「100兆分の1秒」のX線レーザー時間幅を実測

「100兆分の1秒」のX線レーザー時間幅を実測

極短X線レーザー時間波形の完全計測に向けて大きく前進

2022-3-25工学系
工学研究科教授山内和人

概要

理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン研究開発グループビームライン開発チームの大坂泰斗研究員、矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センター先端光源利用研究グループの登野健介グループリーダー、大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」において、XFELのパルス幅(発光時間幅)を直接計測することに初めて成功しました。

本研究成果は、X線レーザー時間波形の完全計測に向けた大きな一歩であり、時間波形の整形技術の開発や、アト秒(100京分の1秒)X線レーザーの実現に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、10フェムト秒(100兆分の1秒)よりも短いX線レーザーのパルス幅を、「強度自己相関計測」によって直接計測することに成功しました。その結果、完全性の高い結晶中でのブラッグ反射によって、パルスごとに変化するXFELの時間波形を安定的に整形できる可能性を示しました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Research』(3月18日付)に掲載されました。

20220325_4_0.png

図. X線強度自己相関計測の概要と結果

背景

20世紀後半に誕生したレーザーは、半世紀を経た今なお、科学技術に大きな変革をもたらし続けています。通常のレーザーが発振する波長の範囲は赤外線から近紫外光に限られてきましたが、近年になって米国のLCLSや日本の「SACLA」といったX線自由電子レーザー(XFEL)施設が完成しました。XFELは、波長がオングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)程度の電磁波であるX線の領域で初めて実現したレーザーです。

XFELの特徴の一つは、発光時間の幅(パルス幅)が数フェムト秒(fs、1fsは1,000兆分の1秒)と非常に短いことです。この短いパルス幅を生かして、化学反応過程の解明やX線による損傷のないタンパク質の結晶構造解析などの研究が行われています。計測結果を正しく、より深く理解するためには、XFELのパルス幅を正確に知ることが不可欠です。

XFELのパルス幅はこれまで、波長分布や光源である電子ビームの時間波形など、別の情報から間接的に評価されてきました。しかし、これらの技術では計測結果からは分からないさまざまな「仮定」が必要であり、その正しさに疑問の余地が残っていました。

一方、X線レーザーよりも50年以上長い歴史をもつ可視光レーザーでは、計測結果から直接的にパルス幅を導出できる「強度自己相関計測」がパルス幅計測技術として最も普及しています。この技術では、自己相関器によって複製したレーザーパルス光を媒質に照射し、非線形光学現象の信号を計測します。X線の領域では、非線形光学現象が起こる確率はかなり低く、観測するためには非常に強力なX線が必要です。

現在のところ、利用可能な全てのX線自己相関器では、X線分光器として働くシリコン単結晶が利用されています。そのため、X線自己相関器を通過できるX線の波長幅は、一般的なXFELの波長幅の数%以下(つまり、強度も数%以下)になってしまい、非線形光学現象を観測できるだけのX線強度を達成できないという問題がありました。

研究手法と成果

共同研究グループは、X線自己相関器を通過したX線の強度を上げるため、セルフシード方式によって、波長幅が狭く、明るいXFELを発生させました。その結果、波長1.38ÅのXFELに対して、1016W/cm2を超える強度を達成しました。この強度は、非線形光学現象の一つであるX線2光子吸収を観測するのに十分な強度です。

X線自己相関器によって複製したXFELを、到達時間差を少しずつ変えながらジルコニウム薄膜に照射し、X線2光子吸収の発生確率を計測しました(図1)。その結果、それぞれのXFELが時間的に重なっている、約20fsの間だけ発生確率が増大することを確認しました(図2)。計測結果から、XFELのパルス幅は7.6±0.8fs(正規分布の半値全幅)と求められ、過去の間接的な評価結果と矛盾しませんでした。このように、XFELの強度自己相関計測を達成し、パルス幅を直接計測することに世界で初めて成功しました。

本研究で計測したXFELの時間波形は、X線自己相関器に利用されているシリコン単結晶中でのブラッグ反射によって、元々の時間波形から変化している可能性がありました。そこで、ブラッグ反射によってどのような時間波形になるのかを数値シミュレーションによって計算しました。

計算に先立ち、自己相関器を通過する前のXFELの波長分布を測定したところ、セルフシード方式により増幅された波長成分は一つの山となっており、その幅は自己相関器を通過できる幅よりも2倍以上広いことが分かりました。

このような条件では、元々の時間波形にほとんど影響を受けず、自己相関器を通過するとほぼ同一の時間波形となることがシミュレーションにより予測されました(図3)。実際に、計算した時間波形での信号強度波形は計測結果と良く一致しました。この結果は、パルスごとに変化するXFELの時間波形を、ブラッグ反射を利用することで安定的に整形できる可能性を示しています。

20220325_4_1.png

図1. X線強度自己相関計測の概要
X線自己相関器により複製したX線レーザーパルスを、パルス光間の到達時間差を少しずつ変えながら、ジルコニウム薄膜に照射する。ジルコニウムの内殻電子の束縛エネルギーは1個のX線光子が持つエネルギーよりも高いため、1光子吸収では内殻電子を励起できない。しかし、2個のX線光子を同時に吸収すると、電子の束縛エネルギー以上のエネルギーを得て、内殻電子が励起される。その後、内殻の穴を埋めるように脱励起が生じ、その時に蛍光X線を放出する。この蛍光X線を検出することで、X線2光子吸収の発生確率を計測する。

20220325_4_2.png

図2. X線強度自己相関計測の結果
黒丸は、各時間差において計測されたX線2光子吸収の発生確率を示している(ベースラインを1として規格化している)。約20fsの間だけ発生確率が増大した。青三角は、あえて複製パルス光同士を空間的に離して計測した発生確率。ベースラインと同等の値となっていることが分かる。赤実線は、数値シミュレーションにより予測した時間波形(図3)に相当する信号強度波形であり、計測結果と良く一致している。

20220325_4_3.png

図3. X線自己相関器を通過したX線レーザー時間波形の計算結果
灰色細線はさまざまな位相分布を持った入射X線に対するそれぞれの計算結果であり、黒線は500パターンの計算結果の平均時間波形。入射X線の位相分布によらず、ほぼ同様の時間波形となってX線自己相関器を通って出てくることを示している。

今後の期待

本研究では、X線自己相関器によって整形されたXFELのパルス幅を計測しましたが、整形前のパルス幅の計測には至っていません。今後、XFELの時間波形を変化させない光学素子を利用したX線自己相関器を開発することで、原理的には1アト秒(100京分の1秒)以下のX線レーザーパルス幅を計測できます。

また、本研究で達成した強度自己相関計測は、可視光レーザーに対して実績のある、周波数分解光学ゲート法(Frequency-Resolved Optical Gating)へと展開できます。これにより、パルス幅だけでなく、位相も含めたX線レーザー時間波形を完全に計測できるため、時間波形を制御可能なアト秒X線レーザーの開発やその利用研究にとって重要なツールとなると期待できます。

特記事項

論文情報

<タイトル>Hard x-ray intensity autocorrelation using direct two-photon absorption
<著者名>Taito Osaka, Ichiro Inoue, Jumpei Yamada, Yuichi Inubushi, Shotaro Matsumura, Yasuhisa Sano, Kensuke Tono, Kazuto Yamauchi, Kenji Tamasaku, and Makina Yabashi
<雑誌>Physical Review Research
<DOI>10.1103/PhysRevResearch.4.L012035

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究「硬X線分割遅延光学系によるメゾスケールピコ秒ダイナミクス測定に関する研究(研究代表者:大坂泰斗)」による支援を受けて行われました。

用語説明

X線自由電子レーザー(XFEL)

X線領域におけるレーザーの一つ。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free-Electron Laserの略。

SACLA

理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、1オングストローム(100億分の1メートル)以下という世界最短波長のレーザー生成能力を持つ。

強度自己相関計測

超短パルスレーザーのパルス幅計測技術の一つであり、可視光レーザーに対しては最も一般的な手法。自己相関器を通して得た二つの複製パルス光を、各パルス光間の到達時間差を少しずつずらしながらターゲットとなる媒質に照射する。レーザー強度の積に比例する信号を出す媒質を利用することで、それぞれのパルス光が時間的に重なったときだけ強い信号が得られる。パルス光間の時間差に対する信号強度波形は、複製されたレーザーの時間波形を直接反映するため、計測結果のみからパルス幅を導出できる。

ブラッグ反射

周期的な構造によって生じる光の回折現象。ある二つの層に注目したとき、各層において散乱した光波が強め合うような波長、角度の光に対して強い反射が生じる。この現象が生じる条件を1912年にW.L.ブラッグが発表したため、著者の名を冠してブラッグ反射と呼ばれる。X線に対する周期構造としては、X線の波長と同程度の周期長を持つ結晶が一般的である。シリコンやダイヤモンドのような、完全性が高く吸収の小さな結晶を利用することで、100%に近い反射率が得られ、X線分光器として広く普及している。

自己相関器

一つのレーザーパルス光を二つのパルス光へと複製し、それぞれ異なる光路を通して再度空間的に重ね合わせる光学系。各光路間の距離の差を精密に制御することで、複製したパルス光間に到達時間差を生じさせる。

非線形光学現象

物質の光への応答が、光の波の振幅に比例しない光学現象のことをいう。このような現象は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測には高強度なレーザー光が必要とされる。

セルフシード方式

分光器によって取り出した波長幅の狭いX線を種としてレーザー増幅する技術。XFELの一般的な発振方式である自己増幅自然放射(Self-Amplified Spontaneous Emission;SASE)方式と比べ、10分の1以下の波長幅を持つXFELを発生できる。

X線2光子吸収

1個のX線光子を吸収するだけでは励起できない原子核に束縛された電子が、2個のX線光子を同時に吸収することで励起される非線形光学現象の一つ。実際には、仮想的な励起状態を介して連続的にX線光子を吸収すると考えられており、その寿命は0.1アト秒(1,000京分の1秒)程度となる。X線2光子吸収によって励起された原子が脱励起するときに放出する、元素固有の波長を持った蛍光X線を信号として観測することが一般的である。

周波数分解光学ゲート法(Frequency-Resolved Optical Gating)

超短パルスレーザーの時間波形を決定するための測定技術の一つ。この技術では、測定対象となるパルス光ともう一つのパルス光(ゲートパルス)との時間差相関信号を周波数分解して記録する。記録したデータは時間差と周波数の2変数に依存した二次元データ(スペクトログラム)となる。このスペクトログラムを再現するように反復アルゴリズムを用いて、超短パルスレーザーの複素振幅時間波形を求める。