アバターの責任誰が負う?法律で描く社会のかたち
社会技術共創研究センター 准教授 赤坂亮太
人工知能(AI)やロボットは人間にはない能力を発揮して私たちの仕事を助け、生活を便利にしてくれるかもしれない。遠隔操作ロボットは私たちのアバター(分身)として、深海や宇宙など過酷な環境下で働いてくれるかもしれない。ひょっとしたら忙しい私たちに代わりバカンスを楽しんでくれるかも。さまざまな制約から解き放たれた人々の前には無限の可能性が広がるのか。一方で、アバターが事故を起こせば、その責任は誰が負うのか。制御を越えて暴走したロボットによる損害はどのように補償するのか。こうした問いに今の法制度は必ずしも答えを用意していない。ロボットの社会進出が急速に現実化するなか、大阪大学社会技術共創研究センターの赤坂亮太准教授(ロボット法)は「起こり得る倫理的・法律的問題点を、今のうちに洗い出しておく必要がある」と訴えている。
情報技術から法学研究に
赤坂准教授は情報技術から法学研究に転じた変わりダネだ。
「子供のころガンダムやエヴァンゲリオンのアニメに夢中になりました。中学生になるとインターネットが爆発的に普及し、音楽やおもちゃの情報にアクセス。情報技術を勉強しようと慶應義塾大学の環境情報学部に進んだのですが、いろいろと学ぶうちに新しい情報技術が社会に受容されるには法律の整備が必要だと気付いたのです」
ロボットへの関心を強めたのは情報法を研究していた2012年、遠隔操作ロボットに出会ったことがきっかけだ。ロボットと同じ景色を見て、ものを触ったときの感触、熱い・冷たいなどの感覚も伝わってくる。この技術があれば体が不自由でも、自分の分身を操って社会参加できる。大きな可能性を感じながら、「いざトラブルが起きたとき、従来の法律で対処できない」とも思った。
「インターネットにはプロバイダー責任制限法というものがあります。プライバシー侵害や名誉棄損にあたる情報が流れたとき、一定の要件のもとで(サービスの仲介者である)プロバイダーの責任でその情報を削除できます。しかし、こうした規範はサイバー空間でのこと。リアルタイムで遠隔操縦しているロボットが、フィジカル空間で異常な行動をとった場合にどう対処するのか。システムの提供者が勝手に通信を遮断できるのか。今の法律は、遠隔操作ロボットの仲介者の責任については不明確な部分が多い」
ロボットの責任を問えるか
ロボットが人間に危害を与えたとき、どのような責任問題が生じるのか。責任を負うべきはロボットの製造者か、システムの提供者か、あるいは操縦した人間なのか。これについても明確な答えが与えられていない。
「これまでは法的責任を考えるとき、因果関係、すなわち原因となる事象があり、結果があって、その結果を回避する義務があったかどうか。そういうストーリーを描ければ、責任もあるとされていました。しかし、AIは行動が人間にも予見しにくいブラックボックス。製作者も予見できない行動に対し、設計や製造のミスを問えるでしょうか?」
不法行為責任を問おうとしても、その要件とされる<故意または過失>をどう証明するのか。数人の操縦者が何台かのロボットを同時に操縦し、錯綜する指示をロボットが臨機応変にさばきながら動作を統一するケースも想定される。操縦者だけが責任を負うのか、ロボットを提供する事業者と責任を分け合うのか。
「責任の主体になるのは自由意思を持つ人間だけ」「身体と人格は一対一で対応している」。法律が前提とする世界像を、ロボットが揺るがせているのだ。
被害者をどう救済するか
責任の所在が明確でなければ迅速な被害者救済はできない。ルールが定まらなければ事業者は製品開発に二の足を踏む。AIやロボット技術が社会に受容され、健全に育つには法的基盤の整備が不可欠だ。
こうした問題意識を背景に、欧米を中心にさまざまなアイデアが提案されている。一つはAIやロボットに<電子的人格>を与えようというものだ。誰が責任を負うべきかわからないという、「責任の空白」を埋める方便だといえる。
赤坂准教授は「ロボットも<人>みたいな存在と考えれば、何か問題を起こしたときに『とりあえずこいつに責任を負わせればよい』とシンプルなのが利点です。しかし、被害者救済の観点からは、結局は企業における役員のように持ち主などが賠償責任を追うことも考えられ、結局メリットはあまりないかもしれない。ロボットに損害賠償責任を負わせても事件や事故に対する抑止効果も期待できない。賠償すべき者を最初から特定しておくなど、ほかの手段でカバーする方がいいかもしれない」と考えている。交通事故の自賠責保険、原子力災害時の原子力損害賠償法なども参考になるという。
身体、脳、空間、時間の制約からの解放
2050年までに「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会」の実現を目指す政府のムーンショット目標。その主役が遠隔操作ロボットなどのアバターだ。赤坂准教授は、アバターが社会に浸透したとき、どのような倫理的・法的課題が生じるかの洗い出しを進めている。
その中で特に「三つの課題」に関心を持っているという。
一つは個人の感覚や、技能の情報をどう扱うか。
「アーティストや技能者が、ものに触れた指の感覚情報などをアバターと交換しながら作品を作る。その感覚や技能の情報は、今のところ法的に保護されません。しかし、この情報は知的財産や、ある意味でプライバシーの問題になる。それをどう保護するのか、あるいは保護する必要があるのか」
もう一つは紛争や事故処理、そして出入国管理などの問題だ。
「たとえば複数の国から複数の人たちが共同でアバターを操作している最中に事故が起きたとき、どの国の法律で誰が責任をもって対処するのか。また出入国管理は、旅券やビザを持った人がその国に上陸することを前提にしていますが、海外から日本のロボットにログインして働く場合はどうなるのか。一人の人間が、複数の国のロボットを動かす場合はどうか。テロリストや不法就労にアバターロボットが悪用される可能性もあります」
身体は特別なのか
そして三つ目は<身体性の問題>という、「人間とは何か」に直結する難問だ。
「ロボットは人間がとても感情移入しやすい存在です。危害を受けた人間が、『仕返ししよう』とロボットを壊そうとするかもしれません。一方で、人間そっくりのロボットが街中で殴られたり蹴られたりするのを見れば、私たちの心は痛みます」
そう話しながら赤坂准教授は「動物愛護法という法律がどういう目的でできたと思いますか?」と意外な問いかけを行った。
「この法律の一義的な目的は、実は動物を守ることそれ自体ではありません。動物の愛護を通じて、国民に生命尊重、友愛及び平和の情操を涵養する――という立て付けになっているのです。このような形のロボット保護法も、あり得るかもしれません」
他方で、サイボーグ技術や遠隔操作ロボットなど、新たな身体性を付与された人間は、それに対し身体に近いマインドを持つだろう。しかし、今のところそれはモノでしかなく、壊しても器物損壊でしかない。「ほとんど身体化したものを傷付けたのだから、より重い罰が必要だ」という考えも、「作り直せるモノと、一回性のある身体とは明確に差を設けるべきだ」という主張も、ともに理解できる。
赤坂准教授は「たとえば今日、私が事故で脚を失ったり、半身不随になればマインドが変わるでしょう。身体は人格の発露にとって重要な存在です。しかし、じゃあそれが機械で完全に代替できればどうか。自分の人格を発露する媒介となりさえすれば、それはモノでも身体でも差はないのかもしれない」と自問自答している。
一方で、「意識を持つロボットが誕生すれば、人間と同等の存在なのか」という問いに対しては、「意識の有無を法的な人格と結び付けてはならない」ときっぱり否定する。
「意識のない人に対しても、人権は保障されなければならない。意識の有無を問題にすれば、近代の人権の歴史を切り捨て、優生思想につながる危険があるからです」
社会を回すプレーヤー
しかし、ロボットが、ある種の<法的人格>を持つ時代が来ることも予想している。
「今の法律が会社を<法人>として自然人と似たような存在としているのは、人間社会にとってそのほうが効率がいいからなんです。バーチャルな<人>として法的責任を負わせる半面、可能な限り人権享有主体性を認める。例えばお金を持たせておけば、事故で誰かを傷付けても、すぐ賠償ができる。それによって世の中が効率的に回るのです」
つまり、<人>とは「社会というゲームを回すためのプレーヤー」ととらえる。そこでは無条件で権利が保障される自然人と、権利に制限がある法人とが協力しあって暮らしている。
では社会における主要なプレーヤーとしてロボットの重要度が高まったとき、どのような世界が開けるのか?
「政治参加させたほうがよいとなれば、ロボットに参政権を与える可能性だってあるかもしれません。もっとも、それがどういう未来かというと、ちょっと想像するのが難しいですけれど」
人間とロボットが、あるべき社会について語り合う。そんな未来が待っているかもしれない。
赤坂准教授にとって研究とは
社会と技術、そして個人のより良い繋げ方を考えること。 よく社会と技術という捉え方をされますが、個人がないがしろにされてはなりません。たとえば技能や感覚の情報を取られるのは人によっては結構気持ち悪い。ロボットのカメラがずっと家の中を見ているのも、プライバシーの面で問題です。個人が気持ち悪いと思うものはちゃんと拒否できて、守られている・信頼できるという状態が必要です。3者が「三方よし」という関係が大事だと思う。
●赤坂 亮太(あかさか りょうた)
2006年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2013年慶應義塾大学メディアデザイン研究科単位取得満期退学。2016年同研究科博士号取得。博士(メディアデザイン学)。
産業技術研究所特別研究員などを経て、2020年4月より現職。
■ 「ひととは何か?」に迫る研究者たちの物語「ひとの正体~奇才たちのスペシャリテ~」を引き続きお楽しみください。
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(2021年11月取材)