最先端の「光」。集光径 6nm の X 線レーザービームの精密計測に成功
極小 X 線集光ビームの形状を計測する新手法を確立
研究成果のポイント
・多層膜集光鏡 でX線自由電子レーザー を約6nmまで集光したことを、新手法で実証
・実現困難とされてきた極小X線自由電子レーザーの形状をワンショットで計測できる新技術を開発
・X線自由電子レーザーを用いた最先端X線分析の性能向上に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授、大学院生の井上陽登さん(博士後期課程2年)、松山智至助教、理化学研究所放射光科学研究センターの石川哲也センター長、矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターの大橋治彦主席研究員らの研究グループは、多層膜集光鏡を用いたX線自由電子レーザーのナノ集光実験において、6nmのX線ビームの形成を新手法で実証することに成功しました。
これまでX線自由電子レーザーを10nm以下まで集光することは、X線鏡作製の問題(過去のプレスリリース参照 )だけでなく、集光ビームの計測問題のために難しく、誰も実際の集光サイズを確認できていませんでした。今回、コヒーレントX線散乱により生じる干渉模様(スペックル) の形状を精密に解析することで、10nm以下まで集光されたX線ビームの形状計測に成功しました。これにより、X線自由電子レーザーの集光技術のさらなる向上が可能となります。また、集光径という基礎パラメータを正確に決定できたことで、データ解析の精度の向上が期待されます。
本研究成果は、英国の放射光科学専門誌「Journal of Synchrotron Radiation」に、2020年7月1日(水)18時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
X線自由電子レーザー(X-ray free electron laser: XFEL)はX線とレーザーの性質を併せ持った最先端の光です。それ自体が非常に強いX線パルスであるため、非線形現象 の観察やたんぱく質1分子の撮影などに利用されつつあります。より小さく絞ることで得られる超高密度X線ビームがあれば新しいサイエンスの開拓が可能となるため、世界各国でその実現に向けて競い合っています。日本のXFEL施設であるSACLA ではこれまで、日本の得意分野である精密な集光鏡作製技術 をベースに、理論上XFELを約6nmまで集光できる多層膜集光鏡を開発 してきました。X線を10nm以下に集光したことを実証するためには、集光されたX線の形状を計測しながら多層膜集光鏡を正確に配置する必要がありました。しかし、XFELは非常に強いX線ビームであるため、ナイフエッジ法 のような従来手法では、XFEL照射によってナイフエッジの破壊が生じうまく計測できませんでした。また、10nm以下という極小サイズのビームを計測するためには、様々なモノの振動やビーム位置の変動を1nm以下に抑える必要がありますが、これは非常に難しい技術です。このように従来法を踏襲する限りは、XFELナノビームの形状を正確に計測することは不可能でした。
研究の内容
そこで、本研究グループでは、コヒーレントX線散乱により生じる干渉模様(スペックル)の形状を計測・解析することで、X線ビームの形状を決定する手法を確立しました。無秩序に配置された金属ナノ微粒子にコヒーレントなX線を照射すると、その後方には散乱されたX線が観察されます。これをよく見ると干渉作用によって生じたスペックルという複雑な模様 (図1) が観察されます。スペックルの形は照射されたX線ビームのスポット形に依存するため (図1) 、スペックルの形状を解析することで集光されたX線ビームの形状を決定できます。また、X線集光鏡の配置に誤差があると、焦点近傍のスポット形状は特徴的に変化するため、スペックルの形状を計測することでこの配置誤差を推測し取り除くことが可能となります。従来法との大きな違いは、この手法はXFELのワンショット(およそ時間幅10 -14 秒)で実施できるため、振動やビーム位置の変動を無視して計測できることです。
本実験はSACLAのビームライン(BL)3にて実施されました。本研究グループはX線集光鏡の配置誤差とスペックル形状の変化の関係を、前もって計算機シミュレーションによって予測していました (図2) 。計算結果と実験結果は非常に良い一致を示したことから、集光鏡の配置(特に入射角)を10 度程度の精度で最適化することに成功しました。この方法でX線集光鏡を理想的な配置へと調整した後、スペックルを計測したところ、約6nm(半値幅)のX線スポットから形成されるスペックルと良い一致を示すことが確認できました (図3) 。この値は、以前報告 ※3 した多層膜X線集光鏡の集光性能予測と一致しており、作製した集光鏡の精度の高さを証明しています。
図1 スペックルを利用した集光ビーム診断法
図2 集光鏡の概要図(上段)、及び集光鏡の配置に誤差があった場合の集光X線の形状(中段、スケールバーは50nm)と、スペックル形状(下段、スケールバーは0.5nm -1 )の関係
図3 集光鏡の配置最適化前後で撮像されたスペックル(左画像、スケールバーは0.06nm -1 )、及び6nm集光時に得られるスペックル形状の計算値と実測されたスペックル形状の比較(右グラフ)。比較は全て垂直方向
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、XFELの持つ高ピーク強度という特徴を、より一層活かした実験が可能となります。特に、非集光のX線スポットより更に8~10桁ピーク強度が向上するため、X線領域における非線形光学現象の開拓が実現します。また、生命を構成する分子であるたんぱく質の真の構造を解明することにも貢献し、これによって疾病の原因究明や新薬の開発など、物理学だけでなく薬医学・生物学の発展につながるものと期待されます。また、本研究で確立されたX線ビーム診断技術を用いることで、XFELだけでなく放射光施設においても、高密度なX線集光ビームを利用することができるようになります。これを用いることで、X線分析やそれに関わる科学技術の発展が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2020年7月1日(水)18時(日本時間)に英国の放射光科学専門誌「Journal of Synchrotron Radiation」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"Generation of an X-ray nanobeam of a free-electron laser using reflective optics with speckle interferometry"
著者名:Takato Inoue, Satoshi Matsuyama, Jumpei Yamada, Nami Nakamura, Taito Osaka, Ichiro Inoue, Yuichi Inubushi, Kensuke Tono, Hirokatsu Yumoto, Takahisa Koyama, Haruhiko Ohashi, Makina Yabashi, Tetsuya Ishikawa, and Kazuto Yamauchi
本研究は、主に日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)(16H06358)とSACLA基盤開発プログラムの助成を受けて行われました。本研究では大学院生の井上陽登さん(博士後期課程2年)が中心的な役割を果たしました(日本学術振興会の特別研究員、SACLA大学院生研究支援プログラムの支援の下)。
研究者のコメント
大阪大学大学院工学研究科 博士後期課程2年 井上陽登
X線自由電子レーザーは世界に数台しかなく、世界中の人々が日本のSACLAまで実験をしに来るほど貴重な施設です。実験時間も限られているため、大きなプレッシャーや緊張感を抱える中、休む間も惜しんで準備、実験にあたりました。試料がXFELの強度に耐え切れずワンショットで使い物にならなくなったり、計測データに思わぬ物理が潜んでおりなかなか解析が進まなかったりしましたが、共同研究者の大きなサポートによって一歩ずつうまく行くようになりました。本手法の確立により、更にX線を小さく集光するシステムの開発が可能になり、更なる飛躍を目指して邁進して参ります。
参考URL
大学院工学研究科 物理学系専攻 精密工学コース 超精密加工領域 山内研究室HP
http://www-up.prec.eng.osaka-u.ac.jp
用語説明
- 多層膜集光鏡
全反射現象を使わないX線反射鏡では、非常に小さな反射率しか得られない。しかし、反射面が多層構造である場合、そのすべての層でX線を反射させられるため、小さな反射率を補うことができる。この結果、大きな斜入射角であっても高い反射率を実現できる。多層構造は軽元素と重元素を交互に成膜することで作られる。本研究では、X線を集光するために鏡の形は楕円筒形状をしており、これを直交直列に配置(Kirkpatrick-Baezミラーと呼ばれる)することでX線を1点に集光する。
- X線自由電子レーザー
(XFEL:X-rayFreeElectronLaser)/XFEL施設SACLA(さくら):SACLAはSPring-8 Angstrom Compact free electron LAserに由来する施設の愛称。2012年3月に供用を開始。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。X線自由電子レーザーとは、X線領域の波長をもつレーザーのことである。一般的なレーザーとは異なり、物質中から真空中に抜き出された電子(自由電子)を使用してレーザー光を発生させる。XFELの光の特徴は、次の①から④の全ての性質を同時に備えている点である。
- 多層膜集光鏡の開発
(多層膜鏡集光光学系の開発)/本研究グループがSACLAにて開発した多層膜Kirkpatrick-Baezミラー型の集光システム。波面収差の測定から6nmの集光が可能な集光鏡に成功した。しかし、実際の集光径を評価するには至っていなかった。過去のプレスリリース(2018年11月28日)を参照(SPring-8/SACLAウエブサイト)。
- コヒーレントX線散乱により生じる干渉模様(スペックル)
可干渉性の高いX線を試料に照射すると複雑な模様を持つ散乱光が生じる。この複雑な模様は干渉現象によって生じており、スペックルと呼ばれる。スペックルは試料と照明光に依存した模様を持つ。
- 非線形現象
光の非線形現象とは、入射した光の強度と得られるシグナルの強度が比例しない現象。X線領域では、X線強度が強くなるほど試料が透明になる現象(可飽和吸収)や、2つのフォトンが同時に吸収される現象(2光子吸収)、などが観察されている。
- 集光鏡作製技術
本研究グループ(大阪大学、理化学研究所、JASRI)で開発した超精密X線鏡作製技術。微粒子を使った局所研磨法(EEM)や特殊な干渉計(MSI、RADSI)、成膜技術などがある。表面粗さ0.1nmの平滑性を持ちながら、1nmの形状精度を持つX線鏡の作製が可能となった。
- ナイフエッジ法
(ナイフエッジスキャン法)/ビーム形状(光、電子、イオンなど)を計測するための手法の一つ。ビームの中にナイフの刃のような鋭い物体を徐々に挿入していきながらその下流側でビーム強度を測定する。ナイフの刃の位置に対するビーム強度を記録し、これを微分すると、ビーム形状を定量的に決定できる。しかし、通常は一次元のビーム形状しか測定できない点や、ビームやナイフの刃の位置が変動したりすると、正しく計測することはできない。