コレラ菌が腸管定着に必要な分子を分泌する仕組みを解明

コレラ菌が腸管定着に必要な分子を分泌する仕組みを解明

抗生物質に代わる新規治療薬開発に期待

2022-10-15自然科学系
微生物病研究所特任准教授(常勤)中村昇太

研究成果のポイント

  • コレラ菌(図1)が腸管に感染するときに必要な定着因子と呼ばれる分泌タンパク質を、4型線毛(図1)という糸のような構造物が菌の外に運び出す仕組みを解明した。
  • この定着因子が運び出される際に、4型線毛が目印にする特徴的なアミノ酸の並び方(シグナル配列)が存在することを明らかにした。
  • シグナル配列部分を標的にした薬剤を開発することができれば、コレラ菌を腸管に定着させずに体外に排出させる治療薬など、耐性菌の出現が世界的な問題となっている抗生物質とは異なる新戦略による感染症対策に繋がることが期待される。

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図1. コレラ菌O395株の透過型電子顕微鏡写真。左側黒枠が線毛の拡大写真。写真提供:大阪大学微生物病研究所中央実験室

概要

大阪大学微生物病研究所の中村昇太特任准教授(常勤)、沖大也特任研究員(常勤)、大阪大学大学院薬学研究科の河原一樹助教らの研究グループは、激しい下痢症の原因となるコレラ菌が、4型線毛と呼ばれる糸状の構造物を利用して定着に必須なタンパク質を菌体外に分泌する仕組みを世界にさきがけて明らかにしました。本研究成果は、薬剤耐性菌の出現が世界的な問題となっている抗生物質に替わる新規の治療薬の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、10月15日(土)午前3時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

コレラは、19世紀にインドを発生起源として世界中に広がり、過去6回のパンデミックが発生し、数百万人が死亡しました。日本においても江戸、明治時代に10万人以上が死亡する大流行が何度も発生しています。1960年代から現代まで続く7回目のパンデミックは、発展途上国を中心に甚大な被害をもたらしており、年間130-400万人が感染、2.1-14.3万人が死亡していますが、これまでに長期にわたって有効なコレラワクチンは開発されておらず、抗生物質の不適切な使用による薬剤耐性菌の出現も問題となっています。そのため、2017年には、コレラを管理する国際対策委員会(GTFCC)によって、「Ending Cholera: A Global Roadmap to 2030」が提案され、2030年までにコレラによる死亡者数を90%削減する目標が掲げられるなど、コレラ対策への世界的な関心が高まっています。

研究の内容

本研究では、コレラ菌の病原性に重要なコレラ毒素と同時に発現する毒素共発現線毛(toxin-coregulated pilus: TCP)と呼ばれる4型線毛(図1)の構造解析をおこない、腸管への付着、バイオフィルムの形成、繊維状ファージの取り込み、定着因子の分泌など多岐に渡るTCPの機能の一端を解明しました。特に、TCPと定着因子が結合する様子を大型放射施設SPring-8を利用したX線結晶構造解析によって明らかにし(図2)、TCPが花弁のようなかたちの定着因子3分子と結合し、菌の外へ輸送する仕組みを原子レベルで解明しました(図2)。この輸送の仕組みは、腸管毒素原性大腸菌やサルモネラ菌などの腸内病原細菌にも共通して存在することから、我々は、分泌タンパク質に保存されたこの結合領域を“4型線毛分泌シグナル”と命名しました。

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図2. コレラ菌の4型線毛が定着因子を運ぶ様子。右図は定着因子と4型線毛の複合体構造。色分けは左右で共通している。右図黒枠は4型線毛TCPと定着因子の4型線毛分泌シグナルが結合する様子を示している。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、コレラ菌がヒトの腸管に定着する際に必須の因子を分泌する仕組みが解明されたことで、定着因子の分泌を阻害し、コレラ菌の腸内での定着を阻害するような薬剤の開発が可能になることが期待されます。抗生物質は病原菌の生育に関わる機能を阻害するため、不適切な使用による薬剤耐性菌の選択的な増殖が問題となっています。一方、定着を阻害する薬剤は、病原菌を殺さず体内から追い出すことができるため、薬剤耐性菌を出現させる可能性が低いと考えられます。そのため、汎用される抗生物質とは異なる新規の治療法となることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年10月15日(土)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

DOI: 10.1126/sciadv.abo3013
タイトル:“Structural basis for the toxin-coregulated pilus-dependent secretion of Vibrio cholerae colonization factor”
著者名:Hiroya Oki*, Kazuki Kawahara*, Minato Iimori, Yuka Imoto, Haruka Nishiumi, Takahiro Maruno, Susumu Uchiyama, Yuki Muroga, Akihiro Yoshida, Takuya Yoshida, Tadayasu Ohkubo, Shigeaki Matsuda, Tetsuya Iida, and Shota Nakamura
*これらの研究者は,この研究に等しく貢献しました。

なお、本研究は、次に示す研究事業の支援を受けて行われました。大阪大学感染症総合教育研究拠点CiDER、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 研究活動スタート支援(研究代表者:沖大也、19K23866)、若手研究(研究代表者:沖大也、20K16245)、基盤研究(C) (研究代表者:河原一樹、18K07110、21K07024)、国際共同研究強化(B) (研究代表者:飯田哲也、20KK0183)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)異分野融合型研究シーズおよび橋渡し研究プログラム (研究代表者:中村昇太、19lm0203014、 20lm0203007、 21lm0203007)、大型放射光施設SPring-8(研究代表者:中村昇太、2018A2553、2018B2553、2019A2570、2019B2570、 2020A2565、 2021A2565、 2021A2755、 2021B2755)

参考URL

中村昇太特任准教授(常勤)研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/ ba883a5ed5c7d194.html?k=中村昇太

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

コレラ菌

グラム陰性桿菌の一種。O1およびO139血清型がコレラ毒素産生株として知られており、汚染水を介して取り込まれ、水溶性下痢症の原因となる。

定着因子

感染の第一段階である細菌のヒト標的細胞への結合は定着と呼ばれ、これを達成するために細菌自らが産生する物質。

4型線毛

コレラ菌や毒素原性大腸菌など、病原性を有する様々なグラム陰性菌に見られる菌体表面の構造物であり、標的への定着や感染、DNAの取り込みなど、多種多様な機能を有する。

シグナル配列

細胞の中で合成されたタンパク質の局在化や輸送を制御するアミノ酸配列。膜への埋め込み、核内やペリプラズム画分への移行、細胞外への輸送などを司る。