ディープ・ラーニングによる神経疾患の自動診断

ディープ・ラーニングによる神経疾患の自動診断

脳の波形を新たな手法でビッグデータ解析し、診断精度が改善

2019-3-26生命科学・医学系

研究成果のポイント

脳磁図 ビッグデータDeep Neural Network (DNN) を適応し神経疾患を高精度に識別した。
・これまで脳波や脳磁図で神経疾患の判定を行う際は、人が波形の特徴を見出して診断していた。DNNを用いることで、有用な波形特徴をビッグデータから学習し、従来手法より高い精度で、神経疾患の判定ができることを示した。
・脳波や脳磁図の判定には高度な専門知識を持つ医師が時間をかけて大量のデータを判読する必要があった。この判読を自動で正確に行うことで、診断精度の向上や均てん化、医師の仕事の効率化が期待される。今後、さらに判定できる疾患を増やすことで、神経疾患の診断改善や、様々な疾患の早期発見、治療効果の判定などにも応用が期待される。

概要

大阪大学の青江丈学部生(医学部5年)、福間良平特任研究員(常勤)(大学院医学系研究科脳神経外科学)、柳澤琢史教授(高等共創研究院)および東京大学の原田達也教授(大学院情報理工学系研究科)らの研究グループは、脳磁図から神経疾患の自動診断を行うシステムMNet (図1) を開発し、脳磁図データから自動で複数の神経疾患の判定ができることを示しました。

これまで、脳波や脳磁図は神経疾患の診断に使われてきましたが、判読するには、高度な専門知識と大量のデータを読み取る時間が必要でした。

研究グループは、脳波や脳磁図の波形信号を読み解く新たな人工知能をDNN(Deep Neural Network,ディープニューラルネットワーク)を用いたディープラーニングにより開発しました。これを使って、てんかん脊髄損傷 などの患者さんと健康な方が安静にしている際の脳磁図のビッグデータを解析したところ、従来手法と比べて、高い精度で神経疾患を自動診断できることを示しました。今後、同様の方法を用いて、様々な神経疾患の診断や、重症度、予後の判定、治療効果の判定などにも応用が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、3月25日(月)19時(日本時間)に公開されました。

図1 神経疾患を自動判別する新規のDNNシステム(MNet)および3値判定結果
脳磁図データに左図ネットワークを適応することで神経疾患の自動診断を行った。てんかん、脊損、健常者の3値判定の結果は右図のようになった。

研究の背景

脳波や脳磁図は、てんかんなどの神経疾患の診断に不可欠な検査です。脳磁図は、神経活動に伴う微弱な磁気を計測することで、脳神経活動の詳細な時間、空間パターンを計測できる装置です。脳磁図では数百個のセンサーからミリセカンド単位の詳細な時系列信号が得られます。通常はこれを30分程度計測し、一人の患者さんを診断します。大阪大学では160個のセンサー信号を、専門家が逐一読んでいきます。例えば、てんかんでは通常の波より尖った波や繰り返す波などが異常として判読されます。さらに、その波形を詳細に解析することで、異常な波が生じた脳の部位を推定することもできます。これらの検査で得られる情報は、診療上重要ですが、判読と解析に時間と専門知識が必要な為、一部の専門施設でしか使えないのが現状です。また、人の目では見逃してしまう重要な波形の特徴が存在する可能性がありました。そのため、人の負担を軽減し、これまでにない波形の特徴を見つける研究が求められていました。

近年注目されるようになったディープラーニングの一つであるDNNは、様々な画像や動画、音声などの特徴をビッグデータから学習することで、これまでにない高い精度でそれらを識別できることが示されています。特に画像認識の分野では、人間のパフォーマンスを上回る性能を示し、商業利用されています。また、医療分野でもCTや眼底写真などの医療画像に対してDNNを適応することで、新しい診断技術が開発されています。実際、眼底写真から糖尿病性網膜症を診断するシステムや内視鏡画像から消化管病変を診断するシステムなどが医療応用されています。しかし、脳波などの時系列データでの適応例はまだあまり多くはありません。

そこで、栁澤教授らの研究グループは、大量の時系列データである脳磁図のビッグデータから特徴を学習し診断するDNNを開発しました。今回提案したシステムであるMNetは、EnvNetという環境音を判別する畳み込みニューラルネットワーク を元に作成しました。本研究では、MNetによる判別精度と、従来使われてきた方法による判別精度を比較することで、新たな特徴の学習について検討しました。

本研究の成果

柳澤教授らの研究グループは、DNNを用いた新たな神経疾患の自動判別機MNetを開発し、てんかんの患者140名、脊髄損傷の患者26名、健常者67名の脳磁図ビッグデータの判別を試みました。これにより、多数の信号からDNNが特徴を学習し、これまでの波形特徴を用いた場合よりも高い精度で神経疾患を識別できると考えました。解析の結果、3疾患の判定については7割を超える精度で判定でき、てんかんと健常者の判定については9割近くの精度で判定できることが示されました。これは、従来用いられてきた脳波特徴(相対パワー )を用いた一般的な機械学習法であるサポートベクターマシン で判定した場合より有意に高い精度でした。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

高齢化社会を迎えている我が国において、今後増々神経疾患の診断治療は重要になっていくと考えられています。本研究では、ディープラーニングを用いた新たな神経疾患判別機を提案し、判別機が神経疾患の有用な特徴を見出すことを示しました。こうした特徴を用いることで、様々な神経疾患の早期診断を行ったり、治療成績を判定したり、予後を推定したりできることが期待されます。

研究者のコメント(医学部5年青江丈)

機械学習界隈の研究は日進月歩で、新たな技術がどんどん出てきています。しかし、解析手法がどれだけ発達しようとも、元になっているデータの質が悪ければ、しっかりとした結果は出てきません。我々の今回の研究では、大阪大学てんかんセンターを中心に集めた脳磁図ビッグデータを用いてDNNの学習を行いました。今後もデータの質を保ちつつ、数や種類を増やし、実臨床での使用に耐えうるような結果を出せたらと考えています。

特記事項

本研究成果は、2019年3月25日(月)19時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】“Automatic diagnosis of neurological diseases using MEG signals with a deep neural network”
【著者名】 Jo Aoe , Ryohei Fukuma , Takufumi Yanagisawa , Tatsuya Harada , Masataka Tanaka 2 , Maki Kobayashi 2 , You Inoue 2 , Shota Yamamoto 2 , Yuichiro Ohnishi 2 & Haruhiko Kishima 2 (*同等貢献、※責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 高等共創研究院
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 脳神経外科学
3. 科学技術振興機構(JST) さきがけ
4. 東京大学 大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学
5. 理化学研究所

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」、テルモ生命科学芸術財団研究開発助成、科学技術振興機構(JST)「さきがけ」「CREST」「ERATO」、厚生労働省科学研究事業、日本学術振興会科学研究費助成事業の一環として行われました。

参考URL

大阪大学 高等共創研究院 栁澤研究室
https://www2.med.osaka-u.ac.jp/nsurg/yanagisawa/

用語説明

脳磁図

脳の神経細胞が発する微弱な磁気を計測することで高精度に脳活動を計測するイメージング技術。

ビッグデータ

機械の助け無しには処理できないほど巨大で複雑なデータ。医療で用いられるCTやMRI等の画像データや脳波・脳磁図等の時系列データ、ゲノムデータもビッグデータに含まれると考えられる。

Deep Neural Network (DNN)

機械学習の手法の1つで、ニューラルネットワークの中でも層が深いもの。特に画像認識の分野で、人間を超える性能を発揮したことで注目を集めた。ニューラルネットワーク自体は、人間の脳のネットワークを模したものとして作られた。

てんかん

脳の神経細胞に突然発生する激しい電気的な興奮により繰り返す発作を特徴とする神経疾患

脊髄損傷

脊髄に損傷を受けることで麻痺を生じる疾患。

畳み込みニューラルネットワーク

ニューラルネットワークの中でも、畳み込み演算を用いるもの。画像認識に使われることが多い。

相対パワー

パワースペクトルの相対値。パワースペクトルは、どの周波数成分がどの程度含まれているかを表した量であるが、考えている周波数帯でどの周波数帯がどの程度の割合含まれているかを表す量が相対パワーである。

サポートベクターマシン

機械学習の手法の1つ。ディープラーニングが注目されるまではパターン認識の手法としては最も良く用いられていた。現在でも有力な手法の1つである。