血管腫は切って治す時代から薬で治す時代へ

血管腫は切って治す時代から薬で治す時代へ

病気の原因遺伝子の役割を解明

2024-3-7生命科学・医学系
歯学研究科助教廣瀬勝俊

研究成果のポイント

  • 血管腫(血管が増えた病気)は、がんと同様にDNA(遺伝子)に異常が起こり発生する。血管腫のなかで最も発生頻度の高い「静脈奇形」について、世界最大規模の症例数を集めて、原因となる遺伝子とその役割を詳細に調べた。
  • 病気の発生にかかわる原因遺伝子の種類によって、患者の症状(年齢、性別、発生部位)や、顕微鏡観察でわかる形態像などが異なる事を見出した。
  • 静脈奇形の初の治療薬(mTOR阻害薬のシロリムス)が保険適応されることが2024年1月に決定している。静脈奇形でmTOR経路が活性化していることを明らかにした今回の研究成果は、新治療薬の治療根拠となりうる。

概要

大阪大学大学院歯学研究科の廣瀬勝俊助教、豊澤悟教授、大阪大学大学院医学系研究科の堀由美子招へい教員、森井英一教授、岐阜大学大学院医学系研究科の小関道夫准教授らの研究グループは、ヒト静脈奇形検体を用いて、静脈奇形の発症にかかわる原因遺伝子の違いにより臨床症状や顕微鏡像が異なること、原因遺伝子の種類にかかわらずPIK3CA(PI3K)/AKT/mTOR経路が活性化していることを見出しました。

これまでの研究で、静脈奇形の発症原因としてTEK遺伝子とPIK3CA遺伝子の異常が関わっていることがわかっていましたが、それらの役割はよくわかっていませんでした。今回、研究グループは、次世代シーケンサーを用いた遺伝子異常解析や空間的トランスクリプトミクス解析という最新の研究技法を用いて、静脈奇形の「原因遺伝子」「RNA」「蛋白質」「臨床症状」「顕微鏡像(病理所見)」を包括的に観察することに成功しました。本研究成果は、静脈奇形の初の治療薬であるmTOR阻害薬シロリムスの治療根拠となることや、新たな治療薬開発へつながることが期待されます。また、臨床症状や顕微鏡像の特徴から、遺伝子検査が困難な施設においても、原因遺伝子に応じた適切な治療薬が使用できることが期待されます。

本研究成果は、蘭国科学誌「Human Pathology」に、2月15日(木)(日本時間)に公開されました。

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図. 静脈奇形は、静脈の先天的な形の異常である(左図)。TEK遺伝子やPIK3CA遺伝子の異常が検出され、PIK3CA/AKT/mTOR経路が病変形成に関与する(右図)。

研究の背景

静脈奇形は、静脈の先天的な形態異常で、血管腫のなかでは最も発生頻度が高い病気です。頭頚部領域に好発し、放置しておくと出血や感染、疼痛を繰り返して、患者の生活の質QOLを低下させます。根治的治療法は外科的切除ですが、筋肉や神経を巻き込み、切除が困難な症例も多いことから、非侵襲的な治療法が切望されています。

血管腫には、がんと同様に、DNA(遺伝子)の異常がその病気の発生に関わっていることが明らかとなりました。近年では、血管腫の新たな治療法として、遺伝子異常を標的としたがん治療に用いられる分子標的薬の転用が行われており、臨床試験が国内外で進行しています。

静脈奇形ではTEK遺伝子またはPIK3CA遺伝子の異常が検出されます。これまでの細胞実験の結果、両遺伝子の下流シグナルとして、PIK3CA/AKT/mTOR経路の活性化が病気の発生に関与していることが報告されています。また治療経験から、mTOR阻害薬のシロリムス(分子標的薬)が静脈奇形に対して治療効果があることがわかっています。本邦では世界に先駆けて、小関道夫准教授(共同研究者、岐阜大学)の主導のもと、静脈奇形の初の治療薬としてシロリムスの臨床試験が行われ、保険適応されることが2024年1月に決定しました。しかし、実際のヒト静脈奇形において、原因遺伝子がどのように静脈奇形の発症に関与しているか、またPIK3CA/AKT/mTOR経路が活性化しているかはわかっていません。

研究の内容

廣瀬助教らの研究グループは、世界最大数のヒト静脈奇形114症例を収集し、TEK遺伝子とPIK3CA遺伝子の異常とその役割について詳細に検討しました。その結果、以下のことを発見しました。

①TEK遺伝子異常を有する静脈奇形は、10歳代以下の症例や体の表面に発生した症例が多いこと見出しました。
②TEK遺伝子異常を有する静脈奇形とPIK3CA遺伝子異常を有する静脈奇形では、RNAの発現や蛋白質の発現が異なっていることを明らかとしました。
③静脈奇形では異常遺伝子の種類にかかわらず、正常血管と比較して、PIK3CA/AKT/mTOR経路が活性化していることを明らかとしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、静脈奇形初の治療薬であるmTOR阻害薬シロリムスの治療根拠となり、切除が難しい症例の新たな治療選択肢となることが期待されます。また、原因遺伝子によるRNAや蛋白質発現の違いは新たな治療薬開発へとつながる可能性があります。原因遺伝子ごとの臨床症状や顕微鏡像の特徴を組み合わせることで、将来的に原因遺伝子ごとの治療薬開発がさらに進んだ際には、遺伝子検査が困難な施設においても適切な治療薬を選択できることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年2月15日(金)(日本時間)に蘭国科学誌「Human Pathology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Comprehensive phenotypic and genomic characterization of venous malformations”
著者名:Katsutoshi Hirose, Yumiko Hori, Michio Ozeki, Daisuke Motooka, Kenji Hata, Shinichiro Tahara, Takahiro Matsui, Masaharu Kohara, Kazuaki Maruyama, Kyoko Imanaka-Yoshida, Satoru Toyosawa and Eiichi Morii.
DOI:https://doi.org/10.1016/j.humpath.2024.02.004

参考URL

用語説明

血管腫

血管やリンパ管が異常に集まった病変であり、現在は血管病変の国際学会であるISSVAにおいて、「脈管異常」と呼ばれる。先天的な血管の形の異常である「脈管奇形」や、血管の腫瘍である「脈管性腫瘍」など様々な病態が含まれており、それぞれに固有の遺伝子の異常が報告されてきている。

静脈奇形

静脈の先天的な奇形で、脈管異常の中でもっとも発生頻度が高い。

PIK3CA(PI3K)/AKT/mTOR経路

PIK3CAはAKTを、AKTはmTORを活性化し、活性化したmTORが細胞の生存、代謝、増殖などに影響を与える。この細胞内シグナル経路の活性化は、がんの形成や血管新生にも関与している。

TEK遺伝子

血管内皮細胞特異的な受容体型チロシンキナーゼであるTIE2蛋白質をコードする遺伝子である。TIE2は血管の成熟や維持に重要な役割を担っている。

PIK3CA遺伝子

ホスファチジルイノシトール-3キナーゼ (PI3K)の触媒サブユニットp110α蛋白質をコードする遺伝子であり、その遺伝子異常は多くのがんの発生に関与している。

分子標的薬

病気の原因となる特定の分子(遺伝子や蛋白質)にだけ作用するように設計された薬で、がんを含む様々な疾患の治療に用いられている。