オーロラのようなゆらめきをする温度応答溶液を実現

オーロラのようなゆらめきをする温度応答溶液を実現

イオンと分子が高温で析出する新たな特異現象を発見

2017-4-18自然科学系

研究成果のポイント

・イオンと分子からなる有機・無機ハイブリッド材料で、高温になると析出する温度応答溶液を作製
・ある種の高分子ではよく知られた現象であるが、低分子材料では通常は見られない現象が発現
・温度に反応する発光スイッチングで、オーロラのようなゆらめきを実現
・温度センサーとしてだけでなく、次世代太陽電池の作製プロセスへの応用が期待される

概要

大阪大学大学院工学研究科の佐伯昭紀准教授、西久保綾佑大学院生(博士前期課程2年)らの研究グループは、有機・無機ハイブリッド材料といくつかの有機分子を含む溶液中で、低温で溶解し高温で析出する特異な現象を発見し、ビンの中でオーロラのようなゆらめき (図1) をする温度応答溶液を実現しました。

通常の分子やイオンは温度が高い液体にはよく溶け、温度が低い液体には溶けにくい性質があります。身近な一例が、アイスコーヒーに添える甘味料です。あらかじめ砂糖を水に溶かしたシロップを使うのは、温度が低いと砂糖が溶けにくいためで、角砂糖でもすぐに溶解するホットコーヒーと比較してみると、温度と溶解の関係がイメージできます。同じように、高温にしてたくさんの塩を溶かした水溶液は、冷蔵庫などで冷やすと塩が固体になって析出します。

一方で、ある種の高分子は、こうした日常とは逆の現象を示します。この現象は下部臨界完溶温度(LCST)現象 と呼ばれるもので、低温で溶解し、高温で二相に分離されて析出します。しかし、通常、透明な液体(溶解状態)から白く濁った分散液(析出状態)への変化でしかなく、低分子やイオンで見られるのはめずらしいことでした。

今回、イオンと分子からなる有機・無機ハイブリッド材料 のナノ粒子 に2種類の分子を加えることで、トルエン溶液中に下部臨界完溶温度現象が発現し、青色と緑色の発光スイッチングが起こることを発見しました。さらにその物性や構造を同定して発現機構を解明し、デモンストレーションとしてビンの中で「オーロラのようなゆらめき」を表現しました。有機・無機ハイブリッド材料は次世代太陽電池材料として非常に注目されている物質で、本研究成果は次世代太陽電池の作製プロセスへの応用も期待できます。

本研究成果は、平成29年4月13日(木)(現地時間)にドイツ科学誌(Wiley-VCH)「Advanced Materials」のオンライン速報版で公開されました。

図1 左から低温状態、高温状態、高温から低温へ下げる途中の発光(紫外線照射下)

研究の背景

砂糖や塩が水に溶けるときは極性の高い水分子(H 2 O)が分子やイオンを取り囲み、水和(溶媒和)して水中にバラバラになって溶解します。このバラバラな状態では、熱力学的エネルギーの指標であるエントロピー(乱雑さ) が大きく、温度が高まるとこの効果がさらに大きくなるため、高温ではより溶解しやすくなります。

一方、高分子は長い「ひも」のように単位構造が化学結合でつながっており、エントロピーの効果が分子やイオンに比べて小さくなります。そのため、ある種の高分子は低温では溶解(透明な水溶液)し、高温では水和よりも高分子同士で凝集した方がエネルギー的に安定し、牛乳のような白く濁った状態に変化します。この現象が下部臨界完溶温度(LCST)現象です。人の体温付近でLCSTを示す高分子のポリナイパ(PNIPA) は、ドラッグデリバリーやアクチュエーターへの応用研究が行われています。しかし、イオンや分子でLCST現象を示す例は少なく、低温と高温において、それぞれ単に透明な溶液から濁った状態になる変化だけで、特別な機能はありませんでした。

研究の内容

研究グループは、イオンと分子からなる有機・無機ハイブリッド材料に着目し、オレイン酸とメチルアミンという低分子を適量加えることで、30 ℃から80 ℃までの温度領域でLCST現象が発現し、さらに紫外線照射下において、低温で青色、高温で緑色の発光スイッチングが起こることを発見しました。

有機・無機ハイブリッド材料は、メチルアンモニウムカチオン、鉛カチオン、ハロゲンアニオンの3種類の有機・金属イオンから構成されています。このハイブリッド材料の薄膜は近年、ペロブスカイト太陽電池 と呼ばれる、「安価で」「高効率で」「軽量な」次世代太陽電池として実用化が期待されています。今回、ペロブスカイト太陽電池の薄膜作製プロセスの検討過程で、特異なLCST現象を発見しました。

この新奇な現象の発現メカニズムを解明するため、光学特性や構造の評価を行いました。その結果、低温の溶液状態では数ナノメートルの大きさの鉛カチオン・ハロゲンアニオンに、メチルアミンとオレイン酸が配位した1次元ワイヤーが青色発光体であることを示しました。また、温度上昇に伴って中間体が生成し、高温ではメチルアンモニウムカチオン・鉛カチオン・ハロゲンアニオンからなる3次元ペロブスカイトのナノ粒子が形成していることが分かりました (図2) 。

昇温速度を上げると、ナノ粒子の発光量子収率 を85 %まで向上でき、さらにハロゲンアニオンを臭素・塩素・ヨウ素に置き代えることで、波長の短い青色発光から波長の長い赤色発光までを自在に制御した温度応答溶液を創り出すことに成功しました。

オーロラのようなゆらめきの元になる温度応答発光溶液は、ハロゲンアニオンに臭素を用い、トルエン溶液の粘度を高めるためにポリスチレンを溶解させたものです。紫外線照射下で、溶液の温度上昇とともに熱伝導とイオン・分子の対流を可視化でき、温度が高くなった状態で下から冷やして、上部にのみオーロラのようなゆらぎを持つ緑色発光体を再現しました。この溶液は密閉したビンに保存している限り、何度でもスイッチングを示すことができます。

図2 低温での溶液状態(左)と高温でのペロブスカイトナノ粒子構造(右)。下には関与するイオン分子の模式図を示す。写真は室内照明下、あるいは青色(375 nm)レーザー照射時の溶液の様子。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は分子・イオンの物理化学分野において新奇な現象であり、基礎科学的に非常に興味深いものです。応用面では、分子の濃度とハロゲンの種類を変えることで、任意の温度で任意の発光色を制御できるため、温度センサーに利用できます。一方、ペロブスカイト太陽電池や量子ドット太陽電池といった次世代太陽電池では、高品質な膜を作製するプロセスの開発が重要です。本研究で明らかになった分子・イオン複合体形成や高温での粒子形成過程は、新たな成膜プロセスへの適用が可能で、この基礎研究から応用研究への展開が期待できます。

特記事項

本研究成果は、平成29年4月13日(木)(現地時間)にドイツ科学誌(Wiley-VCH)「Advanced Materials」のオンライン速報版で公開されました。

タイトル:“Thermoresponsive emission switching via lower critical solution temperature behavior of organic-inorganic perovskite nanoparticles”
著者名:Ryosuke Nishikubo, Norimitsu Tohnai, Ichiro Hisaki, and Akinori Saeki
DOI: 10.1002/adma.201700047

なお、本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の一環で、大阪大学 大学院工学研究科 藤内謙光准教授、久木一朗助教の協力を得て行われました。

研究者のコメント

今回発見したユニークな現象は、学生の西久保綾佑君がペロブスカイト太陽電池の基礎物性とプロセスを研究している際に、アンモニアガスとの吸着反応にヒントを得て発展させたものです。太陽電池そのものからは横道にそれた研究ですが、身近で小さな気づきから新たな物性の発現につなげ、それをまた次世代太陽電池の応用研究にフィードバックしていくつもりです。

参考URL

大阪大学大学院工学研究科・応用化学専攻 物性化学領域
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~saeki/cmpc/

用語説明

有機・無機ハイブリッド

一般に、炭素(C)水素(H)窒素(N)酸素(O)のように軽い元素から構成される生体やプラスチックは有機物と呼ばれ、金属やセラミックスなど、重い元素から成る材料は無機物と呼ばれる。両方の元素から構成される材料が有機・無機ハイブリッド材料であり、有機と無機の特徴を併せ持つ、もしくは異なる機能を示す。

下部臨界完溶温度(LCST)現象

Lower Critical Solution Temperature; LCST:

温度が低いときには溶解し、ある温度より高いときに二相に分離して溶けなくなる現象。

ナノ粒子

ナノは10 -9 のことで、1 ナノメートルは100万分の1 ミリメートル。このサイズの粒子は、バルク(大きな塊)の性質とは異なる特性を示す。例えば、金の塊は金色だが、金のナノ粒子はプラズモンに由来する赤色を示し、ステンドグラスの着色などに使われている。

エントロピー(乱雑さ)

乱雑さを示す指標で、熱力学や化学反応を定量化する上で重要な変数。例えば、よく似た性質の2種類の液体は、かき混ぜなくても時間がたてば自然に混ざるが、これはエントロピーが増大するためと理解できる。

ポリナイパ(PNIPA)

ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)と呼ばれる高分子。水素結合を有するアクリルアミドを側鎖に持つため、低温では水と相互作用して溶解するが、高温では高分子内・高分子間での水素結合が優勢になるため、凝集して白い微粒子や沈殿を生じる。体温の37 ℃付近で下部臨界完溶温度を示すため、薬剤の輸送カプセル(ドラッグデリバリー)や、温度変化に応答した伸縮運動(アクチュエーター)へ展開できる。

ペロブスカイト太陽電池

ペロブスカイトはロシアの研究者ペロブスキーが発見した鉱物の結晶構造に由来し、カチオン、金属イオン、アニオンの比率が1:1:3で構成されている。2012年にイギリス・韓国のグループから、完全固体型のペロブスカイト太陽電池(変換効率10 %)が報告され、現在は22 %の変換効率が報告されている。従来の無機系太陽電池に比べて材料や製造コストが安く、軽量で曲がるものも作れるため、次世代型太陽電池として注目されている。

発光量子収率

光は波と粒子の性質をあわせ持つ。物質が光を吸収して励起状態になるとき、通常1つの光子(光を粒子とみたときの最小単位)を吸収する。その後、発光として光子を放出する割合を発光量子収率と呼び、100 %が上限。