AIによる自律的な単一原子計測に成功

AIによる自律的な単一原子計測に成功

人間に代わりAIが実験研究をする新技術

2024-9-10工学系
基礎工学研究科教授阿部真之

研究成果のポイント

  • 人間に代わりAIが実験研究をするための新技術を開発
  • AIの手法を走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy; SPM)に組み込み、自律的に試料表面の単一原子の特性を測定することに成功
  • 複雑で手間と時間がかかる操作をAIの自律的な計測により代替し、適切なビッグデータの取得と分析を行うことで、従来のアプローチではできなかった新しい発見や原理の解明につながると期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻 刁琢(ちょうたく)助教、附属極限科学センター 阿部真之教授らの研究グループは、AIの手法を走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy; SPM)に組み込み、自律的に試料表面の単一原子の特性を測定できる技術を開発しました。

これは、これまでのいわゆる自動計測とは異なり、人間に代わりAIが実験研究をする新技術です(図1)。つまり、AIが測定試料表面の状態を原子レベルで把握し、測定装置自身の状態を判断しながら、必要に応じて修正や調整を行い、自律的に個々の単原子上で測定を行います。

今後、この手法を様々なSPM測定に応用することで、従来のアプローチではできなかった新しい発見や原理の解明につながると期待されます。

本研究成果は、9月6日(金)独国科学誌「Small Methods」に、発表されました。

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図1. AIが自律的にケイ素表面を測定している様子。

研究の背景

SPMは、ナノスケールから原子レベルまで表面観察が可能な、科学や工学の分野における必須の測定装置です。SPMを用いた先端計測手法の一つであるスペクトロスコピーは、個々の原子や分子の特性を測る画期的な手法です。しかしながら、スペクトロスコピーには高度な技術と精密な制御が必要であり、極めて微小なスケールでの操作が要求されることや、環境からの振動や熱的揺らぎの影響を受けやすいため、限られた環境(例えば極低温)においての研究が一般的でした。室温環境において、実デバイスの動作や生体分子の挙動に関するスペクトロスコピー測定は、高度な専門性を持っていたとしても、人間の能力の限界を超える難しさが存在していました。 

SPMを発展させたナノ分析顕微鏡は、様々な物質・材料から豊富な情報を多元的に得られる優れた手法でありながら、その特長を完全に活用できているとはいえませんでした。SPMの実験では、画像を取得するのに数分から数十分の時間がかかることがあります。また、「表面を見る」「表面を測る」という装置の特性上、実験中には、測定試料や探針の状況を判断しながら測定から目を離さないようにする必要があります。そのため、所定の測定を終了するまでに、撮像エリアの変更や異なる条件での測定を行うことが通常です。したがって、長時間の根気を必要とする実験を余儀なくされてきました。加えて、従来の方法では計測者の熟練度や経験に依存する部分が大きく、計測の再現性やデータの信頼性にも課題がありました。その結果、実験装置としては原理的には可能でありながら、実際には実現が困難な実験が多数存在していました。

研究の内容

研究グループでは、SPMにAIを導入することで、自律的にスペクトロスコピー測定が可能となる技術を開発しました。これは、AI自身が測定対象である試料表面の状態を原子レベルで把握するだけでなく、測定装置自身の状態を判断し、必要に応じて修正や調整を行いながら、原子レベルでのスペクトロスコピーを行うことが可能な技術です。人間に代わってAIが実験を行うことで、全自動でビッグデータの取得が可能となり、科学的に信頼できるデータの解釈が可能となりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

人間に代わってAIが実験を行うことで、全自動でのビッグデータの取得、科学的に信頼できるデータの解釈が可能となりました。これは、実験研究における革新的かつ現実的なアプローチです。

今後、科学および技術の分野において、実験研究者・技術者が個別の研究に特化したAIを用いた自律型の実験を実現するニーズが増えると予想されます。今後は、今回の成果のように、実験のある部分に特化したAIと大規模言語モデルをどのように実験に組み込んでいくのかを考えていく必要があるでしょう。いずれにしても、本研究成果の手法や概念を横展開していくことで、様々な計測手法の自動化を一気に加速することができることは間違いありません。複雑で手間と時間がかかる操作をAIによる自律的な計測により代替し、適切なビッグデータの取得と分析を可能とすることで、従来のアプローチではできなかった新しい発見や原理の解明につながると期待できます。

特記事項

本研究成果は、9月6日(金)独国科学誌「Small Methods」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“AI-equipped scanning probe microscopy for autonomous site-specific atomic-level characterization at room temperature”
著者名:Zhuo Diao, Keiichi Ueda, Linfeng Hou, Fengxuan Li, Hayato Yamashita, Masayuki Abe
DOI:10.1002/smtd.202400813

なお、本研究は、科学研究費補助金の研究の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

走査型プローブ顕微鏡 (Scanning Probe Microscopy; SPM)

先鋭な針(探針)を試料表面に近づけ、相互作用を検出しながら走査することで、原子レベルの分解能で表面構造を観察する装置です。トンネル電流や原子間力を利用し、半導体や生体分子の研究に広く応用されています。非常に高い空間分解能が特徴で、ナノテクノロジーの発展に貢献しています。

大規模言語モデル

膨大なテキストデータを用いて訓練された人工知能モデルです。自然言語処理の分野で広く使用されており、文章生成、質問応答、要約、翻訳などの様々なタスクを高い精度で実行できます。これらのモデルは、言語の文脈や意味を深く理解し、人間に近い自然な言葉を生成することができます。GPT-3やBERTなどの大規模言語モデルは、数百億から数千億のパラメータを持ち、その性能は人間に匹敵すると言われています。今後、これらのモデルは様々な分野で応用され、人間とAIのコミュニケーションをより自然で効率的なものにすると期待されています。