X線レーザーを10nm以下まで集光できる鏡を開発

X線レーザーを10nm以下まで集光できる鏡を開発

1nmレベルで精密な多層膜鏡作製技術を確立

2018-11-28工学系

研究成果のポイント

X線自由電子レーザーを10nm以下まで集光できる多層膜集光鏡 を開発
・これまでは作製精度の理由から実現困難とされてきたが、1nmレベルで精密な多層膜集光鏡を作製できる新技術を開発し、この問題を解決
・X線自由電子レーザーを用いた最先端X線分析の性能向上に期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授、松山智至助教、理化学研究所放射光科学研究センターの石川哲也センター長、矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターの大橋治彦主席研究員らの研究グループは、X線自由電子レーザーを10nm以下まで集光可能な多層膜集光鏡の開発に成功しました。

これまでX線自由電子レーザーを10nm以下まで集光できる鏡の開発は、その作製精度の問題で実現できていませんでした。今回、X線干渉計 と精密な形状修正法を組み合わせることで、1nmレベルで精密な多層膜集光鏡の作製に成功しました。これにより、X線自由電子レーザーが到達可能なパワー密度の更新と、それによる全く新しいX線分析の開拓が期待されます。また、医学・創薬に欠かせないたんぱく質などの立体構造を解明することにも貢献し、これによって疾病の原因究明や新薬の開発につながるものと期待されます。

本研究成果は、英国Nature Publishing Groupの「Scientific Reports」誌に、2018年11月28日(水)19時(日本時間)に公開されました。

図1 超精密な多層膜鏡によるXFEL集光

研究の背景

X線は身近な例では病院のレントゲン撮影・X線CTや空港の手荷物検査、また、工業的には建物や橋などの内部検査や試料の組成分析に用いられます。このような汎用的なX線をはるかに凌駕する性能のX線光源として、X線自由電子レーザー(X-ray free electron laser: XFEL)施設があります。XFELはX線とレーザーの性質を併せ持った最先端の光で、それ自体が非常に強いX線パルスを生み出すことができるため、そのような強いX線が必要不可欠な特別な実験(非線形現象 の観察やたんぱく質1分子の撮影など)に利用されています。しかし、より強くて小さく絞られたX線がほしいという要望は、様々なユーザーから挙がっていました。日本のXFEL施設であるSACLA ではこれまで、日本の得意分野である精密な集光鏡をベースとした、様々なX線集光システムが精力的に開発されてきましたが(1μm集光装置50nm集光装置 )、それらはX線の全反射現象 を用いたX線集光鏡であったため、すでに理論的な集光の限界に達していました。従来の手法を踏襲する限りは、これ以上小さくX線を集光させることは不可能でした。

本研究グループでは、多層膜集光鏡を用いることでこの限界を突破しました。ただし、単純に全反射鏡から多層膜鏡に変更するだけでは、その性能を十分に発揮できません。多層膜鏡は全反射鏡よりも高い精度で作製する必要があり、具体的には1nmを下回る途方もない精密さで鏡を仕上げなければなりません。このような超精密なX線鏡を作製するためには、精確にその形を測定する「目」と精確に修正できる「手」が必要となりますが、そのどちらも既存技術では1nm以下の精度を達成できませんでした。

研究の内容

そこで、本研究グループでは、X線干渉計によって鏡の形を測定し、差分成膜法にてその形を修正する手法を確立しました (図1) 。X線干渉計によって集光鏡が作り出すX線波面を計測することで、鏡の形を正確に決定することができます。通常の可視光干渉計に比べて波長の短いX線を用いるX線干渉計では、その精度を向上させることができます。本研究ではSACLAのビームライン(BL)3にて回折格子ベースのX線干渉計を構築し波面を計測しました。また、差分成膜法は成膜によって形状を修正する手法です。コンピュータ制御できるマグネトロンスパッタ成膜装置 を開発し、局所的に成膜量を微調整しながら鏡の上に白金を成膜しました。これによって原子レベルの精度で形状を修正することに成功しています。実際にX線鏡を作製するデモンストレーションを実施した結果を 図2 に示します。このように、1nm以下の精度で形状を修正することで、波面収差 の非常に少ない多層膜集光鏡の開発に成功しました。コンピュータシミュレーションによって作製した鏡の集光性能を予想したところ、約6nm(半値幅)までXFELを集光できることがわかりました (図3) 。現在のところ、この値はXFEL集光における世界記録です。

図2 X線干渉計の概略図と決定された波面収差(修正前後)

図3 シミュレーションによって予想された焦点面での強度分布(計算領域:500nm×500nm、X線エネルギー:9.1keV)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、XFELを用いた様々な実験の性能向上が期待されます。特に、非常に強いX線が必要なX線領域の非線形現象の研究に威力を発揮します。また、医学・創薬に欠かせないたんぱく質などの立体構造を解明することにも貢献し、これによって疾病の原因究明や新薬の開発につながるものと期待されます。本研究はXFEL集光のために実施したものですが、XFELに限らず放射光X線の集光にも有効です。日本を含む世界では、最新の放射光施設の建設が計画され、これを余すことなく利用するためにより高度なX線集光システムが求められています。本研究で確立されたX線鏡作製技術を用いることで、より高密度に集光されたX線ビームを利用することができ、X線分析の空間分解能と感度を飛躍的に向上させることが期待されます。

【研究者のコメント】大阪大学 大学院工学研究科 助教 松山 智至

X線自由電子レーザーを利用できる施設は世界にもほとんどなく、日本には西播磨のSPring-8サイトにあるSACLAだけです。マシンタイムは限られているため、徹夜で準備や実験にあたることもありました。研究が始まったころには再現性が出ず、なかなかうまく行きませんでしたが、学生や共同研究者の大きなサポートによって一歩ずつうまく行くようになりました。最近では,本プロジェクトの後継がSACLAの基盤開発プログラムに採用されました。さらなる飛躍を遂げるため研究を続けております。

特記事項

本研究成果は、2018年11月28日(水)19時(日本時間)に英国Nature Publishing Groupの「ScientificReports」誌(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Nanofocusing of X-ray free-electron laser using wavefront-corrected multilayer focusingmirrors”
著者名:Satoshi Matsuyama, Takato Inoue, Jumpei Yamada, Jangwoo Kim, Hirokatsu Yumoto, YuichiInubushi, Taito Osaka, Ichiro Inoue, Takahisa Koyama, Kensuke Tono, Haruhiko Ohashi, MakinaYabashi, Tetsuya Ishikawa, and Kazuto Yamauchi
DOI:10.1038/s41598-018-35611-0

なお、本研究は、主に文部科学省の科学研究費補助金 基盤研究(S)(23226004、16H06358)の支援を受けて行われました。

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻 山内研究室
http://www-up.prec.eng.osaka-u.ac.jp/matsuyama/

用語説明

X線自由電子レーザー

X線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free Electron Laser)/XFEL施設SACLA(さくら)

SACLAはSPring-8 Angstrom Compact free electron LAserに由来する施設の愛称。2012年3月に供用を開始。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。X線自由電子レーザーとは、X線領域の波長をもつレーザーのことである。一般的なレーザーとは異なり、物質中から真空中に抜き出された電子(自由電子)を使用してレーザー光を発生させる。XFELの光の特徴は、次の①から④の全ての性質を同時に備えている点である。 ①物質を構成する最小単位である原子とほぼ同じ、微小なサイズ(100億分の1メートル)の波長をもつこと(X線であること) ②光の波が完全にそろっていること(レーザーであること) ③非常に高い輝度をもつこと(大型放射光施設SPring-8よりも10億倍の明るさ) ④超短パルス光であること(カメラのフラッシュのように光の時間幅が短い(100兆分の1秒)こと)

多層膜集光鏡

全反射現象を使わないX線反射鏡では、非常に小さな反射率しか得られない。しかし、反射面が多層構造である場合、そのすべての層でX線を反射させられるため、小さな反射率を補うことができる。この結果、大きな斜入射角であっても高い反射率を実現できる。多層構造は軽元素と重元素を交互に成膜することで作られる。X線を集光するために鏡の形は楕円筒形状をしており、これを直交直列に配置(Kirkpatrick-Baezミラーと呼ばれる)することでX線を1点に集光する。

干渉計

光の干渉作用を利用して物の長さや形を精確に測定できる装置。

非線形現象

光の非線形現象とは、入射した光の強度と得られるシグナルの強度が比例しない現象。X線領域では、X線強度が強くなるほど試料が透明になる現象(可飽和吸収)や、2つのフォトンが同時に吸収される現象(2光子吸収)などが観察されている。

1μm集光装置

SACLAにて初めて開発されたKirkpatrick-Baezミラー型の集光装置。本グループが中心となって開発。過去のプレスリリースを参照(SPring-8/SACLAウエブサイト) http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2012/121217/

50nm集光装置

SACLAにて開発されたKirkpatrick-Baezミラー型の集光装置。本グループが中心となって開発。1020W/cm2の世界一の集光強度を達成した。過去のプレスリリースを参照(SPring-8/SACLAウエブサイト) http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2014/140428/

全反射現象

プールの中から水面を見ると鏡のように見える現象。X線領域では物質の屈折率は1以下であるため全反射現象を利用したX線全反射鏡が実現できる。全反射現象では高い反射率が期待できるため、全反射集光鏡は、屈折レンズや回折レンズよりも効率的にX線を集めることができる。

マグネトロンスパッタ成膜装置

マグネトロンスパッタリングとは、磁場によって補足された電子を使って密度の濃いプラズマを生成し、このプラズマで試料中の元素をたたき出す現象をいう。成膜したい金属などの板をスパッタリングすれば、そのたたき出された原子を使って成膜することができる。一般にマグネトロンスパッタ成膜は、高速かつ高安定な成膜が可能であり、また、成膜材料を自由に選択できる利点を持つ。

波面収差

水面に小さな水滴を落とすと、同心円の波紋が広がっていくが、この1つ1つの円形の模様が波面である。集光における波面収差とは、波面の中の球面からずれた成分をいう。波面が球面であれば、理想的には光は1点に集まるが、球面からずれていれば光は1点には集まらない。