幹細胞モニタリング装置の小型化に成功!
複数の培養環境の同時観察を実現、再生医療の発展に期待
研究成果のポイント
- 細胞を培養する装置であるインキュベーター内に入れたまま、複数の細胞培養状態を長期間モニタリングできる撮像装置の開発に成功。
- 従来装置は、大型であったり、小型でも1つの培養環境のみの観察に限定されたりと効率面で課題があったが、装置をレンズレスにすることで、複数の培養環境の同時観察が可能な小型装置を実現。
- 幹細胞培養や細胞作製過程の品質管理を効率的に実行できるようになり、再生医療や創薬分野のさらなる発展につながることが期待される。
概要
大阪大学産業科学研究所の垣塚太志特任研究員(常勤)、永井健治教授らの研究グループは、産業技術総合研究所の夏目徹首席研究員とともに、幹細胞培養の品質管理を効果的に行うための、コンパクトなリモートイメージング装置「INSPCTOR」(インスペクター)の開発に成功しました。
通常の培養プレートと同等の体積を有する非常に小型な装置であり、インキュベーター内に複数台設置して、長期間にわたるリアルタイムモニタリングを可能とします。
近年のヒトiPS細胞技術の発展は、再生医療や創薬分野への活用が期待されるとともに、細胞製品の品質を効果的に評価できる技術の重要性が高まっています。特に、細胞はインキュベーターという狭い空間内で長期間培養されるため、「いかに小さな装置で様々な細胞の培養状況や品質などを評価するか」が重要なポイントでした。
今回、研究グループは、これまで液晶ディスプレイで活用されてきた薄膜トランジスタ技術を、レンズレス細胞撮像装置として転用することで、従来技術に比べて小型ながら、6つの培養環境を同時観察でき、詳細な細胞品質評価が可能な装置の作製に成功しました。これにより、再生医療や創薬分野における細胞製品の品質管理に大きく貢献できると期待されます。
本研究成果は、英国王立化学会の学術誌 『Lab on a Chip』 に10月14日(現地時間)に公開され、同誌の 『HOT Articles 2024』 に選出されました。
図1. INSPCTORで効果的な長期間定量モニタリングを実現。
左の写真には2つのINSPCTORが写っており、黒いフタを開けるとその下に6つのウェル(培養環境)が存在している。この中で細胞の培養とモニタリングが可能。
研究の背景
ヒトiPS細胞技術を代表とする、近年の幹細胞技術の進歩に伴い、人の体を構成する様々な体細胞を作製することが可能になり、再生医療や創薬分野への発展に期待が寄せられています。同時に、それら幹細胞の培養や、目的細胞作製過程の品質を保証するために、効果的な細胞培養評価技術の重要性が高まっています。培養している細胞を顕微鏡で観察することは直接的な評価方法ですが、長期間にわたる細胞作製過程を考えると、人の手で毎回細胞を取り出し、顕微鏡下で観察するのは効率が良くありません。
幹細胞培養の細胞をインキュベーター内で培養したままリモートでモニタリングできる技術があると、効果的な品質管理に大きく貢献できます。しかし従来技術では、インキュベーター内に入る小型の装置は1つの培養環境の観察に限られていたり、同時に複数を観察できる装置は大型であるなど、効率面に課題がありました。効果的な品質管理のためには、インキュベーターという限られた空間の中で利用できる小型な装置で、様々な細胞の培養状況や品質の観察を行えることが重要なポイントでした。
研究の内容
研究グループは、従来は液晶ディスプレイで活用されてきた薄膜トランジスタ技術をイメージセンサーとして転用することで、小型でデータ処理能力の高い細胞撮像装置INSPCTOR (in-incubator specialized compact lens-free TFT cell monitor)を実現しました。具体的には、まず、低温ポリシリコン薄膜トランジスタと薄膜アモルファスシリコンのフォトダイオードをガラス基板状に形成することで、37.7×21.3 mmという非常に大きなイメージセンサーを作製しました。次に、イメージセンサーの画素の隙間を活用し、背面からの特殊な光照射を行うことで、対物レンズを必要としない、レンズレス細胞撮像装置を実現しました。さらに、このイメージセンサーに細胞培養チャンバーを設置することで、6つの細胞培養条件を約1 cm2の広い観察視野で同時に撮像できる装置となりました。
装置のサイズは、通常の細胞培養プレートと同等の小ささであり(図1)、インキュベーター内に複数設置して、さらに培養条件数や細胞の種類などを増やすことも容易です。また、本装置はインキュベーターを出し入れしなくとも、外部PCからリアルタイムに細胞培養状況をモニタリングすることが可能です。
本装置を用いることで、ヒトiPS細胞のコンフルーエンシー(細胞密集度)の定量(図1右下)や、中胚葉分化誘導時に上皮間葉転換が起きるタイミングを同定(図2A*)できることを実証しました。さらに、高速撮像モードを実装することで、心筋細胞の拍動頻度の定量も実現し、心筋細胞の薬剤応答性評価や、長期間にわたる拍動頻度の変化の追跡も実現しました(図2B)。これにより、心筋細胞の分化誘導や成熟過程を詳細に評価できる技術であることが実証されました。
以上から、INSPCTORは限られた空間であるインキュベーター内に複数設置して細胞の培養条件や観察が可能である小型な装置でありながら、幹細胞や細胞作製過程を、条件を変えながらパラレルに評価できる革新的な技術であることが示されました。
図2. INSPCTORによる細胞製造過程の長期間モニタリングによる定量評価
(A)中胚葉誘導時に生じる上皮間葉転換のタイミング(*印箇所)の同定に成功。(B)心筋細胞の拍動頻度が週スケールで変動しつつ培地交換に合わせて、日単位でも変動する様子(i, ii)の同定に成功。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、細胞製品の品質管理をより効果的に行うことが可能となり、さらなる再生医療や創薬分野の発展が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年10月14日(現地時間)に英国王立化学会の学術誌 『Lab on a Chip』 に掲載され、同誌の 『HOT Articles 2024』 に選出されました。
タイトル:“Compact lens-free imager using thin-film transistor for long-term quantitative monitoring of stem cell culture and cardiomyocyte production”
著者名:Taishi Kakizuka, Tohru Natsume, and Takeharu Nagai
DOI: https://doi.org/10.1039/D4LC00528G
なお、本装置「INSPCTOR」の製造において、京セラ株式会社の仲光翔様、小林児太朗様、神田栄二様、松田誠司様に多大なご尽力を賜りました。また、本研究は、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、大阪大学国際医工情報センター、大阪大学産業科学AIセンター、大阪大学データビリティフロンティア機構の支援を得て行われました。
参考URL
大阪大学産業科学研究所・永井研究室
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/bse/index.html
先導的学際研究機構・超次元ライフイメージング研究部門
https://transdimension.otri.osaka-u.ac.jp/index.html
産業技術総合研究所・細胞分子工学研究門
https://unit.aist.go.jp/cmb5/index.html
用語説明
- トiPS細胞
ヒト細胞から人工的に作製された、多能性をもつ幹細胞。この細胞を分化誘導することで、様々な体細胞を作製可能であり、再生医療や創薬での活用が活発に行われている。
- 薄膜トランジスタ
主に液晶ディスプレイに活用されてきた、電界効果トランジスタの1種。本研究では、フォトダイオードと組み合わせることで、イメージセンサーとして活用している。
- レンズレス細胞撮像装置
対物レンズを使用せずに、細胞画像を撮像できる装置。レンズが必要ないので、安価で小型な装置を作製しやすい。
- 上皮間葉転換
ヒトiPS細胞を中胚葉に分化誘導すると、もともと上皮細胞様だった細胞が、間葉系細胞様の性質を獲得する現象。細胞の遊走性が高まり、コロニーの形態が崩れて扁平な細胞分布になる。
- 心筋細胞
心臓の拍動における収縮弛緩を担う細胞。ヒトiPS細胞から作製可能であり、再生医療や創薬分野への応用が活発に試みられている細胞である。