くも膜下出血後に発生する微小血管攣縮のメカニズムを解明

くも膜下出血後に発生する微小血管攣縮のメカニズムを解明

脳虚血を防ぐ新規治療法の開発に期待

2024-10-31生命科学・医学系
医学系研究科特任教授(常勤)糸数隆秀

研究成果のポイント

  • くも膜下出血後に発生する脳微小脳血管攣縮のメカニズムを解明。
  • 生体イメージングにより、脳微小血管の血管周囲腔で生じる病態を直接観察することが可能となった結果、血管周囲腔に好中球が多量に浸潤し、好中球細胞外トラップを放出することを発見。
  • 好中球細胞外トラップを除去するDNaseの投与によって、脳微小血管攣縮を抑制できることを見出し、新規薬剤の開発につながる成果を得た。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の糸数隆秀特任教授(常勤)(創薬神経科学・分子神経科学)、山下俊英教授(分子神経科学・創薬神経科学/生命機能研究科、免疫学フロンティア研究センター)、中川僚太さん(分子神経科学・脳神経外科学、博士課程大学院生)らの研究グループは、くも膜下出血後に生じる脳の微小血管の狭窄(脳微小血管攣縮)を好中球が制御するメカニズムを発見し、好中球から放出される好中球細胞外トラップを阻害する薬剤が治療効果を示すことを動物実験で示しました(図1)。

くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage: SAH)は脳卒中の中で最も致命率が高く、社会経済にも大きな負担を与える疾患です。これまで多くの研究が行われてきましたが、SAH後に脳の微小血管が攣縮(狭窄)を起こして血流が阻害されるメカニズムについては明らかにされていませんでした。

今回研究グループは、SAHモデルマウスの脳内での免疫細胞動態と脳微小血管へ与える影響を2光子顕微鏡を用いて生体内で検証しました。

その結果、脳微小血管の血管周囲腔で好中球が放出する好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps: NETs)を除去することで、脳微小血管攣縮が改善され得ることを示しました。

本研究成果により、SAH後に生じる血管周囲腔のNETsを阻害することで脳の虚血を予防できる可能性が示され、既存の治療薬とは異なるメカニズムによるSAHの治療薬開発の可能性が拓かれました。

本研究成果は、米国科学誌「Stroke」に、10月30日(水)19時(日本時間)に公開されました。

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図1. 概要

研究の背景

くも膜下出血(SAH)は主に脳動脈瘤の破裂によって生じ、脳卒中の中でも特に致命率が高い疾患です。近年、顕微鏡手術や血管内手術が進歩したことでSAHによる致命率は改善傾向にありますが、20-50%と依然として高く、社会復帰できる患者の割合も6-17 %と著しく低い状況です。加えて、日本人はSAHの発症率が高く、SAH後の脳損傷を軽減できるような治療薬を開発することは、我が国において殊更重要です。

SAH後の脳損傷を引き起こす原因として、遅発性に生じる脳虚血(delayed cerebral ischemia)が知られています。脳虚血とは、脳の血液が不足し、脳組織に十分な酸素、栄養が供給されない状態を指します。近年、この遅発性の脳虚血の原因の一つとして、SAH後に脳の微小血管に生じる狭窄(脳微小血管攣縮)が重要である可能性が指摘されています。しかし、これまで脳の微小血管や微小血管を取り囲む空間(血管周囲腔)の評価を行うことが困難であったため、脳微小血管攣縮についての研究はほとんどなく、発生メカニズムについては不明でした。

研究の内容

研究グループは、2光子顕微鏡を用いてSAHモデルマウスの生体イメージングを行うことで、脳の微小血管およびその周囲で生じる病態を詳細に観察できる実験手法を確立しました(図2)。

同手法により、SAH直後に脳微小血管の血管周囲腔に赤血球を含む血液が充満し、1日後には血管周囲腔に多量の好中球が浸潤し、好中球細胞外トラップ(NETs)を放出することを見出しました(図3)。引き続き観察を行うと、同部位の脳微小血管は5日後に狭窄を認めました(脳微小血管攣縮の発生)。好中球細胞外トラップは、本来は体内に侵入してきた細菌に対する殺菌作用を持ちますが、特定の病態下では自身の細胞への傷害性をもつことが知られています。そこで、NETsの阻害剤であるDNaseを髄腔内に投与することで、血管周囲腔のNETsを除去したところ、脳微小血管攣縮が抑制されることが分かりました(図4)。

以上の結果から、赤血球侵入を始まりとした血管周囲腔での一連の炎症過程が初めて明らかとなり、NETsが脳微小血管攣縮の発生メカニズムに関与していることが示唆されました。

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図2. SAHモデルマウスの生体イメージング

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図3. 血管周囲腔における好中球細胞外トラップの放出

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図4. DNase投与による脳微小血管攣縮の抑制

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、脳微小血管攣縮の発生に関与するメカニズムが明らかになり、血管周囲腔のNETsを阻害することで脳微小血管攣縮が抑制される可能性が示されました。また、今回確立された実験手法は、これまで観察することが困難であった血管周囲腔における病態観察を可能としており、これからのSAHの研究において強力なツールとなることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Stroke」に、10月30日(水)19時(日本時間)に公開されました。

論文タイトル: Perivascular Neutrophil Extracellular Traps Exacerbate Microvasospasm After Experimental Subarachnoid Hemorrhage
著者: Ryota Nakagawa, Takahide Itokazu†, Nao Shibuya, Haruhiko Kishima, Toshihide Yamashita† (†責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1161/STROKEAHA.124.047574

なお、本研究はJSPS科研費 21H05049および21K07459の助成を受けて行われました。

参考URL

糸数隆秀 特任教授(常勤) 研究室HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/neuro-medical/

山下俊英教授 研究室HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/index.html

用語説明

脳微小血管攣縮

くも膜下出血後の急性期~亜急性期にかけて生じる脳の微小血管の狭窄を指す。従来の画像検査では検出が難しく、開頭手術時に特殊な顕微鏡を用いることで確認できる。2003年に報告された。

血管周囲腔

脳血管の周囲のスペースであり、外側は脳に包まれている。近年では、アミロイド等の老廃物の排出経路としても注目されている。

好中球細胞外トラップ

好中球が特定の細胞死(ネトーシス)を起こす際に放出するDNAを主成分とした網目状の構造物。エラスターゼなどを含んでおり、本来は殺菌作用をもつが、病態下では正常細胞に対する傷害性があることが分かっている。

DNase

DNAを分解する酵素。広い研究分野で、好中球細胞外トラップの阻害剤として使用されている。ヒトでは嚢胞性線維症の治療薬としても使用されている。

2光子顕微鏡

レーザー走査型蛍光顕微鏡の一種、生体組織の深部を高解像度で観察することができる。