風変わりな電子集団のトポロジカル量子相を磁場でスイッチ
超省エネ・高速コンピューティングに向けた磁性半金属の発見
研究成果のポイント
- 新しい磁性半金属で、複数のトポロジカル量子相を磁場で選択的に生成することに成功しました。
- トポロジカル量子相の磁場応答性を高めるには、大きな磁気モーメントを系に付与する必要がありますが、トポロジカル相と磁性の関係が複雑であるために物質開拓は遅れていました。今回、ポストグラフェンとして期待される黒リン由来の層状リン格子に、最も大きな磁気モーメントをもつユーロピウムを挿入した新物質を高圧合成で得ることにより、この問題を克服しました。
- 超省エネ・高速で動作する電子デバイスや情報技術への応用が期待されます。
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の特別研究学生メイヨー アレックス浩氏(東京大学大学院工学系研究科 博士後期課程)、高橋英史助教、石渡晋太郎教授らの研究グループは、ユーロピウムとリンからなる磁性半金属において、複数のトポロジカル量子相の磁場による生成と制御に世界で初めて成功しました。
グラフェンに代表されるトポロジカル半金属と呼ばれる物質群は、質量のないニュートリノやモノポール(磁気単極子)とよく似た振る舞いを示す風変わりな電子集団を内包するため、非散逸輸送などの新奇な量子現象を示すことが期待されています。このような新奇現象を実現するには、風変わりな電子集団を内包するトポロジカル量子相を磁場などの外場で生成・制御できることが望ましいですが、トポロジカル量子相と磁性の関係は単純ではないため、その実現は困難でした。
今回、石渡教授らの研究グループは、新しい層状磁性半金属α-EuP3の単結晶を数万気圧の高圧下で育成することに成功し、ユーロピウムの大きな磁気モーメントの方向を磁場制御することによって、巨大異常ホール効果を示すノーダルライン半金属相と負磁気抵抗効果を示すワイル半金属相を選択的に生成することに成功しました。これにより、超省エネ・高速電子デバイスなどの将来の情報技術への応用につながる新たなトポロジカル物質の開発が加速するものと期待されます。本研究成果は、米国科学誌「Physical Review X」に、2月19日(土)午前0時 (日本時間)に公開されました。
図1. α-EuP3の結晶構造(左上)と単結晶(右上)。磁場によるトポロジカル量子相の選択的生成(下)。
研究の背景
金属中の電子は、通常互いに独立した自由粒子として振る舞い、構造欠陥や不純物によって散乱されやすくなっています。一方、最近注目を集めているトポロジカル半金属における電子は、集団として純粋で頑強な量子状態をとるために、不純物による散乱を受けにくいといった特殊な性質をもつ粒子として振る舞うことができます。固体中の電子は波として広がっており、電子の状態は運動量とエネルギーの次元をもつ構造(バンド構造)として記述できますが、トポロジカル半金属はこの構造内に通常の金属にはない特異な点あるいはリングを見いだすことができます(図1下部)。例えば、その代表例であるワイル半金属中の電子は、エネルギー・運動量空間のある点で正味の磁束を持つ質量ゼロの単極子として振る舞うことができます。また、ノーダルライン半金属相と呼ばれる物質群では、この振る舞いをエネルギー・運動量空間内でリング状の経路に沿ってさらに安定化させることが可能になります。このような非自明な量子秩序の外場制御は、実空間では存在し得ないエキゾチックな電子相へのアクセスを可能にするため、近年特に磁性を有するトポロジカル半金属の精力的な開拓が進められてきました。しかしながらトポロジカル量子相と磁性の関係は自明ではなく、このような外場制御が可能なトポロジカル半金属の開拓は遅れていました。
研究の内容
石渡教授らの研究グループは、リンとユーロピウムからなる磁性半導体において、外部磁場を印加する方向によってワイル半金属相とノーダルライン半金属相を作り分けることに世界で初めて成功しました。この系の特徴として、ポストグラフェン材料として盛んに研究されている黒リンに似た層状のリン骨格を基本構造とする点と、その層間に磁性元素として最も大きな磁気モーメントをもつ2価のユーロピウムイオンを内包し、この磁気モーメントと伝導電子が絶妙な相互作用をするという点にあります(図1左上)。そのため、外部磁場でこの磁気モーメントを制御することで、電子構造を大幅に制御することが可能となります。その結果、結晶のもつ鏡映対称面に垂直もしくは平行に磁場をかけることで、それぞれ巨大異常ホール効果を示すノーダルライン半金属相と負磁気抵抗効果を示すワイル半金属相を選択的に生成することに成功しました(図1下部)。また、Mohammad Saeed Bahramy氏(マンチェスター大)による理論計算から、これらのトポロジカル電子相の生成には、ユーロピウムの磁性とリン格子を流れる伝導電子の間に特徴的な相互作用があることや、結晶構造のもつ対称性の保存・非保存が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、新たなトポロジカル量子相の探索に適した磁性半導体・半金属の設計指針を与えるものであり、また将来の量子情報技術に用いられる電子デバイスに実装可能なトポロジカル相を生成・操作するための新しいアプローチを提供することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2022年2月19日(土)午前0時(日本時間)に米国科学誌「Physical Review X」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Magnetic generation and switching of topological quantum phases in a trivial semimetal”
著者名:A. H. Mayo, H. Takahashi, M. S. Bahramy, A. Nomoto, H. Sakai, and S. Ishiwata
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「超空間制御と革新的機能創成」(JPMJPR1412)、旭硝子財団「若手継続グラント」及び村田学術振興財団の一環として行われ、マンチェスター大学 Mohammad Saeed Bahramy講師、大阪大学 大学院理学研究科 酒井英明准教授、東京大学大学院工学系研究科(当時:修士)野本敦朗氏の協力を得て行われました。
DOI : 10.1103/PhysRevX.12.011033
参考URL
石渡晋太郎 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/d96f900e0ec5f440.html
SDGsの目標
用語説明
- 半金属
金属と半導体の中間の性質を示す物質群の総称。
- トポロジカル量子相
1つの穴をもつコーヒーカップとドーナッツのように、連続変形によって互いに結びつけられる関係にある構造群は、トポロジー的に同種の構造として分類され、穴の数のように連続変形によって変化しない数をトポロジカル不変量と呼ぶ。電子を記述する波動関数の位相にも幾何学的な構造が存在しており、この構造で定義されるトポロジカル不変量で特徴付けられる電子相をトポロジカル量子相と呼ぶ。
- トポロジカル半金属
通常の半金属とは異なるトポロジカル不変量をもつ半金属。
- 非散逸輸送
不純物散乱などによるエネルギーの散逸(損失)が何らかの要因によって回避された電子輸送。エネルギーの散逸なく電流を運ぶことができれば、送電網や電子機器におけるエネルギー・ロスを劇的に低減させることも期待できる。
- 異常ホール効果
電流に垂直に磁場をかけることで、電流と磁場の両方に垂直な方向へ起電力が現れる現象をホール効果と呼ぶ。磁場ではなく、磁化などの試料に内在する性質によって電流に垂直な方向へ起電力が生じることがあり、これを異常ホール効果と呼ぶ。
- ノーダルライン半金属
トポロジカル半金属の一種。エネルギー・運動量空間で電子状態を表したものをバンド構造と呼び、図1左下に示したようなリング状のバンド構造をもつ半金属を指す。
- ワイル半金属
トポロジカル半金属の一種。図1右下に示したような、1対の点で交差するバンド構造をもつ半金属。この1対の点はワイル点と呼ばれ、それぞれエネルギー・運動量空間におけるモノポールと反モノポールに対応する。