新型コロナウイルス中和タンパク製剤の開発について

新型コロナウイルス中和タンパク製剤の開発について

2020-11-18生命科学・医学系

概要

現在世界中で問題となっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して有効な治療法はまだ確立されておらず、早急な治療薬やワクチンの開発が求められています。

京都府立医科大学循環器内科学星野温助教、大阪大学蛋白質研究所高木淳一教授、微生物病研究所岡本徹教授らの研究グループは新型コロナウイルスの受容体であるACE2タンパクのウイルス結合力を100倍以上高めることに成功しました。新型コロナウイルスは、ヒト細胞のACE2タンパクと結合することで感染しますが、結合力を高めた高親和性改変ACE2タンパクを用いることで、ヒト細胞への感染を阻害する効果が期待されます。

今後はこの高親和性改変ACE2タンパクを用いたウイルス中和タンパク製剤の創薬を(株)生命科学インスティテュートと共同で行います。

背景

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)の感染者は全世界で5000万人を超え、130万人以上の方が亡くなられています。新型コロナウイルスは粒子表面にあるスパイクタンパクがヒトの細胞表面にあるACE2タンパクに結合することで感染が起こります。そのため、治療方法の一つとしてスパイクタンパクをブロックして中和する方法があり、現在この中和製剤として抗体製剤の開発が盛んに行われています。しかし抗体製剤ではウイルスの遺伝子変異によりスパイクの形状が変化して抗体が結合できなくなるエスケープ変異 が懸念されています。この問題を克服するために、共同研究グループは新型コロナウイルス受容体であるACE2タンパクに着目し、ウイルスとの結合力を高めることで高い中和活性を持つタンパク製剤の開発に取り組みました。

研究手法と成果

共同研究グループでは指向性進化法 という、言わば試験管内でACE2タンパクをウイルスに結合しやすくなるように進化させる方法を用いました。まずACE2遺伝子をエラーが入りやすい条件で増幅させることで、約10万種類のACE2変異体ライブラリを作製します。次に、それぞれの変異体を細胞表面に発現させてウイルスのスパイク成分とよく結合するものを回収します。回収されたACE2変異体にさらに変異を導入し、同様の流れでよりスパイク成分と結合するものを回収します。これを繰り返すことで最終的にACE2のウイルススパイクとの結合力を100倍以上に高めることに成功しました (図1) 。結合力の指標である解離定数(KD値)は野生型が41.4nMに対して改変ACE2は0.37nMと抗体製剤と同等以上の結合力を達成しました。

次にこの高親和性改変ACE2に抗体のFc領域 を結合させたタンパク製剤を合成し機能評価を行いました。Fcを結合させることで体内での薬物動態が安定化する事や、2量体になり中和活性が向上する事が期待できます。シュードウイルス に対する中和実験では50%感染阻害濃度(IC50)が野生型では12.6μg/mLであるのに対して改変型では0.055μg/mLと約200倍の有効性を認めました。また新型コロナウイルスに対する中和実験では一般的な抗体製剤の血中濃度領域において改変型ACE2-Fcで良好なウイルス中和活性が確認されました (図2) 。

図1 指向性進化法による高親和性ACE2開発の概要

図2 改変ACE2-Fc製剤におけるウイルス中和試験

シュードウイルス中和試験では各濃度のACE2-Fcとウイルスを293T/ACE2細胞と1時間反応させ、48時間後にルシフェラーゼアッセイ法により感染率を評価(左側)。新型コロナウイルス中和試験では各濃度のACE2-FcとウイルスをVero6/TMPRSS2細胞と2時間反応させ、24時間後に培地中に分泌されたウイルスコピー数をリアルタイムPCR法で評価した(右側)。

今後の展開

本研究で開発された高親和性改変ACE2タンパクを用いて、高いウイルス中和活性を持ち、且つウイルスの遺伝子変異による薬剤耐性が問題とならない新たなモダリティによる治療薬の開発に(株)生命科学インスティテュートと共同で取り組みます。そしてこの製剤を、安全にヒトへ投与し普及させることができれば、世界を脅かしているCOVID-19に終止符を打つことが期待されます。

共同研究グループ

京都府立医科大学 大学院医学研究科 循環器・腎臓内科学
教授 的場聖明
助教(学内講師)星野 温
後期専攻医 樋口雄亮
大学院生 池村奈利子
病院助教 桐田雄平

大阪大学 蛋白質研究所 分子創製学研究室
教授 高木淳一
特任助教(常勤) 有森貴夫

大阪大学 微生物病研究所 高等共創研究院
教授 岡本 徹
助教 鈴木達也

京都府立医科大学 大学院医学研究科 免疫学
教授 松田 修
講師 扇谷えり子

大阪大学 微生物病研究所 ゲノム解析室
助教 元岡大祐

大阪大学 微生物病研究所 感染症メタゲノム研究分野
特任准教授(常勤) 中村昇太

研究支援

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B(19H03658、研究代表者:星野温)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(JP20am0101075、研究代表者:高木淳一)、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP20fk0108263、研究代表者:岡本徹)の支援を受けて行われました。

原論文情報

この研究成果は、プレプリントリポジトリbioRxivにて2020年9月16日に掲載されました。

機関名:bioRxiv(オンライン掲載)
オンライン閲覧 可(URL: https://doi.org/10.1101/2020.09.16.299891 )
掲載日 2020年9月16日
タイトル:High affinity modified ACE2 receptors prevent SARS-CoV-2 infection
(和文:高親和性改変ACE2受容体は新型コロナウイルス感染症を予防する)

参考URL

微生物病研究所 岡本研究室HP
http://okamoto-lab.biken.osaka-u.ac.jp

微生物病研究所 中村研究室HP
http://nkmr.biken.osaka-u.ac.jp

用語説明

エスケープ変異

ウイルスが遺伝子を変異させることで抗体や化合物の標的部位の形状を変化させ、結合できなくする事で薬剤耐性を獲得する変異。

指向性進化法

自然界の進化に倣ってDNAの突然変異誘発による多様化と選択のサイクルを繰り返すことで、自然界にはみられない高性能なタンパクを作出する技術で、本手法による主に金属酵素の開発に大きく貢献したとして、2018年にフランシス・アーノルドがノーベル化学賞を受賞した。

Fc領域

抗体の"Y"字の下半分の縦棒部分にあたる部分で、免疫細胞や補体と結合することで抗体が抗原と結合した後の免疫反応を媒介する。

シュードウイルス

レトロウイルスの粒子表面のエンベロープ蛋白を別のウイルス由来のものに置き換えたウイルスで、今回はエンベロープ蛋白の代わりに新型コロナウイルスのスパイク蛋白を外套させている。危険性の高い新型コロナウイルスの代わりにシュードウイルスを用いる事で比較的安全に実験が行える。