\量子コンピュータ素子等への展開も期待できる新材料の発見/ 強誘電的構造相転移と奇妙な超伝導転移を有する トポロジカル半金属

\量子コンピュータ素子等への展開も期待できる新材料の発見/ 強誘電的構造相転移と奇妙な超伝導転移を有する トポロジカル半金属

2024-1-5自然科学系
基礎工学研究科講師高橋英史

研究成果のポイント

  • トポロジカルなバンド構造をもち、さらに強誘電相転移に似た極性-非極性構造相転移を示す極めて珍しい超伝導材料の合成に成功しました。
  • 極性歪みがもたらす空間反転対称性の破れは、従来型の超伝導電子対(クーパー対)の生成を疎外します。さらにトポロジカルなバンド構造をもつ場合には、表面超伝導のような、従来の超伝導とは異なる特異な性質を持つ可能性があります。
  • 空間反転対称性が破れた導電体では、トポロジカル超伝導のような特殊な量子状態が実現する可能性が提案されており、量子コンピュータ素子や革新的スピントロニクス材料への展開が期待されます。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の高橋英史講師、大学院生の佐々木友博さん(博士前期課程)、石渡晋太郎教授らの研究グループは、名古屋大学大学院理学研究科の中埜彰俊助教、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の秋葉和人助教、小林達生教授らと共同でストロンチウムと金とビスマスからなるトポロジカル半金属において、強誘電相転移に似た極性構造―非極性構造相転移と超伝導の両方が実現することを世界に先駆けて発見しました。

超伝導体は、医療機器として知られる磁気共鳴イメージング(MRI)や超伝導リニアなどの最先端の産業技術を支える材料の一つです。新しい超伝導体の開発は、このような産業応用だけでなく基礎研究の観点からも重要であり、標準理論であるBCS理論を超える特殊な超伝導状態の探索も進められています。例えば、典型的な超伝導は、空間反転対称性を破る極性構造相転移とは相性が悪いと考えられていましたが、近年それらの性質が活かされた新しいタイプの超伝導状態を示す材料が見つかりつつあります。

最近、研究グループは、極性-非極性相転移を持つSrAuBiという化合物が超伝導を示すことを発見し(図1)、極低温の物性測定や理論計算により、特殊な超伝導状態が実現している可能性を見いだしました。このSrAuBiは、ビスマスや金といった重元素からなる極性構造を有しており、さらに、トポロジカルなバンド構造に由来した表面状態の存在から、標準理論では説明のつかない超伝導が実現している可能性があります。本研究は、量子コンピュータのための超伝導素子などの革新的電子デバイスへの応用につながることが期待されます。この成果は、英文誌npj Quantum Materialsの 2023年12月号に12月20日に掲載されました。

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図1. SrAuBiの(a)結晶構造と(b)電気抵抗率での超伝導転移 。極性構造ではBiの強いスピン軌道相互作用に由来したラシュバ型のスピン分裂したバンド構造が実現する。

研究の背景

BCS理論で記述される従来型のs波超伝導においては、フォノンを媒介として超伝導電子対(クーパーペア)が形成されており(図1中央)、この電子対は空間反転対称性を持ちます。このため、これらの対称性を破る極性は、一般にs波超伝導と相容れない関係にあります。一方で、空間反転対称性が破れた物質で実現する超伝導は非従来型となることが期待されます。特に空間反転対称性が破れた系では、シングレットとトリプレットが混成した超伝導電子対の存在が提案されています。また近年では、バンド構造に非自明な幾何学的性質を有するトポロジカル物質において、その特異な表面状態に起因した表面超伝導の可能性も指摘され、トポロジカル物質における超伝導探索が精力的に行われています。このような超伝導体では、超伝導電気磁気効果やトポロジカル物性のような新奇量子輸送現象の舞台として興味が持たれています。

研究の内容

研究グループは、ストロンチウム(Sr)と金(Au)とビスマス(Bi)からなる半金属SrAuBiの単結晶合成に成功し、214Kでの極性―非極性構造相転移と2.4Kでの超伝導転移を観測しました。SrAuBiは、Sr2+からなる三角格子層とAu-Biからなるハニカム格子が積層した構造をもっており、214K以下でハニカム格子層が歪むことで、空間反転対称性が破れた極性構造となります (図1)。そのため、SrAuBiは極性構造を有しながらも超伝導を示す非常に珍しい系だと言えます。この物質の超伝導特性を詳細に調べるべく、外部磁場を面内と面間方向に印加した場合での超伝導転移温度の変化を、0.2K付近の極低温まで測定しました。その結果、面間磁場において従来型超伝導体で期待されるパウリ極限を超える5Tの超伝導臨界磁場が実現することを明らかにしました(図2)。さらに第一原理計算から、Biのp軌道由来の強いスピン軌道相互作用と極性構造を反映し、フェルミ準位近傍のバンド構造においてラシュバ型のスピン分裂(図1)が実現し、複数のディラック点が存在することを明らかにしました。さらに、臨界電流の結晶厚み依存性が、バルク超伝導の振る舞いを逸脱しており、表面超伝導の存在が示唆されました。そのため、パウリ極限を超える臨界磁場は、トポロジカル表面状態での超伝導の可能性や、強いスピン軌道相互作用に起因したラシュバ型のバンド構造を反映したものである可能性があり、SrAuBiは新しい非従来型超伝導を示す系であることが期待されます。

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図2. SrAuBiの面間磁場(a)と面内磁場(b)での電気抵抗率での超伝導転移と面間磁場(c)と面内磁場(d)での超伝導臨界磁場

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、極性構造相転移が生じるトポロジカル半金属SrAuBiの、超伝導とその特異性を初めて明らかにしました。この系における超伝導は、大きなスピン軌道相互作用を持つビスマスや金の電子状態に起因しており、新しい磁場応答を示す超伝導スピントロニクスとしての可能性を秘めています。さらに極性構造に由来したトポロジカル超伝導の実現と量子コンピュータ素子としての可能性が期待されます。

特記事項

本研究成果は、英文誌npj Quantum Materialsの 2023年12月号に12月20日に掲載されました。

タイトル:“Superconductivity in a ferroelectric-like topological semimetal SrAuBi”
著者名:Hidefumi Takahashi, Tomohiro Sasaki, Akitoshi Nakano, Kazuto Akiba, Masayuki Takahashi, Alex H. Mayo, Masaho Onose, Tatsuo C. Kobayashi, Shintaro Ishiwata
DOI:https://doi.org/10.1038/s41535-023-00612-4

なお、本研究は、科学研究費助成事業(KAKEN)「極性金属における機能創成」、「準安定スピントロニクス材料の戦略的高圧合成」(JP22H0034)及び「アシンメトリが彩る量子物質の可視化・設計・創出」(JP23H04871, JP23H0486)、村田学術振興財団の一環として行われ、大阪大学大学院基礎工学研究科、東北大学金属材料研究所(当時:博士)アレックス メイヨー浩氏の協力を得て行われました。

用語説明

半金属

金属と半導体の中間の性質を示す物質群の総称。伝導バンドの下部と価電子バンドの上部がフェルミ準位をわずかにまたいだバンド構造を持つ物質。伝導バンドと価電子バンドが重なり、フェルミ面近傍に線形なバンド分散が実現した場合には、ディラック・ワイル半金属のようなトポロジカル半金属と呼ばれる。

極性構造

結晶を構成する陽イオンと陰イオンの重心位置がずれるような協同的イオン(原子)変位した構造。

空間反転対称性

結晶を構成する原子の空間座標 (x, y, z) を (-x, -y, -z) に移すような変換のことを空間反転と呼び、そのような変換を施しても結晶構造が不変であるとき、その構造は空間反転対称性をもつ ことになる。EuAuBiの結晶構造は空間反転対称性をもたない。