予期しない電磁放射を可視化する電磁回路シミュレーターを開発

予期しない電磁放射を可視化する電磁回路シミュレーターを開発

放射現象による電磁ノイズを考慮した電気回路設計が可能に

2021-3-19工学系
基礎工学研究科教授阿部真之

研究成果のポイント

  • これまで別々に計算されていた、電気回路内の「伝導現象」と「放射現象」の同時計算を実現しました。
  • 設計では予期できない場所で発生する電磁場放射を定量化することが可能になります。
  • この研究成果を利用して、電気回路からの不要な電磁場放射をなくすことで、低ノイズ・省電力化を実現し、「持続可能な電動化社会」を目指します。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の神野崇馬さん(日本学術振興会特別研究員PD)と大学院生の木虎秀二さん(博士後期課程3年)、阿部真之教授、大阪大学キャンパスライフ健康支援センターの土岐博特任教授(本学名誉教授)は、電気回路を構成する導体内の伝導現象と導体外の放射現象を同時に考慮した、電磁ノイズの高精度な定量化手法を開発することに成功しました。

私たちの身の回りのほとんどの機器は電気で動き、制御されています。近年では、自動車にも電動化や自動化が進んでおり、安全面や電力需給の逼迫から、低電磁ノイズ化や省電力化を実現する回路設計がますます重要になります。私たちは電気信号やエネルギーを欲しい場所に運ぶために、線状や板状など、様々な形状の導体(金属)を使っています。この時、電気回路内では図1に示すように、電気信号が導体内を伝導し、電磁場が導体外へと放射します。さらに、外部に放射した電磁場は空気中を伝搬し、自分や他の回路の信号に変換され、電磁ノイズを引き起こします。このように、我々が研究対象としている電磁ノイズ現象は、入力した電気信号の伝導→外部への電磁場放射→伝導する電気信号への寄与という一連の現象を考慮する必要があります。そこで本研究では、回路素子が接続された任意の形状を有する導体内の、信号の伝導現象と外部への放射現象の同時計算を実現する電磁回路シミュレーターを考案しました。

本研究成果は、2021年2月25日に国際論文誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

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図1. 本研究で取り扱う電気回路内で発生する現象

研究の背景および成果

電磁ノイズ現象を厳密に取り扱うためには、電気信号の伝導現象と外部への放射現象を同時に計算しなければなりません。そのために我々は、図2に示すようなマクスウェル方程式から導出されるスカラーポテンシャル(電位)UとベクトルポテンシャルAの遅延積分方程式を厳密に解くことを目指しました。「遅延」とは、離れた場所から放射した電磁場の影響が遅れて生じることをいい、放射を考慮するためにはこの遅延による時間を考慮する必要があります。図2の式を見ると、UとAは遠方にある電荷密度qと電流密度jから影響を受けており、それは空間に依存した遅延時間が発生しています。すなわち、空間の積分計算を行う際に、遅延によって時間がずれてしまうことがわかります。よって、遅延を厳密に考慮するためには、時間のずれを伴う空間積分という複雑な計算をする必要があります。

従来法では、図3に示すように、遅延時間を空間に依存しない定数で近似するといった手法が用いられていましたが、数値計算が安定しない問題がありました。しかし、本研究では、時間のずれをより厳密に考慮した数値計算(離散化)手法を考案することで、数値計算の安定化を実現しました。さらに、導体内の電荷と電流との関係を表すオームの法則や連続の式、境界の回路素子(集中定数回路)も同時に計算するアルゴリズムを開発しました。

次に図4の回路に本研究成果で得られた手法を応用することで、放射現象が伝導信号に寄与する影響をお見せします。1つの導体に左端からパルス電流を流した際の時間応答を計算しました。赤線が本研究手法で得られた放射を考慮した計算結果であり、青線は、遅延時間を0と近似することで放射現象を無視した計算結果を表しています。グラフの波形は導体中央部に流れる電流の時間変化を表しており、上下に振動している波は入力したパルス電流が導体を伝搬し、両端で跳ね返され、往復している様子を表しています。2つの結果を比較すると、放射を考慮した計算はすぐに減衰して0に収束しているのに対して、放射を考慮しなかった場合は、減衰せずに振動し続けていることがわかります。導体内の抵抗成分は0としているため、伝導による損失は発生しません。以上の結果から、信号である伝導電流の減衰は外部放射によるものであることがわかります。これは、1導体では外部放射が大きくなるため、信号を伝導するには不向きであることがわかります。通常、電気回路は2つの導体を用いており、放射を抑えて伝導させることができます。

以上のように、本研究で開発した手法を用いると、導体の形状によって、信号がどのように伝搬し、放射するのかを可視化することが可能になります。

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図2. 本研究で取り扱う方程式

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図3. 従来法と本研究手法の遅延時間の取り扱いの違い

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図4. 放射が伝導信号に与える影響

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

持続可能な開発目標(SDGs)を達成するために、社会は電動化へと進んでいます。しかし、急速な電動化は、電力需給の逼迫や電磁ノイズによる目に見えない環境汚染など潜在的な問題を抱えています。そこで私たちは、本研究で開発した電磁回路シミュレーターを用いて、正しく電力を扱い、正しく電力を消費することで、電気回路のさらなる低ノイズ・省電力化による「持続可能な電動化社会」を実現することを目指しています。

特記事項

本研究成果は、2021年2月25日に国際論文誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Time-domain Formulation of a Multi-layer Plane Circuit Coupled with Lumped-parameter Circuits using Maxwell Equations”
著者名:Souma Jinno, Shuji Kitora, Hiroshi Toki, and Masayuki Abe
DOI:10.1038/s41598-021-83916-4

なお、本研究はJSPS科研費 19J14259の助成を受けたものです。

参考URL

阿部真之教授 研究室
http://www.ae.stec.es.osaka-u.ac.jp/wp/

SDGs目標

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用語説明

電磁ノイズ

電磁ノイズとは、電子機器に流れる信号を歪ませて通信障害や誤動作などを引き起こすものです。主に電気信号が伝導する金属導体の形状などの構造が原因で発生します。回路外に放射する不要な電磁場や、他の回路との結合、回路内を伝導し信号に変換される成分などがあります。

電磁回路シミュレーター

電磁回路シミュレーターとは、電気回路の導体内を電流などが伝導する現象と導体外に電磁場が放射する現象を同時に記述するシミュレーターのことです。一般的に回路内を伝導する現象は回路理論、電磁場の放射現象は電磁気学理論をもとに記述されており、それらの理論を組み合わせたものです。