X線ナノプローブスキャナーの発明

X線ナノプローブスキャナーの発明

試料は動かさずに、X線を精密にスキャンするナノ顕微法

2021-8-11工学系
工学研究科教授山内和人

概要

理化学研究所(理研)放射光科学研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループビームライン開発チームの山田純平基礎科学特別研究員(大阪大学大学院工学研究科招へい研究員)、ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、名古屋大学大学院工学研究科の松山智至准教授、大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授らの共同研究グループ※は、大型放射光施設「SPring-8」において、「走査型X線顕微鏡」用の新しい高精度スキャン技術「X線ナノプローブスキャナー」を開発しました。 

本研究成果は、近年、世界各所で建設・運用が進んでいるX線自由電子レーザー(XFEL)次世代放射光施設において、ナノ分解能のX線顕微観察やX線分光分析に役立つものと期待できます。

今回、共同研究グループは、X線プリズム反射型X線レンズを組み合わせ、試料を動かさずにX線を走査(スキャン)するX線ナノプローブスキャナーを世界で初めて開発しました。X線プリズムの高い偏向角制御性と反射型X線レンズの広い視野角を生かすことで、高精度なナノプローブスキャンを可能とする画期的な技術です。50 ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズに集光した細いナノプローブにより、走査型X線顕微鏡像の取得に成功し、従来手法の10~20倍の精度に相当する1nmレベル(原子数個分に相当)のスキャン精度が実現できることを示しました。

本研究は、科学雑誌『IUCrJ』(9月1日号)への掲載に先立ち、オンライン版(8月10日付:日本時間8月11日)に掲載されました。

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図1. X線ナノプローブスキャナー(上)と取得した X線顕微鏡像(下)の概略図

背景

「SPring-8」などの放射光施設では、非常に明るい放射光X線を利用して、高分解能で試料の構造や元素、組成を観察するX線顕微鏡の開発と活用が行われています。主要なX線顕微鏡の一つである「走査型X線顕微鏡」では、X線プローブと観察対象(試料)の相対的な位置関係を、高精度に走査(スキャン)する必要があります。これまで、X線を曲げることは難しいと考えられていたことから、X線ではなく試料をスキャンする装置が主に開発されてきました。

しかし近年、X線微小集光技術の開発競争が進んだことで、利用可能なX線プローブのサイズ、すなわち空間分解能が1~10ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)レベルへと劇的に縮小されました。これに伴い、走査型X線顕微鏡のスキャン装置に一層の精度向上が求められていますが、1 nm(原子数個分に相当)に迫るスキャン精度の実現は難しく、また大型化・複雑化が避けられなくなるために試料環境が制限され、走査型X線顕微鏡の汎用性や実用性が損なわれることが問題となっていました。

研究手法と成果

共同研究グループは、従来までのX線を曲げてスキャンすることが難しいという常識を打ち破り、X線プリズムと反射型X線レンズの組み合わせによる「X線ナノプローブスキャナー」を世界で初めて開発しました。この技術では、X線プリズムによりX線の進行方向を1,000分の1°レベルの超微小角度で偏向させ、その後、反射型X線レンズによりX線を50 nmまで細く集光し、試料に照射します(下図)。

X線は直進性が高くなかなか曲がらないため、X線プリズムでも微小な角度しか曲げることができませんが、その反面、わずかな曲げ角を高精度に制御できます。この特性を生かすことで、これまで制御が難しかった1 nm精度のスキャンが実現可能となります。集光に用いる反射型X線レンズは、共同研究グループが長い年月をかけて研究開発してきたもので、全反射現象を利用した4回反射型の超高精度ミラーです。長さ数十~数百mmのミラー形状が約1 nmの作製誤差で作り込まれています。非常に精密に作製されたミラー表面は、1 オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)の短い波長を持つX線をほぼ理想的に反射・集光させることができます。

実際に、このX線ナノプローブスキャナーを使って、SPring-8のBL29XUビームラインにおいて、試料を動かさずにX線プローブをスキャンし、50nm線幅を解像する走査型X線顕微鏡像の取得に成功しました(下図)。また、この手法によって、0.1~2 nmのスキャン精度が十分に実現可能であることを示しました。これは従来の10~20倍の精度です。

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図2. X線ナノプローブスキャナーの概略図
上の部分は、今回開発したX線ナノプローブスキャナーの概略を示す。水平方向と垂直方向に配置された2個のX線プリズムにより、X線の進行方向を1,000分の1°レベルの超微小角度で偏向させる。その後、水平方向と垂直方向に配置された2個の反射型X線レンズにより、X線を50 nmまで細く集光し、試料に照射する。右下の部分は、取得したX線顕微鏡像で、最小構造50nmを解像している。

今後の期待

今回、 X線ナノプローブスキャナーが世界で初めて実証された理由の一つに、X線光学技術、すなわち光学素子の精度やその取り扱い技術の向上が挙げられます。例えば、これまではミラーの開発と精度向上が研究の至上命題でしたが、技術の向上とともに、他のX線光学素子を組み合わせた新たな利用法が現実のものとなってきました。このX線ナノプローブスキャナーを火付け役として、今後X線光学技術の新展開が開拓されることが望まれます。

走査型X線顕微鏡は、次世代放射光施設における光源性能の向上の恩恵を大きく受ける技術の一つと考えられています。今後、X線ナノプローブスキャナーがX線顕微鏡観察やX線分光分析の高度化に寄与することで、医学・生物学や材料科学など幅広い科学分野の発展に貢献するものと期待できます。

特記事項

【論文情報】
<タイトル> Hard X-ray nanoprobe scanner
<著者名> Jumpei Yamada, Ichiro Inoue, Taito Osaka, Takato Inoue, Satoshi Matsuyama, Kazuto Yamauchi, and Makina Yabashi
<雑誌> IUCrJ
<DOI>10.1107/S2052252521007004

本研究は、理化学研究所基礎科学特別研究員制度、および日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業研究活動スタート支援「XFELナノメートル集光のための高精度X線波面計測技術の開発(研究代表者:山田純平)」による助成を受けて行われました。

用語説明

大型放射光施設「SPring-8」

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光とは、荷電粒子(例えば電子)が磁場の中で曲がる際に放射される光で、その強度が非常に強いことが特徴の一つである。例えばX線領域では、普通のX線発生装置の10億倍の強度のX線を発生させることが可能である。

走査型X線顕微鏡

細く集光したX線を試料に照射し、試料とX線の相対位置を走査しながらX線の吸収や発光(蛍光)を検出することで、試料内の構造や元素分布、化学状態といった情報を可視化できる顕微鏡装置。

X線自由電子レーザー(XFEL)

X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。日本ではSPring-8に隣接する「SACLA」がXFEL施設として稼働している。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。

次世代放射光施設

電子ビームの空間的な広がりを抑えることで、現在の放射光施設よりも、さらに高輝度な光を発生させることができる放射光施設。日本国内では、東北地方に建設中のSLiT-JやSPring-8のアップグレード計画であるSPring-8-Ⅱなどが挙げられる。

X線プリズム

X線領域で機能する屈折プリズム。X線における物質中の屈折率はほぼ1に近いため、極めて微小な角度の偏向が高精度に制御可能である。一般に、ガラス状炭素またはダイヤモンド(C)やケイ素(Si)といった材質を研磨して作られる。

反射型X線レンズ

X線の反射現象を使って集光や結像ができる光学素子。可視光での一般的な屈折レンズと異なり、反射現象を利用したレンズにすることで、X線を高効率に集光・結像できる。