磁気構造のねじれによる整流効果の機構を解明

磁気構造のねじれによる整流効果の機構を解明

磁気情報読み出し技術の開発への貢献に期待

2025-1-27工学系
基礎工学研究科教授石渡 晋太郎

研究成果のポイント

  • 磁気モーメントがらせん状に整列するらせん磁性体とよばれる磁性体では、らせんのねじれ方向(右回り・左回り)に応じて電流の流れやすさが異なる整流効果を示すことが知られています。
  • 伝導電子が磁気構造のらせんに沿って進むとき、その進行方向によって速さが異なることが整流効果の起源であることが明らかになりました。
  • 整流効果を測定することで、らせんのねじれ方向を特定できるため、今回明らかになったメカニズムはらせん磁気情報の読み出しの効率化に利用できます。

概要

磁気モーメントがらせん状に整列したらせん磁性体には、右巻き・左巻きの自由度(キラリティ)が存在し、各キラリティを ”0” と ”1” に対応させた新しい情報担体への応用が期待されています。その情報を読み出す手段として、キラリティに応じて電流の流れやすさが異なる整流効果(非相反電気伝導現象)が有効と期待されるものの、微視的な発現機構が未解明であり、読み出し効率の高度化を妨げていました。

東北大学金属材料研究所のメイヨー アレックス浩 特任研究員(日本学術振興会特別研究員PD)と小野瀬佳文 教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の石渡晋太郎 教授、英国マンチェスター大学のMohammad Saeed Bahramy 講師らの共同研究グループは、らせん磁性半金属α型リン化ユウロピウム(α-EuP3)を対象に電気伝導実験と第一原理電子状態計算を行い、磁場印加により、らせんに沿った電子の速さが方向によって異なることが整流効果の起源であることを明らかにしました。本成果は、効率的なキラリティ検出を実現するための材料設計指針を示し、既存の強磁性体に代わり、らせん磁性体を用いた「キラリティ磁気メモリ」の実用化を前進させるものといえます。

本研究成果は 2025 年 1 月 23 日(米国時間)に米国科学アカデミー紀要 (PNAS:Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America) に掲載されました。

研究の背景

らせん磁性には右巻き・左巻きの自由度(キラリティ)が存在し、各キラリティを ”0” と ”1” に対応させた新しい情報担体への応用が期待されています。その情報の読み出し手段として、らせんに沿った方向に生じる整流効果(非相反電気伝導)が注目されています。この整流効果は、らせん軸の方向に磁場を印加した際、磁場と電流の向きが平行か反平行かに応じて電気抵抗が異なる効果で、キラリティが逆になると抵抗の低い電流方向が反転します。この現象はキラリティを読み出すことが出来る数少ない手段の一つですが、その微視的な発現機構が未解明であったため、読み出し効率最大化の方策もたてづらい状況でした。

研究の内容

本研究では、整流効果のメカニズムを解明するためのモデル物質として半金属らせん磁性体α-EuP3に着目し、らせん磁性の整流効果の研究を行いました。この物質は、比較的単純な電子状態を持つことから、らせん磁性における整流効果の起源を調べるのに適した材料であるといえます。

α-EuP3の単結晶をミクロンスケールに微細化し、高電流密度を用いて精密な電気伝導測定を行いました。その結果、らせん磁性体に磁場を印加して円錐状の磁気構造になると整流効果が発現し、さらに磁場を強くして磁気モーメントが完全に一方向に揃う強磁性状態になると整流効果が消えることが測定されました(図1)。第一原理計算による電子構造と比較した結果、円錐状の磁気構造のときのみ、らせんに沿った方向に運動する電子の速さが方向によって異なることが分かりました(図2)。これにより、整流効果の起源がこうした電子の速さの違いにあることが明らかになりました。

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図1. 整流効果の磁場依存性。円錐状磁気構造のときのみ整流が観測されます。

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図2. 磁気構造と電子の流れ方の関係。らせん磁性のらせん軸に平行な磁場を印加すると、磁気構造が円錐状に変形し、電子の速さが方向によって異なるようになることが明らかになりました。磁場を強くして磁気モーメントを完全に揃えてしまうと(強磁性)、電子の速さは再び対称になり、整流効果を示さなくなります。

今後の展開

本研究では、円錐状の磁気構造において電子の速さが方向によって異なることが整流効果の発現機構であることを明らかにしました。この成果は、らせん磁性のキラリティをメモリとして活用するときの読み出し効率の最大化へとつながることが期待されます。

特記事項

【論文情報】

タイトル:Band asymmetry-driven nonreciprocal electronic transport in a helimagnetic semimetal α-EuP3
著者: Alex Hiro Mayo*, Darius-Alexandru Deaconu, Hidetoshi Masuda, Yoichi Nii, Hidefumi Takahashi, Rodion Vladimirovich Belosludov, Shintaro Ishiwata, Mohammad Saeed Bahramy, Yoshinori Onose
*責任著者:東北大学金属材料研究所 特任研究員(日本学術振興会特別研究員PD) メイヨー アレックス浩
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America (PNAS)
DOI:10.1073/pnas.2405839122
URL:https://doi.org/10.1073/pnas.2405839122

本研究はJSPS科研費(課題番号:JP21H01036, JP22H04461, JP22J01078, JP22KJ0212, JP22H00343, JP23H04871, JP23K13654, JP24H00189, JP24H01638, JP24K00570, JP24K01283, JP24K21725)、東北大学CINTS(課題番号:JPMXP1222TU0055, JPMXP1223TU0026)、金属材料研究所MASAMUNE- IMR supercomputer system(課題番号:202112-SCKXX-0510)、Leverhulme Trust(課題番号:RPG-2023-253)、EPSRC Standard Research Studentship (DTP) EP/T517823/1の支援を受けて実施されました。

用語説明

磁気モーメント

磁性の強さとその向きを表すベクトル量。原子が持つ微小な磁石(原子磁石)としての性質を表し、その配列の仕方によって物質全体の磁気特性が決まる。

らせん磁性体

磁気モーメントがらせん状に回転する磁気配列を持つ物質。一つの原子層内では磁気モーメントが同じ方向に揃っているが、隣接する原子層ごとに少しずつ向きが変わり、物質全体としてらせん状の構造を形成する。

整流効果(非相反電気伝導現象)

物質中において電流が一方向に流れやすくなる現象。特定の対称性が破れることで、電流の流れが方向によって異なる状態を示す。

半金属

固体では、電子が取りうる状態のエネルギー準位が帯状の構造(バンド構造)として現れ、物質中の電気の流れ方など、様々な特性を大きく左右する。中でも特に、金属と半導体の中間的なバンド構造を持つ材料を半金属と呼ぶ。金属のように電流を流せる一方で、電子の数が少なく電子構造が比較的単純であることが特徴。代表的な例としてグラファイトやビスマスが挙げられ、近年はトポロジカル半金属と呼ばれる物質群も盛んに研究されている。

速さ

専門的には、固体中での速さはエネルギーの波数(電子波の進む方向と大きさを表すもの)依存性の傾きに比例することが知られている。論文ではこのエネルギーの波数依存性の非対称性で議論されているが、本プレスリリースでは一般になじみのある速さで表現している。