新手法「scSPOT」により制御性T細胞の機能を解明!

新手法「scSPOT」により制御性T細胞の機能を解明!

重度ウイルス感染症のバイオマーカーへの発展に期待

2025-2-25生命科学・医学系
感染症総合教育研究拠点教授WING JAMES BADGER

研究成果のポイント

  • 制御性T細胞(Treg)が、どのように様々な免疫細胞を同時に制御しているかを総合的に分析できる、制御性T細胞の単一細胞抑制プロファイリング(scSPOT)と呼ばれる新しい手法を開発した。
  • この研究により、制御性T細胞は主に、細胞分裂の停止やエフェクター分子の減少を含む複数のメカニズムを通じて、CD8 エフェクターメモリー(EM) T細胞に影響を与えることが明らかになった。
  • さらに、2種類のFDA承認薬(イピリムマブとタゼメトスタット)が、異なる種類の制御性T細胞に作用することで機能することが明らかになった。
  • 重度のウイルス感染症のバイオマーカーとなり得る制御性T細胞特異的パターンを特定した。

概要

大阪大学感染症総合教育研究拠点のJonas Søndergaard特任助教(常勤)、James Badger Wing教授らの研究グループは、マスサイトメトリー(CyTOF)を用いた新たな手法「ヒトTregの単一細胞抑制プロファイリング」(scSPOT)を開発し、免疫システムの重要な制御因子である制御性T細胞(Treg)の機能を研究しました。

この研究により、Tregが主に細胞分裂の停止やエフェクター分子の減少を含む複数のメカニズムを通じて、CD8 エフェクターメモリー(EM) T細胞と呼ばれる特定の免疫細胞を標的にしていることが明らかになりました。また、FDA承認の2種類の薬剤(イピリムマブとタゼメトスタット)が異なるタイプのTregsに作用することで機能することが明らかになりました。

今回の研究により、研究グループによる以前のCOVID-19研究を基に、重度のウイルス感染症のバイオマーカーとなり得るTreg特異的パターンが発見されました。この包括的なアプローチは、さまざまな疾患に対する新しい治療法の開発を加速させる可能性を秘めています。今後、この新しい手法が活用されることで、制御性T細胞が複雑な免疫環境の中でどのように機能しているのか、人体での現象に近い形で、より明確にわかるようになり、自己免疫疾患からがんに至るまで、より良い治療法の開発を促進することが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、2月3日(月)に公開されました。

研究の背景

制御性T細胞(Treg)は、免疫システムの安定を保つ重要な存在です。免疫細胞が自己組織を攻撃するのを防ぎ、感染症やがんに対する防御機能を維持させています。1995年に本研究の共著者でもある、大阪大学免疫学フロンティア研究センター 坂口志文特任教授(常勤)によってこのことが発見されて以来、自己免疫疾患、がん、臓器移植など、様々な疾患・病態におけるTregの重要な役割が多くの研究者により認識されてきました。

Tregが体内でどのように機能しているかを研究するにあたり、従来の研究方法では、一度に1つか2つの細胞タイプとの相互作用を観察することしかできませんでした。がん治療における免疫療法の発展に伴い、Tregの重要性は益々高まっていますが、薬剤がTregにどのような影響を与えるのか、またウイルス感染におけるTregの役割を理解することは、依然として困難な課題として残されています。

研究の内容

研究グループは、多くのパラメータを測定できるマスサイトメトリーの能力と、Treg 抑制アッセイのこれまでの経験を組み合わせることで開発された、免疫細胞上の52種類のマーカーを同時に観察可能なscSPOTを用いてTregの観察を行ったところ、Tregが複数のメカニズムを通じてCD8 エフェクターメモリー(EM) T細胞に最も強く影響することを発見しました。その結果、抗がん剤イピリムマブは主にTregそのものに作用する一方、タゼメトスタットはナイーブTregからエフェクターTregへの分化を阻害することがわかりました。さらに、重症のCOVID-19患者で以前に観察されたパターンを反映するものを含む、異なるTregサブタイプが同定され、重症ウイルス感染のバイオマーカーとなる可能性が示唆されました。

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図1. 主な研究結果 (a) エフェクター Treg (eTreg) がCD8-EM T細胞と形質細胞に最も強く影響する。 (b) eTregはCD27を維持しながら、CD8-EM T細胞の分裂を抑制し、GzmBを減少させ、CD8-EM T細胞を制御している。 (c) 分裂中のeTregはCD98、GLUT1、CTLA4発現を増加させ、抗CTLA4抗体がこのプロセスどう影響するかを示した。 (d) eTregの2つの明確なタイプが明らかにされた。一つはHLA-DRとCCR4を発現するタイプ、もう一つはCD38とCCR7を発現するタイプであり、このパターンは重度のウイルス感染症で見られる。 (e) 種々のタイプのTregのうち、抑制能としては、eTregが最も強力である。 (f) タゼメトスタットが、細胞分裂初期のナイーブTregのeTregへの分化を阻害することを示している。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

この新しいscSPOT法は、免疫制御を研究するための貴重なツールとして提供されることで、がんと自己免疫疾患の両方の治療法開発を加速させる可能性があります。重症ウイルス感染症のバイオマーカーが発見されたことで、医療従事者はリスクの高い患者を早期に特定できるようになり、アウトブレイクやパンデミックの際に、よりタイムリーな介入が可能になるかもしれません。さらに、既存の薬剤の作用機序に関する見識は、より効果的な治療戦略につながり、患者毎に治療の有効性を予測するのに有益と言えます。これらの進歩を合わせると、より個別化された医療が可能となり、様々の疾患における患者の結果の改善が期待できます。

特記事項

本研究成果は、2025年2月3日に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Single cell suppression profiling of human regulatory T cells.”
著者名:Jonas Nørskov Søndergaard *, Janyerkye Tulyeu, David Priest, Shimon Sakaguchi, James B. Wing *
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-024-55746-1

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

制御性T細胞(Treg)

免疫系の反応をコントロールするのに役立つ特殊な免疫細胞で、免疫システムが自己組織を攻撃するのを防ぐと同時に、感染症やがんと闘うのを可能にする。

scSPOT

Single cell suppression profiling of human Tregs

大阪大学の研究チームが開発した新しい方法で、 制御性T細胞がどのように複数の種類の免疫細胞と相互作用し、同時に抑制するかを分析する。

CD8 エフェクターメモリー(EM) T細胞

エフェクターメモリーCD8 T細胞は、感染症やがんと闘うのを助ける。この研究では、これらの細胞が制御性T細胞の影響を特に受けることを発見した。

FDA承認薬(イピリムマブとタゼメトスタット)

タゼメトスタット(抗EZH2)とイピリムマブ(抗CTLA4)は、制御性T細胞の機能をブロックするために使用される薬剤で、がん治療に頻繫に用いられる。 ここではその機能モードに関するさらなる情報を伝える。

バイオマーカー

ある生物学的状態(この場合は、重篤なウイルス感染の可能性を示す制御性T細胞の特定のパターン)を判断するために使用できる測定可能な指標。

マスサイトメトリー(CyTOF)

一度に多数の細胞パラメータを測定できる高度な単一細胞プロテオーム技術。