生まれの女子に比べて、2000年度以降の生まれの女子においては子宮頸部細胞診異常の増加が観察されました。この結果は、研究グループが過去に報告した2000年度生まれにおける感染・罹患リスクの上昇の予測(Tanaka Y et al. Lancet Oncol. 2016)や、共同研究を実施している新潟大学より報告された2000年度生まれにおけるHPV16・18型の感染率の上昇とも矛盾しないものです(Sekine M et al. Lancet Regional Health - Western Pacific, in press)。この結果は、接種を見送り対象年齢を越えた女子へのキャッチアップ接種の機会の提供および子宮頸がん検診の受診勧奨の強化を可及的速やかに行う重要性・必要性を示しています。

特記事項

本研究成果は、2021年12月14日、総合医学誌のオンラインジャーナル「The Lancet Regional Health - Western Pacific」に公開されました。

【タイトル】 “The looming health hazard: A wave of HPV-related cancers in Japan is becoming a reality due to the continued suspension of the governmental recommendation of HPV vaccine.”
【著者名】 Yagi A1, Ueda Y1,*, Ikeda S2, Miyagi E3, Sekine M4, Enomoto T4, Kimura T1 (*:責任著者)
【所 属】
1. 大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学
2. 国立がん研究センター がん対策情報センター
3. 横浜市立大学大学院医学系研究科 産婦人科学 生殖成育病態医学
4.新潟大学大学院医歯学系研究科 産科婦人科学

なお、本研究は、厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)の一環として行われました。

用語説明

細胞診異常率

子宮頸がん検診(子宮頸部細胞診)では、ブラシやヘラで採取した子宮の入り口(子宮頸部)の細胞を顕微鏡で観察し、細胞の異常の有無を調べる。結果は「ベセスダ分類」と呼ばれる分類で報告される。この分類の中で、異常なし以外の全ての細胞診異常の率を意味する。