2014年4月30日

発表者

東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻准教授 三村秀和
大阪大学大学院工学研究科精密科学・応用物理学専攻教授 山内和人

発表のポイント

・4枚の超高精度ミラーを利用した世界オンリーワンのX線レーザー集光システムを開発
・従来に比べ集光強度を100倍以上向上させ、世界ではじめて1020W/cm2のX線ビームを実現
・未だ観察されていない新しい物理現象の発見や高分解能の顕微鏡の開発に貢献

発表概要

強力なX線レーザーを発生させるX線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free Electron Laser)施設SACLA(さくら※1)では、生きた細胞の内部構造(2014年1月プレスリリース※2)、特殊なX線非線形シグナル(2014年2月プレスリリース※3)など、これまで観察が不可能であったものが観察できるようになりました。こうした研究では、物質に照射されるX線レーザーの強度が鍵を握り、強ければ強いほど新たな情報が得られます。これまでSACLAでは、日本が得意とする超精密加工を駆使した超高精度ミラー※4によりマイクロビームを実現し、世界に先駆けて最も高い集光強度(6×1017W/cm2)を実現していました(2012年12月プレスリリース※5)が、その強度でもなお観察できていない物理現象もあり、X線を更に微小に集光することで強度を向上させる、複雑なシステムが必要でした。

一般に使われているカメラや顕微鏡には複数のレンズやミラーが組み込まれています。これは、光を拡大や縮小を繰り返すことで光のサイズや、観察領域の視野や分解能を向上できるからです。しかし、波長の短いX線レーザーでは、十分に高い精度のミラーを準備できてもそれを高精度に制御する必要があり、一般的なカメラのようにこれまで複数のミラーを用いた複雑なシステムは実現されていませんでした。

東京大学大学院工学系研究科の三村秀和准教授と大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授らは、公益財団法人高輝度光科学研究センター(以下「高輝度光科学研究センター」)、及び独立行政法人理化学研究所(以下「理化学研究所」)と共同で、SACLAにおいて、4枚の超高精度ミラーを駆使しXFELを約50ナノメートルまで集光し、世界で初めて集光強度1020W/cm2※6のX線レーザービームを確認しました。X線レーザーの高精度波面計測、高精度ミラー姿勢制御装置を導入することで、4枚の超高精度ミラーから構成された複雑なシステムを開発しました。そして、30ナノメートル(縦)×55ナノメートル(横)のサイズに集光し、1020W/cm2という、 従来に比べて大幅(100倍以上)に集光強度を向上させることに成功しました。

今回実現した1020W/cm2X線レーザーにより宇宙物理、高エネルギー物理や量子光学などの基礎物理分野において、未だ観察されていないさまざまな物理現象の発見が期待されます。また、本成果は医学、創薬の研究に欠かせない生体物質を対象とした原子分解能顕微鏡などの開発にも大きく貢献します。

本研究成果は、東京大学大学院工学系研究科三村秀和准教授、大阪大学大学院工学研究科松山智至助教、山内和人教授、高輝度光科学研究センター湯本博勝研究員、大橋治彦副主席研究員、登野健介副主幹研究員、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)XFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクターらの研究グループが共同で行ったものです。今回の研究成果は、科学雑誌「Nature Communications」http://www.nature.com/naturecommunications(2014年4月30日付:日本時間4月30日18時)にオンラインで発表されます。

発表内容

研究の背景と目的

2011年10月に世界最短波長のX線自由電子レーザーが実現したSACLAでは、基礎的な物理学、化学、生物学のみならず、創薬、医学、産業をリードする最先端の研究が行われています。光を物質に照射することにより発生する信号の大きさは、照射X線の強度に依存しているため、XFEL利用研究の多くにおいて、光の強度は最も重要なパラメータです。例えば、XFELの光を集めサンプルへの照射強度を大幅に向上させることで顕微鏡の分解能が大幅に向上し、動いているたんぱく質分子の原子構成を瞬時に観察できるようになります。また、XFELの光を集光してはじめて観察される非線形効果現象は、基礎物理分野において大変注目されており、SACLAの誕生により、この分野でも世界を大きくリードしつつあります。

XFELの光は波長が短く強力であるため、一般的な虫眼鏡のようなレンズでは集めることができず、極めて高い精度をもつ「集光鏡」が必要になります。そこで日本が誇るものづくり技術の出番です。研究グループは、日本がもつ最先端の超精密加工技術により、究極の原子レベルの精度をもつ大型の集光鏡を開発し、XFELの光を世界にさきがけて、1マイクロメートルに集光し超高強度ビーム(6×1017W/cm2)を実現することに成功しています(2012年12月プレスリリース※5)。この成果はすでに多くのXFEL利用研究に貢献していますが、一方でこの強度でもなお観察できていない物理現象もあり、X線を更に微小に集光し集光強度を向上させた、複雑なシステムが必要でした。

更にXFELの光を微小領域に集めるためには、複数の「集光鏡」を利用することが考えられます。カメラ、顕微鏡などには、複数枚のレンズや鏡が用いられています。これは、光や写った像を縮小したり拡大したりすることで、観察される像の大きさや分解能、光のサイズを自由に制御できるからです。

今回、実際に4枚の超精密に加工された集光鏡を作製し、XFELの光を約50ナノメートルにまで集光することを目指しました。これまでにくらべて100倍(2桁)以上の集光強度を向上させることを意味します。

研究内容と成果

本研究グループは、反射面が楕円形状の4枚の集光鏡を用いた光学系を設計しました(図1)。XFELの光をナノメートルのサイズに集光にするためには、理論的にXFELの光を一度広げる必要がありました。そこで、この光学系では、XFELの光を、前段の2枚の集光鏡を用いて一度大きく広げ、広がったXFELの光を約70m後段に配置された2枚の集光鏡で受け集光します。XFELの光をほぼ全て反射させるためには、集光鏡には原子レベルの精度が必要であり、日本が持つ超精密加工技術により4枚の鏡が作製されています。

XFELの光を理想的に集光するためには、高精度な姿勢の調整が必要になるため、SACLAでは、高精度ミラー姿勢制御装置を開発しました。また、鏡の姿勢が完全でないとXFELの光の波の形に影響を与えます。そこで、XFELの光の波面の様子を瞬時に測定可能なX線波面計測システムを開発しました。図2は、SACLAにおいて測定された波の形の様子で、4枚の集光鏡の姿勢と角度を調整した結果、十分に集光可能なレベルにまでXFELの波の形が整っていることを確認しました。

集光実験の結果、理論通りの集光サイズ(縦方向:30ナノメートル、横方向:55ナノメートル)(図3)を確認しました。図4は、その時の予測されたXFELの光の集光強度です。X線レーザーの集光強度は、従来の集光システムを用いた場合と比較し、100倍(2桁)以上向上したことになり、1020W/cm2を達成しました。この強度はX線領域の光において世界最高値になります。

今後の展開

それでは、今回実現した超強力なX線の集光ビームは何をもたらすのでしょうか?宇宙物理、高エネルギー物理や量子光学などの多くの物理分野において、理論的に予測されているものの、シグナルが弱いために未だ観察されていないさまざまな物理現象が多くあります。超強力なX線の集光ビームは、世界にさきがけて多くの新しい物理現象の観察を可能にすると期待されます。また、SACLAで研究が進められているたんぱく質など生命活動に重要な原子構造の観察や化学反応が起きる瞬間の超高速の原子の動きを観察するためには、照射X線の強度が必要になります。その観察される像の分解能(どこまで小さなものが見られるかの指標)や感度(どこまで少ないものを見られるかの指標)は集光強度で決定されます。照射X線の強度が大幅に向上したことは、その実現に大きく貢献するものです。

今後、本成果を応用することで10ナノメートル以下に集光することも視野に入ってきました。その結果、私たちが存在する空間において、基礎物理分野において古くから予言され、X線レーザーによりその実現が期待されている「極限状態」の創出※7が可能になります。

これらの成果は新薬の開発、疾病の原因解明などにつながることで、ライフイノベーションへ貢献し、また、日常生活を支える優れた触媒や燃料電池などの高機能材料の開発を通じてのグリーンイノベーションにもつながります。本研究で開発した集光ビームは未来科学を支えるさまざまな先端分野に大きく貢献していくものと期待されます。 ここで紹介した研究は、文部科学省の科学研究費補助金 基盤研究(S)(23226004)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)研究課題「コヒーレントX線による走査透過X線顕微鏡システムの構築と分析科学への応用」(研究代表者:山内和人)、文部科学省のX線自由電子レーザー利用推進研究課題、X線自由電子レーザー重点戦略課題、文部科学省のグローバルCOEプログラム、及び、理化学研究所のSACLA利用装置提案課題の助成を受けました。

発表雑誌

ジャーナル名: Nature Communications 題名:Generation of 1020W/cm2 Hard X-ray Laser Pulses with Two-Stage Reflective Focusing System
日本語訳:反射型光学素子を用いた2段集光システムによる1020W/cm2硬X線レーザーパルスの発生
著者:三村秀和、湯本博勝、松山智至、小山貴久、登野健介、犬伏雄一、富樫格、佐藤尭洋、金章雨、福井亮介、佐野泰久、矢橋牧名、大橋治彦、石川哲也、山内和人
オンライン掲載日:2014年4月30日

参考図

図1 4枚の鏡を利用した2段集光によるXFELナノビームの形成
SACLAに新規に導入されたX線レーザーの集光システム。直線的に進むX線レーザーを一度拡大し、集光することでX線レーザーをナノメートルサイズに集めることができる。

図2 測定された集光X線レーザーの波面(ある縦方向の断面プロファイル)
高い精度で4枚の鏡の位置、姿勢を制御することで、SACLAのX線レーザーの光を集光した時、波面がほぼ理想的であることが確認された。

図3 今回実現した集光X線ビームの強度の分布
X線レーザーで世界最強の集光ビームの強度分布を測定した結果、横方向55ナノメートル、縦方向30ナノメートルのサイズを達成した。

図4 集光X線レーザーの集光強度
SACLAのX線レーザーをナノサイズにまで集光することにより、 平均集光強度1020W/cm2を達成した。

用語解説

※1 X線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free Electron Laser)施設SACLA(さくら)

SACLAは SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserに由来する施設の愛称。2012年3月に供用を開始。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。X線自由電子レーザーとは、X線領域の波長をもつレーザーのことである。一般的なレーザーとは異なり、物質中から真空中に抜き出された電子(自由電子)を使用してレーザー光を発生させる。XFELの光の特徴は、次の①から④の全ての性質を同時に備えている点である。

①物質を構成する最小単位である原子とほぼ同じ、微小なサイズ(100億分の1メートル)の波長をもつこと(X線であること)
②光の波が完全にそろっていること(レーザーであること)
③非常に高い輝度をもつこと(大型放射光施設SPring-8よりも10億倍の明るさ)
④超短パルス光であること(カメラのフラッシュのように光の時間幅が短い(100兆分の1秒)こと)

※2 2014年1月プレスリリース
X線レーザーで生きた細胞をナノレベルで観察することに成功 ―生きた細胞を,ナノメートルの分解能で定量的に観察できる優れた手法を世界で初めて確立―
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2014/140107/

※3 2014年2月プレスリリース
X線の2光子吸収の観測に成功 ―数百ゼプト秒の間にほぼ同時に原子を2度打ち―
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2014/140217/

※4 超高精度ミラー
EEM(Elastic Emission Machining)法と呼ばれる超精密加工技術で作製されている。導入されているミラーの形状は設計形状から原子の大きさで20個ほどの誤差しかなく、ほぼ理論通りに損失なくX線レーザーを反射することができる。

※5 2012年12月プレスリリース
世界最強X線レーザービームが誕生 ―原子レベルの精度を持つ鏡により、1マイクロメートルの集光ビームを実現―
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2012/121217/

※6 集光強度(1020W/cm2
集光ビームのエネルギーの大きさを示す指標として、W/cm2(ワット 毎 平方センチメートル)の単位が用いられる。これは、「1平方センチメートル」あたりに通過するエネルギー量を「ワット」で表すものである。例を挙げると1020W/cm2は、一般家庭の100W電球の100京個分(1,000,000,000,000,000,000)のエネルギーを1センチメートルに集めたことに相当する極めて高いエネルギー密度の状態である。

※7 「極限状態」の創出
XFELの極めて明るい「光」、すなわち、「エネルギー」を利用することで、今までには実現できなかった超強力なエネルギーの状態を発生させることができる。これにより、未知の物理現象の発見や、基礎科学の開拓、通常は起こらない特異な物理現象(X線非線形光学)の理解につながる。例えば、宇宙空間における激しい反応状態を作り出すことや、物質・反物質が何もない空間から生まれる「真空崩壊」に迫ることができる。

参考URL

工学研究科研究室総覧(pdf)
http://www.eng.osaka-u.ac.jp/ja/department/pdf/11010305.pdf

大阪大学大学院工学研究科精密科学・応用物理学専攻超精密加工領域
http://www-up.prec.eng.osaka-u.ac.jp/

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