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ELSI研究の究極の目標とは、科学技術の進歩によるインパクトを予想し、未来に先駆けたルールを構築すること。

科学社会学/社会技術共創研究センター(ELSIセンター) 准教授 標葉隆馬

ELSI研究の究極の目標とは、科学技術の進歩によるインパクトを予想し、未来に先駆けたルールを構築すること。

「人の営み」としての技術革新を、科学と社会学、双方の視点で見つめて。

科学技術の進歩は、メリットと同時に、デメリットを生じさせることもあります。私が所属する「社会技術共創研究センター」は、技術革新に伴って生まれる「倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal, and Social Issues: ELSI)」をリサーチし、より良い社会のビジョン構築とそのための指針を打ち出すことを目的に設立された機関です。

元々私は、バイオテクノロジー領域の勉強をしていました。しかしある時、科学技術も「人の営み」であると気づき、社会的な現象として科学技術を研究することに強くフォーカスするように。生命科学の知識も活かした結果、「科学社会学」という分野に歩みを進めました。

現在主に行っている活動は、大きく3種類。ひとつは、先端生命科学分野の進歩に関連する倫理的・社会的課題や幅広い社会的インパクトを言語化・可視化し、未来に先駆けてルールメイクを行う活動です。2つめは、ルールづくりにおいて無視できない科学技術政策全般を見渡した調査・研究活動。そして3つめが、東日本大震災を体験した方々の語りに注目した仕事です。震災に関する活動は、一見、先端技術にまつわるルールメイクや科学技術政策の研究と、つながらないように見えるかもしれません。しかし、災害に対する人々の捉え方や記憶を残す営み、その背景にある社会的脆弱性などの視点は、気象制御などの先進研究が持つ社会的課題に対して多くの示唆を提示することがあります。そのため3つの領域が常に混ざり合い、還元し合う形で研究成果につながっていると言えるのです。

多様なステークホルダーとの対話が、ルールの精度を高めるカギとなる。

先端生命科学の進歩が起こしうる未来へのインパクトやデメリット、それを防ぐためのルールのかたちは、机の前に座っているだけでは見つかりません。もちろん文献研究は徹底的に行いますが、それと同様に大切なのが、さまざまなデータを自分でかき集め、外の世界に出て人と対話することです。研究者の描くビジョン、一般の方々が考えるリスク、世間が技術に抱くイメージをあらゆる角度から眺め、「未来洞察」を行っていくことで、より良いイノベーションのために取り組むべき課題が明らかとなります。

例えば再生医療の社会受容にとって重要と思われる要素について、一般の方々の意見を集めた時のこと。専門家が科学的なメカニズムや再生医療の必要性を強調する一方で、一般の方々からは「万が一の場合の対応や責任のあり方」、「費用はどのくらいになるのか?」、「長寿命化によって、年金がもらえなくなるのでは?」といった、経済や社会福祉政策的な視点の意見が出てきました。さまざまな意見が可視化されるほど、ルールの精度は上がりますし、多様な方々との対話は新しい発見に満ちています。根本的に人が好きで、この活動を楽しいと感じていることが、私の研究に対する原動力、と言えるかもしれません。

多くの人とのワークショップやディスカッションを通じて、見えてきた結果を研究開発現場に共有し、ブラッシュアップされた方針をまた対話という篩にかけていく……。その過程で得られる調査結果、対話の内容は、高い学術的・社会的意義を持っています。私はこれらの情報をすぐに社会へと共有するため、今の所属先に移籍してくる際に「ELSI NOTE」という学術コンテンツをスタートしてもらいました。私たちを必要とする人との接点を増やし、新たな分野の研究者とのコラボレーションを生み出すことを目標に、私のグループでは論文や書籍としてまとまる前段階の活動情報を配布したり、研究内容のサンプルを提示したりする媒体として、このコンテンツを活用しています。

技術進歩の可能性を、最大に。人や社会が受けとるリスクは、最小に。

私たちが多くの時間と労力を投じてルールをつくるのは、技術革新に伴う倫理的・法的・社会的課題に対応できる、より良い「科学技術ガバナンス」と「イノベーションのエコシステム」を実現するため。こういったガバナンスについては、「誰が先取権を取るのか」という競争が世界中で起こっている状態です。誰かが定めたルールに従う、という考え方もありますが、その戦略が良いかは疑問ですし、なにより楽しくないだろうと私は考えています。

加えて、ひとたび技術が世に出て、社会の中でイメージが築かれてしまうと、それを覆すことがとても難しいという事実も、私たちが研究対象領域の課題を先んじて捉えようとしている理由です。例えば「iPS細胞」について。この言葉を聞くと、ほとんどの方が「再生医療」をイメージするのではないでしょうか。本来、iPS細胞はその他の用途でも活用できるのに、です。メディアなどによってイメージが固定化され、そこに需要が集中すると、政策や資金投下先が定まり、方向性が異なる研究に予算がつきにくくなることも。つまり、社会は時にイメージの力で、自ら進歩の幅を狭めてしまう、とも言えるのです。

もうひとつ、私たちがELSIやガバナンスに注目する理由は、技術の進歩が人の選択肢を狭める可能性を秘めているからです。技術は「使うべき」という考え方が蔓延し、技術を「使わない」という選択肢を選べない状況や、先進技術の情報にアクセスできるか否かで、人によって受け取るメリットに格差が生まれるような状況をいかに防ぐかが重要な課題になります。新しい技術が生まれた時に、使うか/使わないかを含めた多くの選択肢が手元にあり、それを自由に選べることが人の幸せを生む。そのために、技術進歩の可能性を最大化しつつ、人や社会のリスクは最小限にしていくことが、私の最大の研究目標。多様なステークホルダーとつながり、対話を繰り返す研究は終わりのない作業ですが、これからも呼吸をするように研究を行っていきたいと思っています。

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標葉准教授が制作に関わった「ELSI NOTE」



- 2050未来考究 -

「ELSI」への眼差しを、 研究者自ら養い、検討し、乗り越える時代へ。

ELSIの検討に、自ら取り組みたいと相談してくれる研究者や産業界の方々は、近年顕著に増えています。7〜8年前にスタートした分子ロボットの研究開発に伴う課題検討チームとの協働は、現場の科学者グループとの緊密かつ頻繁なコミュニケーションに支えられ、倫理指針の作成や協働での論文発表もできるようになってきました。またELSIセンターは株式会社メルカリR4Dさんなどと共同プロジェクトを実施し、論文も発表しています。研究者・産業界の方々が、自らルールメイクや環境整備を行う姿勢が当たり前となり、2050年には、私たちのような存在がそもそも不要になりつつあればいいなと思います。


標葉准教授にとって研究とは

日常生活ですね。呼吸したり食事したり、ゲームするのと変わらないです。研究をしているという意識を強く持つみたいなことがあまりなく、自然とやっています。

●標葉 隆馬(しねは りゅうま)
大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター) 准教授
2006年京都大学農学部応用生命科学科卒業後、08同大学院修士・11年博士課程を修了。11年総合研究大学院大学助教、18年成城大学准教授などを経て20年から現職。日本学術会議連携会員・若手アカデミーメンバー。文部科学省科学技術・学術政策研究所客員研究官、国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット目標8アドバイザーなど、多彩な肩書きを持つ。

(2023年8月取材)