統合失調症に関連する遺伝子変異を22q11.2欠失領域のRTN4R遺伝子に世界で初めて同定

統合失調症に関連する遺伝子変異を22q11.2欠失領域のRTN4R遺伝子に世界で初めて同定

2017-8-22生命科学・医学系

研究成果のポイント

・統合失調症発症の最大のリスクである22q11.2欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子RTN4Rに存在する稀な一塩基変異が、統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました。
・この一塩基変異によってRTN4Rタンパク質の292番目のアミノ酸がアルギニンからヒスチジンに置換され、RTN4Rの機能、さらには神経発達に影響を与え得ることが計算機による立体構造モデルで予測され、細胞を用いた実験で確認されました。
・本研究により同定された一塩基変異は、統合失調症の神経発達障害仮説を支持し、統合失調症の病態を説明するうえで有望な変異であり、今後、治療薬や診断方法の開発に応用されることが期待されます。

概要

名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長・門松健治)精神医学講座の尾崎紀夫(おざき のりお)教授、Aleksic Branko(アレクシッチ ブランコ)准教授(責任著者)、木村大樹(きむら ひろき)助教(筆頭著者)らの研究グループは、大阪大学大学院医学系研究科/生命機能研究科の山下俊英(やました としひで)教授、同蛋白質研究所の中村春木(なかむら はるき)教授らの研究グループとの共同により、統合失調症発症の最大のリスクである22q11.2欠失領域に存在するReticulon 4 receptor(RTN4R)遺伝子内に、統合失調症病態に強い関連を示すアミノ酸配列変異(RTN4R-R292H)が存在することを、世界で初めて同定しました。

RTN4Rは22q11.2欠失内に存在し、さらに神経軸索伸張や神経細胞のスパイン形態に密接に関わるNogo受容体をコードしており、統合失調症発症への関与が示唆されておりましたが、実際に統合失調症患者内に存在する変異が如何に、統合失調症の発症に関与するのかは不明でした。

本研究では、約2000名の統合失調症患者のゲノム解析(理化学研究所、藤田保健衛生大学、岡山大学との共同研究)を通じて、RTN4R-R292H変異が統合失調症と統計学的に有意な関連を示すことを示しました。

本変異を有する患者間で共通する症状の特徴は見出されませんでしたが、計算機によるタンパク質の立体構造モデルにより、RTN4Rと結合して機能する分子であるLINGO1との相互作用部位にRTN4R−R292Hが存在し、RTN4R−R292HによりLINGO1との相互作用が変化することが予想されました。その後実施した細胞レベルのin vitro機能解析により、本変異はLINGO1との結合性の低下を起こすこと、また神経細胞の成長円錐の形成に影響を与えることが判明しました。本研究により同定された一塩基変異は、統合失調症の疾患モデルを説明する上で有望であり、同変異を有する細胞や動物モデルは、統合失調症の病態解明だけでなく、新規の治療薬や診断方法の開発に役立つことが期待されます。以上の研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「脳科学研究戦略推進プログラム(発達障害・統合失調症等の克服に関する研究)」「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」、新学術領域「包括型脳科学研究推進ネットワーク」「グリアアセンブリによる脳機能発現の制御と病態」の支援を受けて行われました。本成果は、英国オンライン科学雑誌「Translational Psychiatry」(2017年8月22日付の電子版)に掲載されました。

研究の背景

統合失調症は、陽性症状(幻覚や妄想など)、陰性症状(意欲低下、感情の平板化)、認知機能障害を主症状とし、社会機能の低下、高い自殺率を呈する疾患です。有病率が約1%と高く、本邦だけで、患者は80万人に達しますが、病因・病態の解明が進んでいないために、病因・病態に基づく治療法・診断法開発が進まないのが現状です。家系内に本疾患が集積していること、遺伝率が80%と高いことから、病態解明のためのゲノム解析が有望と考えられています。近年、世代シークエンサーにて実施されるシークエンス解析にて同定される頻度が稀な一塩基変異 (Single Nucleotide Variant: SNV)が、発症に大きな影響を有し、機能解析も有望であるとして、精神疾患の病態研究のために注目が集まっています (図1) 。

Reticulon R receptor(RTN4R)は、統合失調症の発症に強い関連が知られる22q11.2欠失症候群 を引き起こすゲノムコピー数変異 (Copy Number Variant :CNV)である染色体22q11.2領域内に存在している遺伝子であり、Nogo受容体をコードしています。Nogo受容体は、LINGO1などの他タンパク質と受容体複合体を形成し、ミエリンに存在するNogoの影響を受けて、神経細胞軸索の伸張に関与することが知られており、統合失調症の病態と関連していることが想定されていました。しかしこれまでRTN4R遺伝子内に存在する遺伝子変異と、統合失調症との関与は明らかにされていませんでした。そこで我々は、RTN4R遺伝子内に統合失調症発症に強い影響を与える変異が存在し得るとの仮説を立て、ゲノム解析に加えて、同定された変異の機能解析を通じて、検討することにしました。

図1 疾患の発症に関わる変異と発症に与える影響

本研究の成果

統合失調症患者約2000名と、健常対象者約4000名を対象に多施設共同でゲノム解析を実施した結果、RTN4R-R292H変異が統合失調症の発症率を4倍程度高めることが判明しました (図1) 。従来は、遺伝統計学的に関連が示唆された変異から如何なるメカニズムで統合失調症発症に至るのかの評価が困難でした。しかし今回、計算機によるタンパク質の立体構造モデルによって、RTN4Rの292番目のアミノ酸はLINGO1との相互作用位置に存在すること、また変異によりLINGO1との相互作用が形成されにくくなることが予想されました (図2) 。さらに予測にしたがって、細胞レベルのin vitro解析を実施した結果、RTN4R-R292H変異は、成長円錐 の退縮に影響を与え、神経の発達に関連する可能性があることが判明しました。以上の結果から、R292Hにより、RTN4R−LINGO1受容体複合体の形成異常を介して、成長円錐退縮や神経細胞軸索伸張を変化させて、神経発達に影響し、統合失調症の病態に関与する可能性が示唆され、病態解明にとって重要な知見と考えられます (図3) 。

図2 RTN4R-R292HによりLINGO1との相互作用が変化する(in silico 3D タンパク質立体構造解析)

図3 R292HのRTN4R機能に対する影響
R292Hにより、RTN4R-LINGO1受容体複合体の形成異常を介して、成長円錐退縮や軸索伸張を変化させて、統合失調症の病態に関与

今後の展開

RTN4R-R292H変異は、統合失調症の病態解明に有用であることが示唆され、変異を有するモデル動物の作製を通じて統合失調症に関連する行動評価をすること、さらには同変異を有する患者由来のiPS細胞を樹立し、変異による神経系発達への影響を評価することが期待されます。さらに、統合失調症の発症に最も強い関連を有することが知られる22q11.2欠失の発症メカニズムの解明において、RTN4Rを介した系を検討することが、有望と考えられます。

発表雑誌

Hiroki Kimura, Yuki Fujita, Takeshi Kawabata, Kanako Ishizuka, Chenyao Wang, Yoshimi Iwayama, YukoOkahisa, Itaru Kushima, Mako Morikawa, Yota Uno, Takashi Okada, Masashi Ikeda, Toshiya Inada, AleksicBranko, Daisuke Mori, Takeo Yoshikawa , Nakao Iwata, Haruki Nakamura, Toshihide Yamashita, NorioOzaki
"A novel rare variant R292H in RTN4R affects growth cone formation and possibly contributes toSchizophrenia susceptibility "
Translational Psychiatry(英国時間2017年8月22日付けの電子版に掲載)
DOI:10.1038/tp.2017.170

参考URL

大阪大学大学院 医学系研究科 分子神経科学
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/

用語説明

頻度が稀な一塩基変異

集団内の1%未満の頻度で観察される稀な一塩基変異が、精神疾患患者に集積しているという仮説に基づき、本研究では頻度が稀なゲノム変異に着目することにしています。

22q11.2欠失症候群

人間は23対の染色体を有するが、その内の22番目の染色体の長腕(q)の11.2という部分に欠失が存在した場合に、22q11.2欠失症候群とされます。この症候群では、心血管異常、特有の顔貌、胸腺低形成、口蓋裂、低カルシウム血症という身体疾患の合併に加えて、種々の精神疾患の発症率も高く、例えば統合失調症のオッズ比は50倍以上とされ、本疾患の最大のリスクと考えられています。

ゲノムコピー数変異

ゲノムコピー数変異(CNV):

染色体上の1kb以上に渡るゲノムDNAが通常は2コピーの所、1コピー以下(欠失)、3コピー以上(重複)となる変化。精神疾患に強い影響を及ぼすことがしられているが、内部には複数の遺伝子が含まれており、どの遺伝子機能変化が、疾患発症に影響を及ぼしているのかははっきりしていません。

成長円錐

神経細胞の軸索や樹状突起の先端に観察される扇状の構造物。神経突起のガイダンスにおいて主要な役割を果たすことが知られ、軸索先端の成長円錐はやがて、標的となる神経細胞の樹状突起に接近して形態変化を引き起こし、シナプスを形成することが知られています。