生命科学・医学系

2020年1月6日

研究成果のポイント

・悪性脳腫瘍である神経膠腫(GradeⅡ,Ⅲ)のMRIから、深層学習を用いて画像の特徴を抽出し、脳腫瘍の治療法や予後を決める遺伝子変異の有無を推定することに成功した。
・遺伝子変異の有無を調べるためには、手術によって腫瘍の一部を採取する必要があったが、手術をせずに、脳腫瘍のMRIの特徴を抽出することで遺伝子変異の有無を予測する技術を開発した。
・今後、より精度を高めることで脳腫瘍の遺伝子変異の判定をMRIなどから安全で効率的に行う医療応用につながると期待される。

概要

大阪大学の福間良平特任助教(常勤)(大学院医学系研究科 脳神経外科学)、栁澤琢史教授(高等共創研究院)、木下学講師(大学院医学系研究科 脳神経外科)、貴島晴彦教授(大学院医学系研究科 脳神経外科)および脳情報通信融合研究センターの篠崎隆志研究員、国立がんセンター中央病院の成田善孝科長、大阪医療センターの金村米博部長らの研究グループは、GradeⅡ,Ⅲの神経膠腫※1のMRIから、深層学習の一種であるConvolutional Neural Network(CNN)※2を用いて画像の特徴を抽出することで、これまでの方法よりも有意に高い精度で予後に関わる遺伝子変異の有無を推定することを示しました(図1)

悪性脳腫瘍である神経膠腫のうち、GradeⅡとⅢは、いくつかの遺伝子変異の有無によって予後が変わることが知られていますが、脳腫瘍の遺伝子情報を得るためには、手術で脳腫瘍の一部を採取する必要があります。木下講師らの研究グループは、大阪医療センターの金村米博らや国立がんセンター中央病院の成田善孝らと協力して、199例のGradeⅡ、Ⅲ神経膠腫のMRIと遺伝子情報(国内では最大規模であり、世界的にも稀有な大規模多施設データ)を11施設から集めデータベースを作成しました。このデータベースのMRIから画像の特徴を抽出することで、遺伝子変異の有無を推定する方法を開発しました。このようなCNNを利用する方法を用いて、脳腫瘍の遺伝子変異を非侵襲的に判定する技術が医療応用され、効率的で安全な治療が実現されることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、12月30日(月)午後7時(日本時間)に公開されました。

図1 神経膠腫のMRI画像を用いた遺伝子変異の判定
MRI画像から深層学習を用いて特徴を抽出し、遺伝子変異の有無を推定

研究の背景

悪性脳腫瘍である神経膠腫はGradeⅠからⅣの4段階で悪性度が分けられ、Ⅳは大変予後が悪い一方で、Ⅰは比較的長期間安定した状態を維持します。その一方で、GradeⅡ、Ⅲ神経膠腫は予後のばらつきが大きく、いくつかの遺伝子変異の影響を受けていることが明らかになっています。特にIDH※3とpTERT※4と呼ばれる遺伝子変異の有無は治療予後に大きく影響することが明らかになっています。つまり、IDHとpTERT両方に変異があるグループ①、次にIDHに変異があり、pTERTに変異がないグループ②、最後にどちらも変異がないグループ③の順に予後が悪くなります。このため、これらの遺伝子情報は脳腫瘍の治療においてとても重要です。脳腫瘍の遺伝情報を得るためには、手術で脳腫瘍の一部を採取する必要があります。もしも、MRIなどの非侵襲的な画像診断によって、手術をせずに脳腫瘍の遺伝子情報を得ることができれば、腫瘍組織を採取せずとも最適な治療方法を選択し、治療の効率化と安全性の向上を図ることができると期待されます。しかしながら、GradeⅡ、Ⅲ神経膠腫のMRIは特徴に乏しく、脳腫瘍を専門とする医師でも遺伝子変異の有無を画像から推測することは困難です。

先行研究では脳腫瘍のMRIから抽出した59個の特徴により遺伝子変異を推定できることが示されていました。その一方でGradeⅡ-Ⅳの神経膠腫のMRIと遺伝子変異の有無をCNNで学習した結果、高い精度で診断推定が可能であったと近年報告されました。しかし、GradeⅣは脳外科専門医であれば多くが見分けられるほど画像に特徴があり、それに加えて、推定には年齢など画像以外の情報が寄与していたことから、CNNを用いたことがこれまでのラジオミクス※5と比べてどの程度有用であるのか疑問が残る結果でした。

本研究の成果

研究グループの木下らは、大阪医療センターの金村米博らや国立がんセンター中央病院の成田善孝らと協力して脳腫瘍の遺伝子情報をMRIから推定する方法の開発を進めてきました。国内では最大規模であり、世界的にも稀有な大規模多施設データである199例のGradeⅡ、Ⅲ神経膠腫のMRIと遺伝子情報を11施設から集めデータベースを作成しました。自然画像の識別を学習したCNNであるAlexNetを画像の特徴を抽出するフィルターとして用いることで脳腫瘍のMRIの特徴を抽出し遺伝子変異の有無を63.1%の精度で推定できました。推定アルゴリズムの構築にはサポートベクトルマシン※6と呼ばれる一般的な機械学習の方法を利用しました。これにより、旧来の画像特徴(ラジオミクス)と比較して、CNNを用いることで新しい画像特徴が得られていることを明らかにしました。この結果より、CNNを用いることで、GradeⅡ、Ⅲ神経膠腫の遺伝子変異に関するMRIの新しい特徴を抽出できることが示されました。なお、今回の研究に用いた脳腫瘍のMRIは大きく分けて2種類のMRI機種(1.5Tと3T)によって撮影されました。通常、MRIの機種や施設が異なると、得られる画像が大きく異なり、ひとつの機種で得られた画像を元に学習された識別器の結果は、他施設や他機種で得られた画像には適用できないことが知られていますが、今回の研究では、これらの多様なデータをあえて混ぜて学習を行うことで、機種や施設によらずに利用できる識別器を作成しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の成果より、GradeⅡ、Ⅲ神経膠腫の遺伝子変異推定における深層学習の有用性が明らかになりました。大規模な多施設データから得られた研究の成果は、汎化性が高いと考えられます。

今後、大規模なデータに対して深層学習による学習を行うことで、高い精度で脳腫瘍の遺伝子変異を推定できるようになると期待されます。MRIから遺伝子変異を推定できることで、手術を行わずに正確な脳腫瘍診断が可能となり、医療者は早期に脳腫瘍の種類に合わせた個別化治療を患者さんに提供できるようになると期待されます。

研究者のコメント(医学系研究科脳神経外科 特任助教(常勤)福間良平)

機械学習界隈の研究は日進月歩で、新たな技術がどんどん出てきています。しかし、解析手法がどれだけ発達しようとも、元になっているデータの質が悪ければ、しっかりとした結果は出てきません。我々の今回の研究では、大阪医療センターや大阪大学など11の施設が協力して集めた脳腫瘍ビッグデータを用いて学習を行いました。今後さらに、大規模で高品質なデータベースを構築することで、実臨床での使用に耐えうるようなAIを実現したいと考えています。

特記事項

本研究成果は、2019年12月30日(月)午後7時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】“Prediction of IDH and TERT promoter mutations in low-grade glioma from magnetic resonance images using a convolutional neural network”
【著者名】福間良平1-2,栁澤琢史1–3*,木下学1*,篠崎隆志4,有田英之1,5,6,川口淳7,高橋雅道8,成田善孝8,寺川雄三5,9,露口尚弘5,9,10,沖田典子21,埜中正博5,11,12,森内秀祐5,11,13,高垣匡寿1,5,藤本康倫1,5,深井順也5,14,泉本修一5,10,石橋謙一5,9,中島義和5,15,正札智子5,16,兼松大介5,17,吉岡絵麻5,16,児玉良典18,眞能正幸5,19,森鑑二5,20,市村幸一6,金村米博5,17,貴島晴彦1(*責任著者)
【所属】
1 大阪大学大学院医学系研究科 脳神経外科
2 ATR 脳情報研究所 神経情報学研究室
3 大阪大学高等共創研究院
4 脳情報通信融合研究センター
5 関西中枢神経腫瘍分子診断ネットワーク
7 佐賀大学医学部 地域医療科学教育研究センター 数理解析部門
8 国立がん研究センター中央病院 脳脊髄腫瘍科
9 大阪市立大学大学院医学研究科 脳神経外科学
10 近畿大学医学部 脳神経外科学
11 国立病院機構大阪医療センター 脳神経外科
12 関西医科大学 脳神経外科学教室
13 りんくう総合医療センター 脳神経外科
14 和歌山県立医科大学 脳神経外科
15 堺市立総合医療センター 脳神経外科
16 国立病院機構大阪医療センター 臨床研究センター 幹細胞医療研究室
17 国立病院機構大阪医療センター 臨床研究センター 再生医療研究室
18 神戸大学大学院医学研究科 病理部学講座 病理診断学分野
19 国立病院機構大阪医療センター 臨床検査科・病理診断科
20 関西労災病院 脳神経外科
21 大阪国際がんセンター 脳神経外科

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」、SIPAIホスピタルの研究開発資金、テルモ生命科学芸術財団 研究開発助成、科学技術振興機構(JST)「さきがけ」「CREST」「ERATO」、厚生労働省 科学研究事業、日本学術振興会 科学研究費助成事業の一環として行われました。

用語説明

※1 神経膠腫(GradeⅡ,Ⅲ)
脳から発生する悪性腫瘍。WHO分類にてGradeⅠ-Ⅳの4段階に分けられⅣが最も予後が悪い。治療は外科的治療と化学放射線療法を中心に行う。

※2 Convolutional Neural Network (CNN)
機械学習の手法の1つで、畳み込み演算を用いるニューラルネットワーク。特に画像認識の分野で、人間を超える性能を発揮したことで注目を集めた。AlexNetはCNNの1種で、2012年に自然画像のビッグデータであるImageNetの画像識別において高い精度を示した。深層学習が注目を集めるきっかけとなったネットワーク。

※3 IDH(isocitrate dehydrogenase)
細胞内でブドウ糖からエネルギーを合成するのに関与する酵素。一部の神経膠腫において、この酵素を発現する遺伝子の変異が生じていることが近年発見された。他に血液腫瘍でもこの遺伝子の変異が同定されている。

※4 pTERT(テロメラーゼ逆転写酵素プロモーター:telomerase reverse transcriptase promoter)
染色体の末端を保護しているテロメアと呼ばれる繰り返し配列は細胞分裂に伴うDNA複製に伴い短縮し、テロメアの消失と共に細胞周期が停止される。その一方で、テロメラーゼ逆転写酵素はテロメアを伸長させることで染色体を保護する。テロメラーゼ逆転写酵素プロモーターはテロメラーゼ逆転写酵素の発現を制御する機構であるが、ある種のがんではこの制御機構に遺伝子変異が生じ、テロメラーゼ逆転写酵素が無秩序に発現する。これにより細胞分裂とともに本来短縮するはずのテロメアが維持され、細胞の不死化が生じると考えられている。

※5 ラジオミクス
MRIなど非侵襲的にえられた画像から脳腫瘍の質的な情報を抽出する技術。画像のエントロピーなど様々な画像特徴が情報抽出に有用であることが示されてきた。

※6 サポートベクトルマシン
機械学習の手法の1つ。ディープラーニングが注目されるまではパターン認識の手法としては最も良く用いられていた。現在でも有力な手法の1つである。

参考URL

大阪大学 高等共創研究院 柳澤研究室
https://www2.med.osaka-u.ac.jp/nsurg/yanagisawa/

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