スマートフォンを利用した 血液凝固活性の判定法
命を奪うこともある怖い病気「血栓症」の発症予知に資する検査技術
研究成果のポイント
概要
大阪大学産業科学研究所の服部満助教、永井健治教授らの研究グループは、血液凝固を進行させる酵素「トロンビン」について、採取した血液中での活性を迅速に計測できる生物発光指示薬「Thrombastor」(スロンバスター)を開発しました (図1)。トロンビンの活性に応じて指示薬の発光色が緑から青に変化するため、スマートフォンなどの汎用カメラによる画像撮影によって簡便にその濃度を計測できます。本システムは、専門の機器を使う必要なく誰でも簡単に測ることができる方法であり、ポイントオブケア検査の実現に繋がる技術として期待されます。
図1. 生物発光トロンビン指示薬Thrombastorの構造およびトロンビン濃度に応じた発光色変化
本研究の成果
今回、服部助教らは、ホタルの光などで知られる生物発光を利用して、血液中トロンビン活性を計測できる新規な生物発光指示薬Thrombastor (スロンバスター:Thrombin activity sensing indicator) を開発しました (図1)。通常Thrombastorは緑色発光を示しますが、トロンビンによって切断されると青色に変化します。
その発光色変化を定量することでトロンビン活性を計測することができます。またThrombastorの発光は非常に明るいため、スマートフォンカメラのような汎用カメラによって撮影が可能です。実際に血液中のトロンビン活性が計測可能かを検証するために、マウスから採取した血液を用いて、Thrombastorによる検出を試みました。マウス血液から分離した血漿にThrombastorを添加し、発光をスマートフォンカメラで撮影しました (図2)。その結果、採取してから凝固反応を止めるまでの時間に応じて、発光色が緑から青色へと変化する様子が観察されたことから、時間とともに血漿中で生成されるトロンビンによりThrombastorが切断されることが確認できました。
また、この緑から青への発光色変化を解析することで、血漿中のトロンビン濃度を計測することにも成功しました。
図2. スマートフォンカメラでの撮影による血中トロンビン活性の測定
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
Thrombastorは血中のトロンビンに効率良く反応し発光色が明瞭に変化することから、トロンビン活性を迅速に計測することができます。また、スマートフォンがあれば計測が可能なため、特別な機器を購入する必要がなく導入コストも抑えられます。本計測技術は、誰でも知りたいときに手軽に計測できる実用的な方法であり、スマートフォンの普及率からも在宅 医療やポイントオブケア検査の実現に不可欠なものとなり得ます。
特記事項
本研究成果は、2021年9月27日 (現地時間) に米国学術誌 Analytical Chemistryにオンライン掲載されました。
タイトル: “Ratiometric bioluminescent indicator for a simple and rapid measurement of thrombin activity using a smartphone”
著者名:Mitsuru Hattori, Nae Sugiura, Tetsuichi Wazawa, Tomoki Matsuda, and Takeharu Nagai
DOI:doi.org/10.1021/acs.analchem.1c02396
なお、本研究はJST研究成果展開事業 [先端計測分析技術・機器開発プログラム]、文部科学省 新学術領域 [シンギュラリティ生物学、化学コミュニケーションのフロンティア] の支援を受けて行われました。
参考URL
大阪大学産業科学研究所永井研究室
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/bse/
SDGSの目標
用語説明
- トロンビン
血液凝固に関与する酵素 (プロテアーゼ)。血液中のフィブリノーゲンを加水分解して不溶性のフィブリンへ変化させる反応を触媒する。血漿中にプロトロンビンとして存在し、出血時に第V因子によって活性化されトロンビンとなる。
- 血栓症
血液中に形成された血栓が血管を閉塞し、末梢の循環不全によって生じる脳梗塞、心筋梗塞、肺梗塞など人間の命を奪うこともある臓器障害をいう。海外旅行などで飛行機に搭乗し、長時間同じ姿勢でいる時などに発症するエコノミー症候群は血栓症の一種である。血栓症は、しばしば発症直前まで無症状で健康に見えていた人が突然発症し、一瞬にして重症の病気になることが多い。発症すると手遅れになるため、発症する前に予知することが最大の予防法になると考えられる。