視神経炎の新たな動物モデルを確立

視神経炎の新たな動物モデルを確立

視力障害を緩和する新規治療法の探索に有用

2022-11-11生命科学・医学系
医学系研究科特任准教授(常勤)糸数隆秀

研究成果のポイント

  • 視神経脊髄炎でみられる重篤な視機能の低下を再現可能な新規動物モデルを確立した。
  • 免疫細胞の活性化の抑制により視神経障害と視力低下が緩和できることを示した。
  • 新規治療法の開発に向けた研究が加速することが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の糸数隆秀 特任准教授(常勤)(創薬神経科学・分子神経科学)、山下俊英 教授(分子神経科学・創薬神経科学/生命機能研究科、免疫学フロンティア研究センター兼務)らの研究グループは、重篤な視神経軸索の脱落と視機能障害を呈する視神経脊髄炎の動物モデルを開発しました。また、この動物モデルを用いてマクロファージの活性化を抑制する薬剤の投与が視神経障害と視機能の低下を緩和できることを明らかにしました。

視神経炎は種々の要因で発生しますが、特に中枢神経内のアストロサイトを標的とした自己抗体が原因となる視神経脊髄炎(neuromyelitis optica: NMO)に伴う視神経炎は、重度の視力障害を呈する頻度が高く、また既存の治療によって十分な回復が得られず後遺症を残すケースが多いことが問題になっています。視力低下の原因となる詳細な病態メカニズムを解明し新規治療薬の開発に繋げるためには、臨床病態および症状を良く反映した動物モデルを用いた解析が重要ですが、これまで実際の患者さんでみられるような高度の視力障害を呈する重症視神経炎の動物モデルが存在しないことが課題でした。

今回、研究グループは、高親和性抗AQP4モノクローナル抗体を用いることで高度の視神経炎と視力障害を呈する動物モデルの作成に成功しました。この動物モデルでは実際に患者さんでみられるような高度のアストロサイト障害と炎症細胞の浸潤が認められ、さらに視神経の障害を介した視機能の著しい低下が認められました(図)。さらに、特に多く浸潤がみられた免疫細胞(マクロファージ)の活性化を抑制する薬剤を投与したところ、視神経の脱落が緩和され、視力低下も抑制できることが示されました。

本研究において病態の解析と併せて治療候補薬の視力障害に対する薬効を直接的に検証できる動物モデルが確立されたことにより、新規治療法の開発に向けた研究が加速することが期待されます。

本研究成果は、科学誌「Journal of Neuroinflammation」に、10月27日(木)(日本時間)に公開されました。

20221111_4_1.png

研究の背景

視神経炎は、目から入った視覚情報を脳に届ける視神経が種々の要因により引き起こされる炎症によって障害されることで、急激な視力低下を引き起こす病気です。なかでも、中枢神経内のアストロサイトを標的とした自己抗体(抗アクアポリン4(AQP4)抗体)が原因とされる抗AQP4抗体陽性の視神経炎は症状が重く、治療抵抗性で失明に至ることもまれではないため、詳細な病態の解明と治療法の開発が特に重要です。しかし、既存の動物モデルで惹起される病態は軽微で症状も軽いことが多く、治療候補薬の視力障害に対する薬効を直接的に検証できる動物モデルの確立が課題となっていました。

研究の内容

今回、研究グループは、AQP4に対する親和性が高く、病態を惹起する力が強いと考えられる高親和性抗AQP4モノクローナル抗体をマウスの視神経に直接注入することで、視神経炎の病態を再現することを試みました。その結果、この動物モデルの視神経では実際に患者さんでみられるような高度のアストロサイトの脱落が広範囲に起こっていました。また、視神経を標識して観察したところ、病変部位を中心に視神経軸索が高度に障害されており、併せて髄鞘の脱落(脱髄)も起こっていることがわかりました。そこで、対光反射を指標に視機能を評価したところ、高度の機能障害を呈していることが確認されました。

そこで次に、この動物モデルが実際に候補薬剤の治療効果を評価するに足るモデルであるかを検証しました。本動物モデルの病変部においては患者さんでみられるのと同様に種々の炎症細胞が浸潤しており、特に病初期に多数のマクロファージの浸潤が認められました。そこで、マクロファージの活性化を抑制する薬剤(ミノサイクリン)を投与して一連の評価を行ったところ、視神経軸索の障害が緩和されていること、および視力低下が抑制できることがわかり、薬効の評価系として有用であることがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、重い後遺症を残すことの多い抗AQP4 http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/neuro-medical/ の病態を病理学的にも機能的にも評価可能な動物モデルが確立されました。今後、本モデルを用いることで、視機能の障害を緩和、もしくは回復させることができるような新たな治療法の確立に向けた研究が加速することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年10月27日(木)(日本時間)に科学誌「Journal of Neuroinflammation」に掲載されました。

論文タイトル: A novel aquaporin-4-associated optic neuritis rat model with severe pathological and functional manifestations
著者:Yuko Morita, Takahide Itokazu†, Toru Nakanishi, Shin-ichiro Hiraga, Toshihide Yamashita† (†責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1186/s12974-022-02623-7

なお、本研究は、 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(S)における研究開発課題「神経疾患における神経回路の修復機構の重層的解析」(研究代表者:山下俊英)の支援を受けて行われました。

参考URL

山下俊英 教授 研究室HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/index.html

糸数隆秀 特任准教授(常勤) 研究室HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/neuro-medical/

用語説明

アストロサイト

中枢神経に存在するグリア細胞の一つで、神経細胞の機能や代謝のサポートを担い、また血液脳関門の主要な構成要素となるなど、中枢神経系の恒常性の維持に重要な役割を果たしている。

高親和性抗AQP4モノクローナル抗体

AQP4は主にアストロサイトの足突起の膜上に発現するタンパク質で、細胞への水の取り込みに関与する水チャネルの一つ。抗AQP4抗体陽性視神経炎では、AQP4に結合する自己抗体が病原性をしめすと考えられており、本研究では実際のNMOにより近い動物モデルを開発するために作製された、AQP4に高い親和性をもつ抗体を用いた。

対光反射

網膜に入る光の量を調節する仕組み。通常は眼に入る光が急に増すと瞳孔が収縮(縮瞳)する。この反応は、網膜からの光の情報が視神経を通って脳幹部に進み、そこから瞳孔のサイズを調節する筋に信号を送ることによって成り立っているが、この経路に障害が起こると対光反射が減弱または消失することになる。