生命科学・医学系

2019年1月10日

研究成果のポイント

・セマフォリン7A※1が肺癌のEGFR阻害薬※2に対する治療抵抗性の一因であり、セマフォリン7Aの発現レベルによってEGFR阻害薬の治療反応を予測できることを明らかにした。
・セマフォリン7Aの発現レベルが高い治療抵抗性のある肺癌細胞は、EGFR阻害薬とMEK阻害薬を併用することによって、より長い治療効果を得られる可能性があることを示した。
・今後、肺癌の患者さんにおいてもセマフォリン7Aを治療標的とすることで、更なる予後延長やQOLの改善につながることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の甲原雄平大学院生、長友泉助教、熊ノ郷淳教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、肺がんにおけるEGFR阻害薬の治療抵抗性にセマフォリン7Aが関与していることを見出しました(図1)

肺癌のうち約5割を占める肺腺癌の患者の約半数は、EGFR遺伝子変異を有し、EGFR阻害薬という分子標的治療薬(イレッサ、タルセバ、ジオトリフ、タグリッソ)が非常に奏功します。しかし、平均1-2.5年でこれらの薬剤がだんだんと効きにくくなり(治療抵抗性が生じ)、患者さんの予後やQOLを著しく低下させます。これらの治療抵抗性が生じる原因としてすでに様々な原因が分かっていますが、治療薬に結びつく症例は限られます。従って、これらの治療抵抗性を克服し、患者さんの予後やQOLを高めることが重要です。

研究グループはまず、CRISPR/CAS9システムという遺伝子編集システムを用いてセマフォリン7Aが発現していない肺癌細胞株を作成し、セマフォリン7Aが発現している肺癌細胞株とともに実験を行いました。その結果、EGFR阻害薬に長期曝露すると、セマフォリン7Aを発現している肺癌細胞では、発現していない肺癌細胞と比較してEGFR阻害薬に対して治療抵抗性が生じやすいことを示しました。そのメカニズムとして、セマフォリン7Aがインテグリンβ1と結合することで、EGFRシグナルのバイパスシグナルが活性化されることを発見しました。実際の患者さんの癌細胞においても、セマフォリン7Aの発現が強い人はEGFR阻害薬の効果が乏しいことがわかり、セマフォリン7Aの発現レベルによってEGFR阻害薬の治療効果を予測できることが示されました。更には、セマフォリン7Aの発現が高い治療抵抗性のある肺癌細胞は、EGFR阻害薬とMEK阻害薬を併用することで、治療効果の上乗せが期待できる可能性を示しました。

本研究成果は、セマフォリン7Aがバイパス経路の活性化を通してEGFR阻害薬の治療抵抗性の一因となること、及びセマフォリン7AがEGFR阻害薬で治療している患者のさらなる治療標的として有用であることを示唆しました。今後、実際の患者さんにおいてもセマフォリン7Aシグナルを治療標的とすることで、肺癌患者の更なる予後延長やQOLの改善につながることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「JCI insight」に、12月20日(木)に公開されました。

図1 セマフォリン7AがEGFR阻害薬の治療抵抗性に関与している
セマフォリン7Aはインテグリンβ1と結合し、EGFRの下流シグナル(MAPK経路)を活性化させるバイパス経路として作用する。

研究の背景

肺腺癌は肺癌の一種であり、その患者数は日本人の肺癌全員の半数強を占めます。生存期間は患者さん毎に大きく異なりますが、EGFR遺伝子に変異が入っている場合、おおよそ2~3年です。EGFR遺伝子は、正常状態では細胞増殖の指示や、細胞死を抑制する役割を持っています。しかし、この遺伝子に変異が入るとEGFRタンパク質が活性化し、それに伴い異常な細胞増殖を引き起こし、癌につながります。

肺腺癌の患者の約半数はEGFR遺伝子変異を有しており、EGFRタンパク質の活性を阻害するEGFR阻害薬(イレッサ、タルセバ、ジオトリフ、タグリッソ)が奏功します。これらの薬剤は副作用も比較的軽度であり、高齢者でも使用が可能な薬とされています。これらの薬剤の使用によって治療効果は得られるのですが、次第にこれらの薬剤の効き目が悪くなり(およそ1-1.5年)、癌患者の予後やQOLを著しく低下させます。これらの治療抵抗性の原因としてすでにいくつかの原因が同定されていますが、最終的にはEGFR阻害薬が効かなくなり、QOLが低下し亡くなります。そのため、これらの治療抵抗性の原因を解明することで、新たな治療標的を発見し、治療成績を向上させることが重要と考えられます。

本研究の成果

本研究グループはまず、EGFRシグナルが活性化することで発現が上昇する遺伝子群にセマフォリン7Aがあることを見出しました。そして、大阪国際がんセンターと大阪大学医学部附属病院で採取した、一部の肺腺癌患者さんの癌細胞でセマフォリン7Aが発現していることを示しました。さらにはEGFRの下流シグナルの中で、mTORシグナルがセマフォリン7Aの発現を制御していることを発見しました。

次に、CRISPR/CAS9システムというゲノム編集技術を用いて、セマフォリン7Aを発現しない細胞を作り、一方でレトロウイルスを用いてセマフォリン7Aを強制発現させる細胞を作製しました。EGFR阻害薬投与前では、セマフォリン7AはEGFR阻害薬に対する治療反応性に関与していませんでした。しかし、EGFR阻害薬で長期間治療を行うと、セマフォリン7Aの発現強度が高い細胞は容易に治療抵抗性になり、セマフォリン7Aの発現強度が弱い細胞は治療抵抗性が生じにくいことを示しました。つまり、セマフォリン7Aの発現レベルによって治療抵抗性の生じやすさが予測できること、またセマフォリン7AはEGFR阻害薬依存的に治療抵抗性に関与することがわかりました。動物(マウス)実験でも同様の結果を得ることができました。

大阪国際がんセンターと大阪大学医学部附属病院で得られた肺癌患者の臨床検体においても、セマフォリン7Aの高発現群では低発現群に比べてEGFR阻害薬に対する治療反応性が不良であることを示しました。この治療抵抗性の原因として、セマフォリン7Aがインテグリンβ1と結合することで、EGFRの代表的下流シグナルであるMAPK経路が活性化される、すなわちバイパス経路として作用することを発見しました(図1)。さらには、セマフォリン7Aの発現強度が高い治療抵抗性のある細胞では、EGFR阻害薬とMEK阻害薬(MAPK経路の阻害薬)を併用することで、治療効果の上乗せが認められました。

以上よりEGFR遺伝子変異を有する肺癌では、セマフォリン7AがEGFR阻害薬の治療抵抗性の一因となっており、セマフォリン7Aが治療効果予測因子や治療標的となりうることを示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究によって、セマフォリン7AがEGFR遺伝子変異陽性肺癌患者の治療効果予測因子となり得ること、及びその治療抵抗性を獲得するメカニズムを明らかにしました。さらに、セマフォリン7Aを治療標的とすることで、EGFR遺伝子変異陽性肺癌患者の予後を延長出来る可能性があることを示しました。現在、セマフォリン7Aシグナルを阻害する薬剤はありませんが、今後はそのような薬剤(セマフォリン7A抗体など)の開発が望まれます。また、MEK阻害薬は利用可能であるため、こういった既存薬の活用が期待されます。本研究での細胞及び動物実験による検証を踏まえ、臨床試験による更なる検討に向けた研究の進展が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2018年12月20日(木)に米国科学誌「JCI insight」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】Semaphorin 7A promotes EGFR-TKI resistance in EGFR mutant lung adenocarcinoma cells

【著者名】Yuhei Kinehara1,2,3, Izumi Nagatomo2,*, Shohei Koyama1,2,3, Daisuke Ito1,2,3, Satoshi Nojima1.3,4, Ryota Kurebayashi2, Yoshimitsu Nakanishi1,2,3, Yasuhiko Suga1,2,3, Yu Nishijima-Futami1,2,3, Akio Osa2, Takeshi Nakatani1,2,3, Yasuhiro Kato1,2,3, Masayuki Nishide1,2,3, Yoshitomo Hayama1,2,3, Masayoshi Higashiguchi2, Osamu Morimura2, Kotaro Miyake2, Sujin Kang1,3,5, Toshiyuki Minami2,6, Haruhiko Hirata2, Kota Iwahori2, Takayuki Takimoto2, Hyota Takamatsu1,2,3, Yoshito Takeda2, Naoki Hosen1,2,7, Shigenori Hoshino8, Yasushi Shintani9, Meinoshin Okumura9, Toru Kumagai10, Kazumi Nishino10, Fumio Imamura10, Shin-ichi Nakatsuka11 , Takashi Kijima2,6 , Hiroshi Kida2 and Atsushi Kumanogoh1,2,3,*(*責任著者)

【所属】
1 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
2 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
3 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED-CREST)
4 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
5 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫機能制御学
6 兵庫医科大学 呼吸器内科
7 大阪大学 大学院医学系研究科 癌幹細胞制御学
8 彩都友紘会病院 内科
9 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器外科学
10 大阪国際がんセンター 呼吸器内科
11 大阪国際がんセンター 病理細胞診断科

用語説明

※1 セマフォリン7A
セマフォリン7Aは免疫細胞を始めとして様々な細胞上に発現している膜貫通型蛋白質である。インテグリンやプレキシンを受容体としていることがわかっている。特にマクロファージではインテグリンβファミリーを受容体として、MAPK経路を活性化することが知られている。

※2 EGFR阻害薬
肺腺癌のうち約半数はEGFR遺伝子変異陽性である。その患者に対して使用する分子標的治療薬であり、日本ではイレッサ、タルセバ、ジオトリフ、タグリッソが使用できる。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/

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