ホスト−ゲスト間電子移動の制御による磁石スイッチ

ホスト−ゲスト間電子移動の制御による磁石スイッチ

新たな電子状態変換機構に基づく磁気相変換に成功

2022-3-15工学系
基礎工学研究科准教授北河康隆

研究成果のポイント

  • ヨウ素の吸脱着により反強磁性体と常磁性体間を繰り返し変換可能な多孔性材料の開発に成功しました。
  • ホスト骨格と吸着分子が直に電子の授受を行う機構に基づく磁気相変換を世界で初めて実現しました。
  • 化学的刺激により駆動する分子デバイスの新たな駆動原理として期待されます。

概要

近年、従来の磁性体では実現不可能であった機能性の発現などの「磁石の高機能化」が求められるようになっています。東北大学学際科学フロンティア研究所の張俊 助教と東北大学金属材料研究所の高坂亘 助教、宮坂等 教授の研究グループは、大阪大学大学院基礎工学研究科の北河康隆 准教授と共に、ヨウ素を吸着させることで、反強磁性相から常磁性相へと変換可能な新たな多孔性材料の開発に成功しました。

今回開発された材料は分子性多孔性材料(※1)の一種で、層状構造の層の間にジクロロメタンやヨウ素などの小分子を出し入れできるのが特徴です。この分子性多孔性材料は反強磁性体(※2)と呼ばれる磁気秩序(※3)を持つ磁石の一種ですが、ヨウ素を吸着させると磁石ではなくなる(常磁性状態※4)ことを確認しました。逆にこの材料は、真空加熱処理でヨウ素を脱離させることで元の状態へと戻ります。本現象は、吸着されたヨウ素分子が分子格子から電子を受け取ることで、分子格子の電子状態を変化させ、磁気秩序を持たない状態になることで生じたものです。吸着分子とホスト骨格の間で電子の授受を直接行うことで駆動する可逆磁気相変換は世界初で(※5)、化学的刺激により駆動する分子デバイスの新たな駆動原理の一つとして今後の発展が期待できます。

本研究成果は、2022年2月21日付け(現地時間)でドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。

研究の背景

磁石は、玩具から駆動系(モーターなど)を有する大小さまざまな家電製品や機器、スマートフォンから医療機器まで、広範囲にわたって身の回りで使われており、快適な日常生活を送る上で必要不可欠な材料となっています。強力な磁力を持つ磁石の開発は素子の小型化や安定化へとつながるため、常に社会から要求される重要な課題の一つです。ここでいう磁石とは、上記のように日常的に使われる一般的な磁石のことを指しています。一方で近年、違った角度からの「磁石の高機能化」も求められるようになっています。ここでの「高機能化」とは、単に磁石本来の性能向上にとどまらず、従来の磁性体では実現不可能であった機能性の発現や、磁石機能との協奏を指しています(以下、多機能性磁石※6)。そのような付加的な機能を設計するには「分子の持つ柔軟性(※7)」が利用できます。

本研究グループでは、金属イオンと有機配位子の複合化によって合成される金属錯体を基にした多次元格子「金属・有機複合骨格(Metal-Organic Framework,略称:MOF)」と呼ばれる分子性多孔性材料に着目しました。MOFは、構成する金属イオンや有機物における付加的要素の高設計性、格子と空間の両方の特性を利用可能、などといった利点を持つため、戦略的に多機能性磁石の開発が可能です。このようなMOFの特徴である「空間」という概念を付加して磁石を作ると、本研究で報告する「多孔性分子磁石(MOF磁石)」となります。MOF磁石では、その空孔内部に合成時に使用された有機溶媒や水などの「小分子」を含みます(吸着状態)が、その小分子をMOFの基本骨格を維持したまま脱離させることが可能であり(脱離状態)、その過程が可逆であることが「多孔性」の所以となっています。このMOF磁石を用いて、我々はこれまでに、「酸素」や「二酸化炭素」の吸脱着による磁石のON-OFF制御に成功してきました。後者では、二酸化炭素の吸着による分子骨格の構造変化、および二酸化炭素との電子的相互作用による分子格子内での電子状態変化が、磁気相変換の鍵となっていました。ここで二酸化炭素の役割は、分子骨格の電子状態変化を後押しする「間接的」なものだと言えます。そこで研究グループは、吸着分子と分子骨格の「直接的」な電子の授受に因る、これまでとは異なる機構に基づく磁気相変換も可能なのではないかという着想に至りました。実際にMOFにおいてホスト−ゲスト間の直接的な電子移動を観測した例はこれまでにも報告はありましたが、それを起源として磁気相変換を実現した例はこれまでありませんでした。

成果の内容

本研究の成果で重要なポイントは、以下の3点です。

  1. 今回作成した層状化合物は、ヨウ素を吸着する前は、反強磁性体であり、広義の磁気秩序を持つ状態(磁石ONの状態)です(相転移温度(※8) TN = 90 K)。
  2. この層状化合物にヨウ素を吸着させると、常磁性体(磁石OFFの状態)になります。ヨウ素分子を除去すれば元の反強磁性体へと戻ります。
  3. この機構は、吸着されたヨウ素分子が分子骨格から電子を受け取り、分子骨格の電子状態を変化させることに因ります。

以下、成果の詳細です。

本研究グループは、電子供与性分子(※9)として振る舞うカルボン酸架橋水車型ルテニウム二核(II, II)金属錯体と、電子受容性分子(※10)として振る舞うTCNQ (7,7,8,8-tetracyano-p-quinodimethane) 誘導体からなる層状分子磁石を開発しました(図1)。この層状分子磁石は、ヨウ素分子を吸着する前の空の状態(ドライ状態と記します)では、反強磁性体であり、磁化−温度曲線において、反強磁性状態への相転移を示すピークが90 Kに観測されます(図2)。そこにヨウ素分子の蒸気を導入していくと、6日後にはピークが完全に消失し、常磁性状態へと変化しました。真空下での加熱処理により、吸着ヨウ素を脱着させると、化合物は元の反強磁性体へと戻りました(図2)。さらに、ヨウ素の吸脱着に伴う変化は磁気特性だけでなく、電気伝導度にも影響を与えており、ヨウ素の吸着により電気伝導度が2桁向上しました(図3)。

吸着状態および脱離状態の結晶構造等を精査した結果、MOFの構成分子であるTCNQ誘導体の電子状態がヨウ素分子吸脱着の前後で変化し、またヨウ素分子(I2)は三ヨウ化物イオン(I3)として取り込まれていることが分かりました(図4)。これはヨウ素の吸着に伴い、ホスト–ゲスト間に以下のような電子の授受反応(酸化還元反応(※11))が起きていることを示しています(TCNQRxは、ホスト格子の一部)。

TCNQRx + 3/2(I2) → TCNQRx0 + I3

このような反応が起きたのは、ヨウ素分子もまた、電子供与性を持つ、酸化還元活性なゲストであるためです。反応の結果、分子骨格の電子状態が変化したため、磁気格子の構成分子であるTCNQ誘導体上からスピンが消失し、磁気相互作用パスが分断されたため(※12)に磁気秩序のON-OFF制御が実現しています(図5)。結晶構造を基に量子化学計算による検討を行ったところ、ヨウ素の吸着に伴いルテニウム金属錯体の電子状態もわずかに変化していることが明らかとなり、そのために電気伝導度の向上が見られたと考えられます。

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図1. 電子供与性分子(水車型ルテニウム錯体)と電子受容性分子(TCNQ誘導体)から合成される層状化合物の模式図。

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図2. ヨウ素分子の吸着前後における磁化の温度依存性(外部磁場100 Oe)。ヨウ素吸着前(黒)では、反強磁性体であることを示す鋭いピークが90 Kに現れている。ヨウ素を吸着させると、ピークの強度が次第に減少し(4日後、緑)、6日後には完全にピークが消失する(紫)。ピークの消失は、分子骨格が磁気秩序を失った状態(常磁性状態)になったことを意味している。真空下加熱処理によりヨウ素を脱離させることで、分子骨格の反強磁性秩序は元へと戻る(灰)。

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図3. 直流電気伝導度の温度依存性。すりつぶした試料を金属電極に挟み込んで測定。黒:ドライ状態、紫:ヨウ素吸着状態。冷却過程にて測定。ヨウ素の吸着により電気伝導度が二桁向上した。

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図4. 層状分子骨格へのヨウ素分子吸着(左)およびヨウ素吸着に伴うホストゲスト間の酸化還元反応の模式図(右)。ドライ状態では電子を一つ受け取って−1価の状態にあったTCNQ誘導体分子は、ヨウ素吸着後にはヨウ素に電子を渡して中性状態(0価)に変化している。一方、吸着前は中性だったヨウ素分子(I2)は、吸着後はTCNQ誘導体から電子を受け取り、−1価の状態(I3)に変化している。

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図5. ヨウ素吸脱着に併せて起こる電子状態変化の模式図。ヨウ素吸着の前後でルテニウム二核錯体の電子状態に変化は無い。一方のTCNQ誘導体は、ドライ状態においては不対電子を持つ状態(S = 1/2)であり、層状骨格全体にわたって磁気相互作用の繋がりが途切れていないために、ドライ状態は反強磁性磁気秩序を持つ。一方、ヨウ素分子を吸着させると、TCNQ誘導体とヨウ素の間で電子の授受反応が起こり(図4)、ヨウ素分子(I2)は三ヨウ化物イオン(I3)に、TCNQ誘導体は中性状態に変化し、TCNQ誘導体上に不対電子が存在しなくなる。この非磁性のTCNQ誘導体の所で磁気相互作用の繋がりが途切れてしまうため、ヨウ素吸着状態は磁気秩序を示さない。

意義・課題・展望

「多孔性磁石」は、従来からよく知られた電場・磁場・光・圧力などの物理的な刺激とは異なり、「分子吸脱着」という化学的な刺激により駆動する材料です。化学物質の性質を磁化という物理量に換える、「化学―物理変換」を可能にする材料と言い換えることもできます。生体系の機能にも似ています。本研究における、吸着分子とホスト骨格の間での直接的な電子授受により駆動する可逆磁気相変換は世界初観測であり、新たな駆動原理により「化学物質による物性制御」を実現したという点で、高機能分子デバイスの実現へ向けて、基礎・応用の両面から大変意義深い結果だと考えられます。今後は「化学―物理変換」のコンセプトを用い、多成分認識などの応用研究へと展開していく予定です。

特記事項

雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
英文タイトル: A Host-Guest Electron Transfer Mechanism for Magnetic and Electronic Modifications in a Redox-Active Metal−Organic Framework
全著者: Jun ZHANG, Wataru KOSAKA, Yasutaka KITAGAWA, Hitoshi MIYASAKA
DOI:10.1002/anie.202115976

本成果は、東北大学金属材料研究所・先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)、池谷科学技術振興財団単年度研究助成、住友財団基礎科学研究助成、野口研究所、科学研究費基盤研究(A)(代表:宮坂等、20H00381)、基盤研究(B)(代表:高坂亘、No. 21H01900)、若手研究(代表:張俊、No. 20K15294)、挑戦的萌芽(代表:宮坂等、No. 21K18925)、および特別推進研究(代表:腰原伸也、No. 18H05208)からの助成を受けて実施されました。

用語説明

※1分子性多孔性材料

ゼオライトや活性炭、シリカゲルのような無機物のみから構成される従来の多孔性材料に対して、金属イオンと有機配位子から構成される多孔性材料の総称です。金属−有機複合骨格(Metal−Organic Framework; MOF)や多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)などと呼称されます。金属イオンの配位環境と有機物の持つ高い分子設計性に特徴があり、ナノサイズの細孔を利用した気体吸蔵・分離・触媒・センサーなどの分野での応用が期待されています。

※2反強磁性体

物質中の電子スピン間に磁気的な相互作用が働き、それが三次元的に長距離に及ぶことにより磁石となります。一般的な磁石は通常、強磁性体、あるいはフェリ磁性体(※13)のどちらかです。磁石には磁気相転移温度が存在し、それより高い温度領域では常磁性体となります。しかし、隣接する電子スピン同士が逆方向を向く相互作用(反強磁性的相互作用)が働き互いに打ち消し合う場合には、物質全体としては磁化を持たず、通常の意味での磁石とはなりません。このような物質のことを反強磁性体といいます。反強磁性体にも磁気相転移温度が存在し、それより高い温度領域では常磁性体となります。しかしながら、ここでは反強磁性体も磁気秩序を持つ状態であるという事で、広い意味での「磁石」であると捉えました。

※3磁気秩序

常磁性、強磁性、反強磁性、フェリ磁性をはじめとする様々な電子スピンの配列の様式(磁気秩序状態)を総称して磁気相といいます。常磁性は秩序を持たない状態であり、強磁性、反強磁性、フェリ磁性は磁気秩序を持つ状態です。磁石として機能するのは、強磁性、フェリ磁性の磁気秩序状態であり、反強磁性は、通常の意味での磁石としての機能は持たない磁気秩序状態になります。しかしながら、ここでは反強磁性体も磁気秩序を持つという事で、広い意味での「磁石」であると捉えました。

※4常磁性

物質の電子スピンがバラバラの方向を向いているために非磁性であるが、磁場を印加すると、その方向に弱く配列する性質を常磁性と言います。常磁性を示す物質を常磁性体といい、常磁性体は、強力な磁石を近づけるとそちらに引き寄せられます。しかし、磁場を取り除くとスピンはまたバラバラの方向を向いてしまうため、常磁性体は、いわゆる磁石としての性質は持ちません。

※5多孔性磁石

磁石を磁石ではなくする例としては、酸素や二酸化炭素等の吸脱着を利用した磁石のON-OFF(磁気相変換)が可能な材料が、これまでの研究において見出されていました。東北大学プレスリリース2019年1月16日(http://www.imr.tohoku.ac.jp/ja/news/results/detail---id-1082.html)、2020年12月1日(http://www.imr.tohoku.ac.jp/ja/news/results/detail---id-1286.html)、および2021年4月26日(http://www.imr.tohoku.ac.jp/ja/news/results/detail---id-1328.html)。

※6多機能性磁石

(本研究で扱う材料の他に)一例として、強誘電強磁性体をはじめとするマルチフェロイクス材料などが挙げられます。強誘電特性と強磁性特性を併せ持つ材料においては、外部磁場の印加により、磁気分極の方向だけでなく、自発電気分極の方向も制御できる可能性があり、磁気分極、電気分極の組み合わせにより、4通りの情報を読み書きできるメモリ材料としての応用が期待されています。

※7分子の持つ柔軟性

日常で用いている磁石に代表されるように、多くの磁性体は合金や酸化物などの無機物で構成されています。これに対し、分子を用いて作成した磁性体を総称して分子磁性体(分子磁石)と呼んでいます。分子磁性体は無機物の磁石にはない「やわらかさ」や「設計性や機能性付加の多様性」を有しており、盛んに研究が進められています。

※8磁気相転移温度

その材料が磁石として機能する上限温度のことを磁気相転移温度と呼びます。それより高い温度領域では常磁性体となります。

※9電子供与性分子

ある種の分子は、自身の持つ電子を他の分子に与えることが可能です。このような性質を持つ分子を電子供与分子といいます。

※10電子受容性分子

電子供与分子とは逆に、電子を受け取ることが可能な分子も存在します。このような性質を持つ分子を電子受容分子といいます。電子供与分子と電子受容分子を組み合わせることで、分子間での電子移動等を実現することができます。

※11酸化還元反応

電子の授受を伴う化学反応の事を酸化還元反応と呼びます。基本的には電子供与性分子と電子受容性分子の間で起こります。本研究におけるTCNQ誘導体(TCNQRx)は電子受容性分子であり、電子供与性分子であるルテニウム錯体と酸化還元反応を起こし、分子骨格内ではTCNQRx•−となっています。TCNQRx•− は逆に電子供与性分子として機能し、あとからくる電子受容性分子のヨウ素分子と酸化還元反応を起こします。

※12磁気相互作用パス

脱離状態では図5で示している通り、スピンを持つ[Ru2]分子が、スピンを持たないTCNQ誘導体によって架橋されているために、磁気相互作用が途切れており、磁石としての性質を持ちません(常磁性体)。一方、小分子吸着状態では電子状態変化の結果、TCNQ誘導体にスピンが生じており、磁気相互作用の繋がりが途切れることなく構造全体に広がるため磁石となります。

※13フェリ磁性

隣接スピン同士が逆方向を向く相互作用が働いている場合でも、スピンの大きさが異なるため、その差分により物質全体としては磁石になる物質をフェリ磁性体と言います。