二酸化炭素の吸着により多孔性磁石の性能向上に成功

二酸化炭素の吸着により多孔性磁石の性能向上に成功

局所的な構造ゆらぎと電荷ゆらぎの抑制に起因

2023-11-20工学系
基礎工学研究科教授北河康隆

研究成果のポイント

  • 二酸化炭素の吸着により、磁気相転移温度が大きく向上する分子性多孔性材料の二次元層状分子磁性体(多孔性磁石)を見出し、その相転移温度向上の機構を明らかにしました。
  • ガス吸着による局所的なゆらぎの制御を磁気挙動で実証した例は世界初です。
  • 化学的刺激により駆動する分子デバイスの新たな駆動原理として期待されます。

概要

磁石(磁性体)は家電製品や電気自動車からハードディスク等、身の回りで様々に用いられ、よく知られた材料です。磁性体の相転移温度低下は、時として熱運動による構造ゆらぎや電荷ゆらぎの「欠陥」によりもたらされ、それらを修復することは非常に困難です。

東北大学金属材料研究所の高坂亘 准教授と宮坂等 教授の研究グループは、大阪大学大学院基礎工学研究科の北河康隆 教授の研究グループおよび中国の武漢大学の張俊 教授との共同研究により、磁気秩序に不利に働く局所的な電荷ゆらぎをもつ多孔性層状分子磁性体について、二酸化炭素の層内への挿入による電荷ゆらぎの抑制により、磁気相転移温度が大幅に上がることを見出しました。またこの相転移温度の変換は二酸化炭素の吸脱着により可逆です。

本材料のようにガス(二酸化炭素)吸着による局所ゆらぎの抑止(欠陥修復)に基づく磁気相制御は世界初です。

構造と電荷、スピンの相関についての基礎学問の解明のみならず、化学センサーや化学磁気スイッチなどの化学的刺激により駆動する分子デバイスの新たな駆動原理として、今後の発展に興味がもたれます。

本研究成果は、2023年10月15日付け(現地時間)でドイツ化学会誌Angewandte Chemie International Editionにオンライン掲載(Early View)されました。

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図1. 電荷ゆらぎをもつ分子性多孔性材料へのCO2の吸着による物質変化の模式図(左図)と磁気相転移温度の変化(右グラフ)。

研究の背景

磁石は、玩具から駆動系(モーターなど)を有する大小さまざまな家電製品や乗り物、スマートフォンから医療機器まで、広範囲にわたって身の回りで使われており、快適な日常生活を送る上で必要不可欠な材料となっています。強力な磁力を持つ磁石の開発は素子の小型化や安定化へとつながるため、常に社会から要求される重要な課題の一つです。ここでいう磁石とは、上記のように日常的に使われる一般的な磁石のことを指しています。一方で近年、違った角度からの「磁石の高機能化」も求められるようになっています。ここでの高機能化とは、単に磁石本来の性能向上にとどまらず、従来の磁性体では実現不可能であった付加的機能の発現や磁石機能との協奏を指しています(以下、多機能性磁石)。そのような付加的な機能を設計するには「分子の持つ柔軟性」が利用できます。

本研究グループでは、金属イオンと有機配位子の複合化によって合成される金属錯体を基にした多次元格子「金属・有機複合骨格(Metal-Organic Framework,略称:MOF)」と呼ばれる分子性多孔性材料に着目しました。MOFは高い構造規則性に加え、構成する金属イオンや有機物における付加的要素の高設計性、格子と空間の両方の特性を利用可能、などといった利点を持つため、戦略的に多機能性磁石の開発が可能です。このようなMOFの特徴である「空間」という概念を付加して磁石を作ると、本研究で報告する「多孔性分子磁石(MOF磁石)」となります。MOF磁石では、その空孔内部に合成時に使用された有機溶媒や水などの「小分子」を含みます(吸着状態)が、その小分子をMOFの基本骨格を維持したまま脱離させることが可能であり(脱離状態)、その過程が可逆であることが「多孔性」の所以となっています。このMOF磁石を用いて、我々はこれまでに、酸素や二酸化炭素の吸脱着による磁石のON-OFF制御に成功してきました。一方「分子の持つ柔軟性」のため、時としてMOFは高い構造規則性を持ちながらも、局所的には乱れた配向や不規則配向、いわゆる「構造ゆらぎ」を持ちます。MOFは構成有機分子の周辺に広い空間が存在するために分子が様々な配向を取りやすく、構造ゆらぎが起こりやすい材料です。細孔へのゲスト分子の取り込みは構造ゆらぎに大きな影響を与えると期待されます。今回の成果は、まさに「ガス吸着に伴う構造ゆらぎ制御」を利用した磁気相制御を示しています。

今回の取り組み

本研究グループは、電子供与性分子として振る舞うカルボン酸架橋水車型ルテニウム二核(II, II)金属錯体と、電子受容性分子として振る舞うTCNQ (7,7,8,8-tetracyano-p-quinodimethane) 誘導体からなる電荷移動型の層状MOF磁石を開発してきました(図2)。二酸化炭素分子を吸着する前の空の状態(ドライ状態と記します)では、有機配位子上に分子回転に伴う無秩序配向(構造ゆらぎ)が局所的に存在しており、構造中に細孔は存在していませんでした(図3)。しかし、本材料は二酸化炭素を組成1モルに対して1分子吸着することで、上述の構造ゆらぎが解消され二酸化炭素が層間に挿入されました(図3)。また、磁気相転移温度が65 Kから100 Kへと大きく上昇していました(図4)。逆に真空加熱処理で二酸化炭素を脱離させることにより、本材料は元の状態へと戻りました(図4)。

この変化に対して、層状構造は二酸化炭素の吸着前後においてほぼ変わっていませんでした。一方、赤外吸収スペクトルでは、ドライ状態において反磁性のTCNQ(OMe)22−種に帰属されるピークが観測されましたが(図5)、二酸化炭素雰囲気下では赤外吸収スペクトルにおけるTCNQ(OMe)22−種のピークが消失していることがわかりました。このことから、ドライ状態においては、構造解析からは認識できない程度の僅かな量の電荷のゆらぎが存在しており、二酸化炭素吸着に伴い、構造ゆらぎに加えて電荷ゆらぎも解消したことを示しています。電荷ゆらぎ(ここでは、TCNQ(OMe)22−種の発生)は磁気相関パスを分断し(図6)、磁気相転移温度を低くする要因となります。逆に、二酸化炭素吸着により磁気相関パスの分断が修復されたことにより、磁気相転移温度も上昇したことを意味しています(図6)。このような構造ゆらぎと電荷ゆらぎの連携とゲスト挿入による変化が実現したのは、我々の層状MOF磁石が微小な構造変化に呼応する電荷移動が可能な系であることに起因しています。MOF磁石の特徴である構造の柔軟性と、高い設計性が存分に発揮された結果だと言えます。

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図2. 電子供与性分子(水車型ルテニウム錯体)と電子受容性分子(TCNQ誘導体)から合成される層状磁石の模式図。

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図3. (a-c) ドライ状態の結晶構造。(a) 結晶構造の繰り返し単位。左上の配位子部分に塩素原子の配向に起因する構造ゆらぎが生じている。(b) 層状構造を真上から見た図。(c) 真横から見た図。構造ゆらぎの影響で細孔が塩素原子で塞がれている箇所が黄色で示されている。(d-f) 二酸化炭素吸着状態の結晶構造。(d) 構造の繰り返し単位。ドライ状態で存在した左上配位子部分の構造ゆらぎが解消している。(e) 層状構造を真上から見た図。(f) 真横から見た図。構造ゆらぎの解消により空いた細孔表面が青色で示されており、その細孔中に二酸化炭素が取り込まれている。

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図4. 二酸化炭素吸着前後における磁化の温度依存性(外部磁場100 Oe)。二酸化炭素導入前(ドライ状態、赤)では65 Kで磁気相転移が観測されるが(Tc)、二酸化炭素吸着後(緑)は100 Kまで磁気相転移温度が上昇している。その後、二酸化炭素を脱離させると元のドライ状態の挙動へと戻る(黄色)。以降、二酸化炭素の吸着(水色、青)と脱離(ピンク、紫)を繰り返しても磁気特性に大きな変化は見られず、良い再現性が見られている。

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図5. 赤外吸収スペクトル。すべてのスペクトルにおいて2200, 2150 cm−1付近にピークが観測され、これらは常磁性のTCNQ(OMe)2•−に帰属される。これらのピークは結晶構造から予測される通りである。一方、ドライ状態(青)ではさらに2100 cm−1付近にピークが観測される。このピークはCO2の吸着により消失する(赤)が、再度CO2を脱離させて再度ドライ状態に戻す(緑)と再び現れる。このピークは非磁性のTCNQ(OMe)22−に帰属される。結晶構造解析から検知できなかった非磁性TCNQ(OMe)22−の存在は、ドライ状態に電荷ゆらぎが生じていることを示唆し、さらにCO2導入に伴うピークの消失は、CO2の吸着に伴い電荷ゆらぎが解消することを示している。

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図6. 二酸化炭素吸脱着に併せて起こる電荷状態変化の模式図。ドライ状態では一部に電荷のゆらぎによって非磁性 (S = 0) のTCNQ(OMe)22−が生じている。このTCNQ(OMe)22−によって磁気相互作用の繋がりが部分的に途切れてしまうため、ドライ状態の磁気相転移温度は低い。一方二酸化炭素吸着後は全てのTCNQ誘導体は常磁性(S = 1/2)のTCNQ(OMe)2•−となっており、層状骨格全体にわたって磁気相互作用の繋がりが途切れていないため、高い磁気相転移温度を示す。すなわち、二酸化炭素吸着により電荷ゆらぎが解消されたため、磁気相転移温度が大きく向上した。

今後の展開

本研究は、構造と電荷のゆらぎが密接に関わった系において、二酸化炭素吸着により構造ゆらぎと電荷ゆらぎを協奏的に制御した初めての例です。MOF磁石は、従来からよく知られた電場・磁場・光・圧力などの物理的な刺激とは異なり、分子吸脱着という化学的な刺激により駆動する材料です。本研究の「ゲスト高密度配向によるゆらぎ抑制を利用した磁気相制御」に関する知見は、化学吸着を駆使した高機能分子デバイスの実現へ向けて、基礎・応用の両面から大変意義深い結果だと考えられます。

特記事項

【論文情報】

タイトル: Densely Packed CO2 Aids Charge, Spin, and Lattice Ordering Partially Fluctuated in a Porous Metal-Organic Framework Magnet
著者: Wataru KOSAKA, Yoshie HIWATASHI, Naoka AMAMIZU, Yasutaka KITAGAWA, Jun ZHANG, Hitoshi MIYASAKA*
*責任著者:東北大学金属材料研究所 教授 宮坂 等
掲載誌: Angewandte Chemie International Edition
DOI:10.1002/anie.202312205
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202312205

本成果は、科学研究費補助金基盤研究(A)(宮坂等(代表): JP20H00381、高坂亘(分担): JP22H00324)、基盤研究(B)(高坂亘(代表): JP21H01900)、挑戦的萌芽(宮坂等(代表): JP21K18925、JP23K17899)、および特別推進研究(宮坂等(分担): JP18H05208)東北大学金属材料研究所国際共同利用・共同研究拠点(GIMRT)、同研究所先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)からの助成を受けて実施されました。

参考文献

1. 2020年12月1日 東北大学プレスリリース「二酸化炭素の吸脱着による磁石のON-OFF制御に成功 "二酸化炭素磁気センサー"へ道筋」
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/12/press20201201-01-mof.html

2. 2023年1月27日 東北大学プレスリリース「二酸化炭素の吸着で磁石になる多孔質材料を開発 ~ガス吸着に伴う構造変化に起因する磁気相変換は世界初~」
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2023/01/press20230127-02-magnet.html

3. 2019年1月16日 東北大学プレスリリース「酸素分子の電子スピンを見分ける多孔性磁石 酸素ガスの吸脱着により磁石のON-OFF制御に初成功」
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2019/01/press20190116-01-NatComm.html

4. 2021年4月26日 東北大学プレスリリース「分子の吸着で磁石を創る 吸着分子に依存した磁気相変換の実現」
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/04/post-62.html

5. 2022年3月15日 東北大学プレスリリース「ホスト−ゲスト間電子移動の制御による磁石スイッチ 新たな電子状態変換機構に基づく磁気相変換に成功」
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/03/press20220315-04-Transfar.html

6. 2018年5月22日 東北大学プレスリリース「大きな磁気相転移温度変化を示す"スポンジ磁石"」
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2018/05/press20180522-03-suponji.html

用語説明

磁気相

常磁性、強磁性、反強磁性、フェリ磁性をはじめとする様々な電子スピンの配列の様式(磁気秩序状態)を総称して磁気相といいます。常磁性は秩序を持たない状態であり、強磁性、反強磁性、フェリ磁性は磁気秩序を持つ状態です。磁石として機能するのは、強磁性、フェリ磁性の磁気秩序状態であり、反強磁性は、磁石としての機能は持たない磁気秩序状態になります。磁気相転移温度は最も基本的な磁気相の性質のひとつです。

磁気相転移温度

その材料が磁石として機能する上限温度のことを磁気相転移温度と呼びます。それより高い温度領域では常磁性体となります。

分子性多孔性材料

ゼオライトや活性炭、シリカゲルのような無機物のみから構成される従来の多孔性材料に対して、金属イオンと有機配位子から構成される多孔性材料の総称です。金属−有機複合骨格(Metal−Organic Framework; MOF)や多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)などと呼称されます。金属イオンの配位環境と有機物の持つ高い分子設計性に特徴があり、ナノサイズの細孔を利用した気体吸蔵・分離・触媒・センサーなどの分野での応用が期待されています。

多孔性磁石

以前にも二酸化炭素を利用した多孔性磁石を報告していますが(参考文献1、2)、今回のようなゆらぎを利用した磁気相制御とは異なる機構によるものです。他にも酸素や有機溶媒蒸気、ヨウ素分子の吸脱着を利用した磁石のON-OFF(磁気相変換)が可能な材料が、これまでの研究において見出されていました(参考文献3、4、5)。

電荷ゆらぎ

結晶学的に同一の分子は、同じ電子状態・価数をとるのが一般的です。ここでは結晶構造中に、周囲の同一分子とは異なる電子状態・価数を取る分子が極微量含まれる状態のことを電荷ゆらぎと呼んでいます。電荷ゆらぎ量が大きい時は、結晶構造にその影響が反映されます。一方、今回は構造解析では判別できない程度のわずかなゆらぎでしたが、赤外吸収スペクトルなどの分光手法により検出可能でした。

多機能性磁石

(本研究で扱う材料の他に)一例として、強誘電強磁性体をはじめとするマルチフェロイクス材料などが挙げられます。強誘電特性と強磁性特性を併せ持つ材料においては、外部磁場の印加により、磁気分極の方向だけでなく、自発電気分極の方向も制御できる可能性があり、磁気分極、電気分極の組み合わせにより、4通りの情報を読み書きできるメモリ材料としての応用が期待されています。

分子の持つ柔軟性

日常で用いている磁石に代表されるように、多くの磁性体は合金や酸化物などの無機物で構成されています。これに対し、分子を用いて作成した磁性体を総称して分子磁性体(分子磁石)と呼んでいます。分子磁性体は無機物の磁石にはない「やわらかさ」や「設計性や機能性付加の多様性」を有しており、盛んに研究が進められています。

高い構造規則性

原子や分子が一定の間隔・パターンで3次元方向に配列していることです。高い結晶性とも言われます。高い構造規則性を持つ物質はX線回折により構造決定が可能です。MOFは高い構造規則性を持ちますが、ガラスやゴム、プラスチックなどの構造規則性は低いです。

電子供与性分子

ある種の分子は、自身の持つ電子を他の分子に与えることが可能です。このような性質を持つ分子を電子供与分子といいます。

電子受容性分子

電子供与分子とは逆に、電子を受け取ることが可能な分子も存在します。このような性質を持つ分子を電子受容分子といいます。電子供与分子と電子受容分子を組み合わせることで、分子間での電子移動等を実現することができます。

無秩序配向(構造ゆらぎ)

結晶学で一般にディスオーダーと呼ばれるものを、ここでは構造ゆらぎと呼んでいます。結晶とは一定の規則に基づいて原子や分子が3次元的に配列したものです。しかし、ほとんどの原子や分子が規則に基づいて配列する中で、一部の原子や分子は複数の配向を不規則にとることがあります。このような構造の乱れをディスオーダーと呼びます。

磁気相関パス

図6で示している通り、ドライ状態では一部に電荷のゆらぎにより生じたスピンをもたないTCNQ誘導体によって架橋されているために、磁気相互作用が部分的に途切れており、ドライ状態の磁気相転移温度を低くしています。一方二酸化炭素吸着後は全てのTCNQ誘導体にスピンが生じており、磁気相互作用の繋がりが途切れることなく構造全体に広がるため、高い磁気相転移温度を示します。

微小な構造変化に呼応する電荷移動

我々は以前に類縁層状化合物において、ゲスト溶媒の吸脱着に伴う微小な構造変化に応答して系内の電子状態が変化し、それに伴い磁気相転移温度が大きく変化する現象を報告しています(参考文献6)。