非対称な電流で特殊な金属を歪ませることに成功

非対称な電流で特殊な金属を歪ませることに成功

新しい振動発電や振動センサー材料の可能性

2024-10-28自然科学系
基礎工学研究科講師高橋英史

研究成果のポイント

  • トポロジカルなバンド構造をもつ導電性材料において、非対称な交流電流を流すことで結晶が歪む電気機械応答(フレキソエレクトリック効果)の観測に成功。
  • これまで、圧電効果やフレキソエレクトリック効果などの電気機械応答は、電気伝導性を示さない強誘電体などにおいて観測されており、導電性材料では伝導電子の遮蔽効果があるためこのような応答の観測は困難であると考えられていた。
  • フレキソエレクトリック効果を用いた、新しい振動センサーや環境振動を用いた発電に期待。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の高橋英史講師、大学院生の黒坂祐介さん(博士前期課程)、石渡晋太郎教授らの研究グループは、名古屋大学大学院理学研究科の中埜彰俊助教らと共同で、電気伝導性材料であるトポロジカル半金属においてはじめて、電気機械応答の一種であるフレキソエレクトリック効果の観測に成功しました。

電気エネルギーと力学的な振動の相互作用を指す「電気機械応答」には、圧電効果、フレキソエレクトリック効果などがあります。特定の物質に機械的な圧力を加えると正電荷と負電荷が発生する圧電効果は、一般的に空間反転対称性の破れた絶縁体において観測されます。また、これと似た現象であるフレキソエレクトリック効果は、空間反転対称性の有無によらず観測される現象として知られています。フレキソエレクトリック効果を利用すると、結晶の振動を電気的に制御したり、結晶を歪ませることで電圧を発生させることが可能になります。一方で、これらの電気機械応答は通常、絶縁体材料で報告されており、電気伝導性を持つ材料の場合には電子の遮蔽効果があるために観測は困難であると考えられていました。今回、研究グループは、結晶の上下に非対称に電極を付け、交流電流を加えることで結晶が振動する逆フレキソエレクトリック効果を観測しました(図1)。さらにこの効果は、結晶の反転対称性の有無によらずに観測されること、またトポロジカル半金属という特殊な材料において巨大化することを明らかにしました。本研究は、新しい振動発電や振動センサーとしての応用につながることが期待されます。

この成果は、英文誌Communications Materialsの 2024年10月号に、2024年10月25日(日本時間)掲載されました。

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図1. 逆フレキソエレクトリック効果の概念図。平板なトポロジカル材料の上下に非対称に電極をつけ交流電流を加えることで結晶に歪み振動が生じる。

研究の背景

空間反転対称性が無い結晶に外部から力を加えると電圧が発生したり(圧電効果)、逆に電圧を加えると伸縮する現象として“逆”圧電効果が知られています。この効果を用いることで、超音波素子、音響素子やアクチュエータなど多岐にわたる応用が可能となります。この圧電効果に似た電気機械応答の一つとして、結晶を曲げて電圧が発生する現象(フレキソエレクトリック効果)や、空間的に非対称な電場を加えることで歪が生じる現象として“逆”フレキソエレクトリック効果があります。この効果は結晶の空間反転対称性の有無によらず普遍的に観測されることが期待されますが、圧電効果に比べて応答が小さく、またこれまでの報告は主に電気伝導性の無い絶縁体材料に限られていました。もしこれらの現象を導電性材料で実現できれば、これまでにない微小振動発電素子やセンサーなど幅広い応用の可能性が期待されます。

研究の内容

研究グループは、電気伝導性を示す2次元層状化合物(Ti,V,Mo)Te2での電気機械応答の可能性を探るため、電流印可による歪応答の計測を行いました。具体的には板状結晶の上下に非対称に電極を取り付け、そこに交流電流を印可し、局所的な歪振動をレーザードップラー振動計で計測することで、逆フレキソエレクトリック効果の観測を試みました(図2左)。その結果、普通の半金属であるTiTe2では、印加した電流周波数に対して2倍の周波数で振動するジュール発熱の効果しか見られない一方で、トポロジカル半金属であるMoTe2やVTe2では、印可電流周波数と同じ周波数で振動する逆フレキソエレクトリック効果の観測に成功しました(図2右)。この振動現象は結晶の反転対称性の有無によらずに観測されることから、逆圧電効果ではなく逆フレキソエレクトリック効果であると考えられます。また、トポロジカル半金属において大きな応答が観測されることから、この応答の起源に特殊なバンド構造に由来したベリー位相が関与していると考えられます。

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図2. トポロジカル半金属でのフレキソエレクトリック効果の実験結果。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、電気伝導性材料であるトポロジカル半金属においてはじめて逆フレキソエレクトリック効果の観測に成功しました。大きな応答が実現した要因としてトポロジカルなバンド構造に由来したベリー位相の影響が考えられ、今後様々なトポロジカル材料での検証を進めることで、応答の巨大化に繋がる可能性が期待されます。さらに、振動を加えて電圧を生じさせる正フレキソエレクトリック効果を実現することで、微小振動発電素子のような新しいエレクトロニクス素子開発に向けた応用展開も期待されます。

特記事項

本研究成果は、英文誌Communications Materialsの 2024年10月号に、2024年10月25日(日本時間)掲載されました。

タイトル:“Observation of converse flexoelectric effect in topological semimetal”
著者名:Hidefumi Takahashi, Yusuke Kurosaka, Kenta Kimura, Akitoshi Nakano, Shintaro Ishiwata
DOI:https://doi.org/10.1038/s43246-024-00677-z

なお、本研究は、科学研究費助成事業(KAKEN)「極性金属における機能創成」、「非対称外場を用いたトポロジカル半金属での電気機械応答の開拓」、「準安定スピントロニクス材料の戦略的高圧合成」(JP21H01030、JP22H0034、JP24K00570)、「アシンメトリ量子物質の開拓」(JP23H04871)、JST創発的研究支援事業「トポロジカル量子材料におけるフレキソエレクトロニクスの確立」(JPMJFR236K)、村田学術振興財団、矢崎科学技術振興記念財団、旭硝子財団の一環として行われました。

用語説明

トポロジカル

物体の形状や空間の構造に対する変形の種類に関わる概念であり、たとえば、伸ばしたり縮めたりしても切れ目を作らないような変形(連続変形)であれば、形が変わっても同じものとみなす。物性物理における「トポロジカル」という概念は、物質の電子的性質がトポロジーに基づく安定性を持ち、通常の相転移や物質の性質とは異なる特殊な挙動を示すものを指し、具体的な材料にはトポロジカル絶縁体、トポロジカル半金属、トポロジカル超伝導体がある。

フレキソエレクトリック効果

結晶に曲げ変形を加えることで、電気分極を誘起させる現象である。圧電効果とは異なり、結晶の空間反転対称性の有無によらず発生する。逆に、結晶表面に非対称な電場(空間勾配を持つ電場)を印加することで機械的な変形を生じさせる逆フレキソエレクトリック効果がある。

圧電効果

空間反転対称性が無い結晶において、機械的な力(圧力)を加えると、結晶表面に電荷が発生する現象。逆に、結晶に電場を加えることで機械的に変形する逆圧電効果がある。

半金属

金属と半導体の中間の性質を示す物質群の総称。伝導バンドの下部と価電子バンドの上部がフェルミ準位をわずかにまたいだバンド構造を持つ物質。伝導バンドと価電子バンドが重なり、フェルミ面近傍に線形なバンド分散が実現した場合には、ディラック・ワイル半金属のようなトポロジカル半金属と呼ばれる。

空間反転対称性

結晶を構成する原子の空間座標 (x, y, z) を (-x, -y, -z) に移すような変換のことを空間反転と呼び、そのような変換を施しても原子配列が不変であるとき、その構造は空間反転対称性をもつ ことになる。