生命科学・医学系

2019年11月29日

研究成果のポイント

・心不全治療における再生医療技術の普及には、多くの医療機関で実施できる適切な細胞投与技術の開発が課題であった。
・細胞を心臓表面に簡便に投与する「細胞スプレー法」を開発。
・本年11月から、虚血性心筋症※1患者を対象に「ADR-002K※2」の医師主導治験(第I相試験)を開始。
・虚血性心筋症患者様の心機能改善に大きく貢献する。

概要

大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)の澤芳樹教授らの研究グループは、細胞を心臓表面に直接投与する「細胞スプレー法」を開発しました。本技術を保険が適用される一般的な治療として確立させるために、虚血性心筋症患者を対象に「ADR-002K」の医師主導治験(第I相試験)を、本年11月から阪大病院で開始しました。

これまで体性幹細胞※3を用いた心不全治療研究が複数実施されていましたが、再生医療技術の普及には、患者の状態に製品の状態が依存しない同種細胞※4を用いること、適切な細胞投与技術を開発すること、そして細胞加工施設(以下、CPC)を併設しない医療機関で実施可能にすることが課題でした。

今回、澤教授らの研究グループは、ロート製薬(株)と2016年に共同研究講座(先進幹細胞治療学共同研究講座)を設立し共同研究することによって、均質性と品質を担保した同種脂肪組織由来間葉系幹細胞を利用して、用時調製可能で簡便な投与技術の開発に成功しました。今後、本技術が日本中の医療機関に普及し、多くの虚血性心筋症患者様の治療に利用されることが期待されます。本技術については、米国科学誌「Transplantation」に、2018年12月に掲載されました。

研究の背景

平成29年(2017)人口動態統計(確定数)の概況によると、心疾患は悪性新生物についで第2位の日本人の死因となっています。なかでも重症心不全は、根治的治療法が確立されておらず、新たな治療法の確立が急務となっています。

これまで、重症心不全を治療するために、様々な体性幹細胞が経冠動脈的に、または心筋内腔・外膜から針で心臓に投与されてきましたが、有害事象の懸念や有効性に課題がありました。その課題を克服するために、筋芽細胞を用いた細胞シート法が開発されました。細胞シート法はすでに臨床において一定の効果をあげておりますが、作成にCPCを必要とするため、CPCを有しない医療機関への普及には課題があります。

澤教授らの研究グループでは、既存医薬品の生体組織接着剤を用いて、細胞を心臓表面に直接投与する新しい治療方法「細胞スプレー法」を開発しました。本技術は、同種細胞を用いることで低コストと用時調製を可能にし、さらにCPCを必要としないため、日本全国の医療機関に普及可能な再生医療技術であると考えています。

図1 細胞スプレー法の概要

「ADR-002K」の医師主導治験(第I相試験)の概要

【目的】冠動脈バイパス手術を施行する虚血性心筋症患者を対象としたADR-002Kの安全性及びガドリニウム遅延強調領域の変化量の確認及び実施可能性について検討を行う。
【対象疾患】虚血性心筋症
【目標症例数】6例(被験製品投与群:3例、対照製品投与群:3例)
【実施期間】令和元年11月1日~令和3年10月31日
【治験責任医師】澤芳樹(阪大病院 心臓血管外科)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

虚血性心筋症を伴う重症心不全は、極めて予後不良であると知られています。この「細胞スプレー法」が、一般的な治療法として確立すると、多くの虚血性心筋症患者様の心機能の回復及び予後の改善に大きく貢献することが期待されます。

研究者のコメント

患者様に新しい治療法をより早く提供することを目指して日々研究しています。再生医療は、細胞製剤の準備や投与に複数のステップがあり、非常に複雑と考えられていました。そこで今回、医療現場における投与手順の簡略化に取り組みました。医療従事者の負担を減らすことで手術時間の短縮でき、患者様の負担も減少すると考えているからです。この医師主導治験で、安全性や有効性に加えて、手順の適切性を確認します。

特記事項

今回治験を開始する治療技術については、2018年12月に米国科学誌「Transplantation」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Cell Spray Transplantation of Adipose-derived Mesenchymal Stem Cell Recovers Ischemic Cardiomyopathy in a Porcine Model”
著者名:Daisuke Mori, Shigeru Miyagawa, Shin Yajima, Shunsuke Saito, Satsuki Fukushima, Takayoshi Ueno, Koichi Toda, Kotoe Kawai, Hayato Kurata, Hiroyuki Nishida, Kayako Isohashi, Jun Hatazawa, and Yoshiki Sawa

用語説明

※1 虚血性心筋症
冠動脈狭窄病変により血流が悪化し、心機能が低下している心臓の筋肉の病気の総称。心不全の原因の1つ。

※2 ADR-002K
ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞製剤(ADR-002)を主構成体、生体組織接着剤等を副構成体とするコンビネーション製品。

※3 体性幹細胞
ヒトの身体の中に存在する幹細胞で、限定した分化能を保有する。例えば、造血幹細胞(各種血液細胞)、神経幹細胞(神経細胞やグリア細胞)、間葉系幹細胞(骨、軟骨、脂肪細胞)などが含まれる。

※4 同種細胞
自分の細胞以外のヒトの細胞。他家細胞と同義。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 外科学講座 心臓血管外科学
http://www2.med.osaka-u.ac.jp/surg1/

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