二酸化炭素の吸脱着による磁石のON-OFF制御に成功

二酸化炭素の吸脱着による磁石のON-OFF制御に成功

“二酸化炭素磁気センサー”へ道筋

2020-12-1工学系
基礎工学研究科准教授北河 康隆

発表のポイント

・二酸化炭素ガスを吸着して磁石の性質を失い、二酸化炭素を排出すると磁石に戻る分子磁石の開発に成功。
・二酸化炭素のような非磁性ガスにより消磁される磁石は世界初。
・吸着した二酸化炭素が磁性を誘導する分子格子を変形させるとともに、分子格子と電子的に相互作用することで、材料が非磁性体の電子状態へと変化する機構。
・二酸化炭素を感知する磁気デバイスの創製につながる結果。

概要

磁石は身の回りでありふれた材料ですが、「分子の持つ柔軟性」を利用することで、従来の磁性体では実現不可能であった機能性の発現や、磁石機能の活用が可能です。

東北大学金属材料研究所の張俊博士、高坂亘助教、宮坂等教授の研究グループは、大阪大学基礎工学研究科の北河康隆准教授と共に、二酸化炭素ガスを吸脱着することで、磁化のON–OFFが可能な新たな多孔性磁石の開発に成功しました。

本現象は、吸着された二酸化炭素が、磁性を誘導する層状分子格子を変形させるとともに、分子格子と電子的な相互作用をすることにより、分子格子の電子状態を変化させ、磁気秩序を持たない状態(常磁性状態)になることで生じたものです。二酸化炭素のような、ありふれた非磁性・不活性ガスの吸着を利用して磁性体―非磁性体を制御した例はこれまでになく、ガス吸着による物性制御の可能性を大きく広げる結果です。

本研究成果は、2020年11月30日付け(現地時間)で英オンライン科学誌「Nature Chemistry」にオンライン掲載されました。

研究の背景

我々の身の回りにおいて「磁石」は、玩具から駆動系(モーターなど)を有する大小さまざまな家電製品や機器、スマートフォンから医療機器まで、広範囲にわたって使われており、快適な日常生活を送る上で必要不可欠な材料となっています。強力な磁力を持つ磁石の開発は素子の小型化や安定化へとつながるため、常に社会から要求される重要な課題の一つです。ここでいう磁石とは、上記のように日常的に使われる一般的な磁石のことを指しています。一方で近年、違った角度からの「磁石の高機能化」も求められるようになっています。ここでの「高機能化」とは、単に磁石本来の性能向上にとどまらず、従来の磁性体では実現不可能であった機能性の発現や、磁石機能との協奏を指しています(以下、多機能性磁石)。そのような付加的な機能を設計するには「分子の持つ柔軟性」が利用できます。

本研究グループでは、金属イオンと有機配位子の複合化によって合成される金属錯体を基にした多次元格子「金属・有機複合骨格(Metal-Organic Framework,略称:MOF)」と呼ばれる分子性多孔性材料に着目しました。MOFは、構成する金属イオンや有機物における付加的要素の高設計性、格子と空間の両方の特性を利用可能、などといった多くの利点を持つため、より戦略的な多機能性磁石の開発が可能です。このようなMOFの特徴である「空間」という概念を付加して磁石を作ると、本研究で報告する「多孔性分子磁石(MOF磁石)」となります。MOF磁石では、その空孔内部に合成時に使用された有機溶媒や水などの「小分子」を含みます(吸着状態)が、その小分子をMOFの基本骨格を維持したまま脱離させることが可能であり(脱離状態)、その過程が可逆であることが「多孔性」の所以となっています。このMOF磁石を用いて、我々はこれまでに、「溶媒の吸脱着により磁気相転移温度を変える磁石」の開発や、「酸素ガスの吸脱着による磁石のON-OFF制御」の実現に成功してきました。特に後者は,身の回りに広く存在する空気成分の一つである酸素を利用した革新的な結果ですが、そこには酸素が磁石に引き付けられる性質(常磁性)を持つ点が深く関与していました。一方で、空気中に含まれる他の主な成分(窒素,アルゴン,二酸化炭素)は非磁性(反磁性体)です。なかでも二酸化炭素は含有量こそ0.03%とわずかですが、温室効果ガスとしての削減目標が設定される一方で、炭酸飲料からドライアイスまでその用途は多岐にわたっており、最も身近なガスの一つです。これらのガスは、その身近さ・安定さゆえに物質との相互作用は小さく、吸脱着により磁石の性質(磁気相)を変化させる物質の開発は困難であると考えられてきました。

研究成果の内容

本研究の成果で重要なポイントは、以下の3点です。

  1. 今回作成した層状分子磁石は、二酸化炭素を吸着する前は、フェリ磁性体(磁化のON状態)です(相転移温度TC=110K)。
  2. この分子磁石に5kPa以上の圧力で二酸化炭素を吸着させると、常磁性体(磁化のOFF状態)になります。また、脱気すれば元のフェリ磁性体に戻り、何回も変換可能です。
  3. この機構は、二酸化炭素が吸着することで格子の構造が変形するとともに、吸着された二酸化炭素分子と格子間の電子的相互作用により格子内の電子状態が変化することに因ります。

以下、成果の詳細です。

本研究グループは、電子供与性分子として振る舞うカルボン酸架橋水車型ルテニウム二核(II, II)金属錯体と、電子受容分子として振る舞うTCNQ (7,7,8,8-tetracyano-p- quinodimethane) 誘導体からなる層状分子磁石を開発しました(図1)。この層状分子磁石は、二酸化炭素ガスを吸着する前の空の状態では、磁気相転移温度TC=110Kのフェリ磁性体(磁化ON状態)です。それに二酸化炭素を導入していくと、速やかに磁化の減少が見られ、CO2圧力が5kPa以上ではほぼ完全に磁化が消失しました(図2)。CO2を脱着させると磁化は元の値へと回復し、磁化のON-OFFサイクルはCO2吸脱着に対して繰り返し観測されました(図3)。さらに,CO2の吸脱着に伴う変化は磁気特性だけでなく、電気伝導度や誘電率などの電気物性にも影響を与えることが分かりました(図4)。

吸着状態および脱離状態の結晶構造等を精査した結果、MOFの構成分子であるルテニウム二核錯体とTCNQ誘導体の電子状態が、CO2吸脱着の前後で変化していることが分かりました(図5)。つまり今回のMOF磁石では、CO2の吸脱着に伴い、構造変化だけでなく、構成分子の電子状態も変化したため、磁気格子の構成分子であるTCNQ誘導体上のスピンが消失し、磁気相互作用パスの分断が起こったために磁化のON-OFF制御が実現しています(図5)。結晶構造を基に量子化学計算による検討を行ったところ、CO2吸着下における磁化OFF状態の安定化には、吸着CO2分子とMOF骨格のTCNQ誘導体部分との間の電子的相互作用が大きく影響していることが示唆されました。

研究の意義と今後の展開

「多孔性磁石」は、従来からよく知られた電場・磁場・光・圧力などの物理的な刺激とは異なり、「分子吸脱着」という化学的な刺激により駆動する材料です。化学物質の性質を磁化という物理量に換える、「化学―物理変換」を可能にする材料と言い換えることもできます。これは、生体系でみられる機能にも似ています。今回、物性変換に用いられた二酸化炭素は、酸素のような常磁性体でもなく、反応性に乏しい、極めてありふれたガスの一つだと言えます。加えて、現在温暖化などの環境問題などで最も注目すべきガス分子の一つです。にもかかわらず、MOF磁石においてはその吸脱着が十分に磁性制御につながることを本結果は示しており、二酸化炭素の磁気センサーの応用も視野に入ってきます。さらに、今回の成果は、ガス分子を受け入れる側のMOFをチューニングすれば、様々な小分子の出し入れによる物性制御が可能であることを示唆しており、基礎・応用の両面から大変意義深い結果だと考えられます。今後は「化学―物理変換」のコンセプトを用い、物質による物性制御や多成分認識などの応用研究にも展開する予定です。

論文タイトルと著者

雑誌名: Nature Chemistry
英文タイトル: A metal-organic framework that exhibits CO2-induced transitions between paramagnetism and ferrimagnetism
全著者: Jun ZHANG, Wataru KOSAKA, Yasutaka KITAGAWA, Hitoshi MIYASAKA
DOI: 10.1038/s41557-020-00577-y

特記事項

本成果は、東北大学金属材料研究所・先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)、国際共同利用・共同研究拠点(GIMRT)、および研究教育助成基金事業「クリエイト」(代表: 張俊 No. J190001232)、文部科学省新学術領域研究「π造形科学」(代表:宮坂等、No. 17H05137)、基盤研究(A)(代表:宮坂等、No. 16H02269・20H00381)、基盤研究(C)(代表:高坂亘、No. 18K05055 および代表:北河康隆、No. 19K05401)、若手研究(代表:張俊、No. 20K15294)、特別推進研究(代表:腰原伸也、No. 18H05208)、および日本学術振興会特別研究員奨励費(代表:張俊、No. 17J02497)の助成を受けました。

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図1 電子供与性分子(水車型ルテニウム錯体)と電子受容性分子(TCNQ誘導体)から合成される層状磁石の模式図。

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図2 二酸化炭素の吸着下における磁化の温度依存性(外部磁場100Oe、図中の(数字/kPa)は二酸化炭素圧力を示す)。二酸化炭素が導入されると速やかに磁化が減少し、5kPa以上の圧力では磁化はほぼ完全に消失。

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図3 二酸化炭素吸脱着サイクルに対する磁化(1.8K、外部磁場100Oe)の変化。二酸化炭素の吸脱着による磁化の変化は非常に良い可逆性を示している。

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図4 直流電気伝導度の温度依存性。すりつぶした試料を金属電極に挟み込んで測定。黑:ヘリウム100KPa,⻘:二酸化炭素100kPa雰囲気下においてそれぞれ降温(●)、昇温過程(〇)にて測定。二酸化炭素雰囲気下では230K付近からサンプルへの二酸化炭素の吸着とそれに伴う電子状態変化が起きているため、電気伝導度にも大きな変化が見られる。

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図5 二酸化炭素吸脱着に併せて起こる電荷状態変化の模式図。ルテニウム二核錯体の電荷状態も変化しているが、いずれの状態も不対電子が存在する(S≠0)。一方のTCNQ誘導体は、CO2吸着状態において非磁性(S=0)となり、不対電子が存在していない。この非磁性のTCNQ誘導体の所で磁気相互作用の繋がりが途切れてしまうため、CO2吸着状態において磁化が消失する。

参考URL

基礎工学研究科 中野研究室HP
http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/nakano/index.html

用語説明

分子磁石

日常で用いている磁石に代表されるように、多くの磁性体は合金や酸化物などの無機物で構成されています。これに対し、分子を用いて作成した磁性体を総称して分子磁性体(分子磁石)と呼んでいます。分子磁性体は無機物の磁石にはない「やわらかさ」や「設計性や機能性付加の多様性」を有しており、盛んに研究が進められています。

非磁性ガス

不対電子を持たない物質。一般的なガス分子では、二酸化炭素は反磁性物質であり、酸素は常磁性物質です。

磁気秩序

物質中の電子スピン間に磁気的な相互作用が働き、それが三次元的に⻑距離に及ぶことにより磁石となります。一般的な磁石は通常、強磁性体、あるいはフェリ磁性体のどちらかです。磁石には磁気相転移温度が存在し、それより高い温度領域では常磁性体となります。

常磁性状態

不対電子(電子スピン)をもつ物質ですが、物質の電子スピンがバラバラの方向を向いているために非磁性体であるが、磁場を印加すると、その方向に弱く配列する性質を常磁性と言います。常磁性を示す物質を常磁性体といい、常磁性体は、強力な磁石を近づけるとそちらに引き寄せられます。しかし、磁場を取り除くとスピンはまたバラバラの方向を向いてしまうため、常磁性体は、いわゆる磁石としての性質は持ちません。

磁性体―非磁性体を制御した例

一般的なガス分子では、酸素の吸脱着を利用した磁石のON-OFF(磁気相変換)が可能な材料が、これまでの研究において見出されていました。東北大学プレスリリース2019年1月16日

磁石機能との協奏

(本研究で扱う材料の他に)一例として、強誘電強磁性体をはじめとするマルチフェロイクス材料などが挙げられます。強誘電特性と強磁性特性を併せ持つ材料においては、外部磁場の印加により、磁気分極の方向だけでなく、自発電気分極の方向も制御できる可能性があり、磁気分極、電気分極の組み合わせにより、4通りの情報を読み書きできるメモリ材料としての応用が期待されています。

分子性多孔性材料

ゼオライトや活性炭、シリカゲルのような無機物のみから構成される従来の多孔性材料に対して、金属イオンと有機配位子から構成される多孔性材料の総称です。金属―有機複合骨格(Metal-Organic Framework; MOF)や多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)などと呼称されます。金属イオンの配位環境と有機物の持つ高い分子設計性に特徴があり、ナノサイズの細孔を利用した気体吸蔵・分離・触媒・センサーなどの分野での応用が期待されています。

磁気相転移温度

その材料が磁石として機能する上限温度のことを磁気相転移温度と呼びます。それより高い温度領域では常磁性体となります。

磁気相

常磁性、強磁性、反強磁性、フェリ磁性をはじめとする様々な電子スピンの配列の様式(磁気秩序状態)を総称して磁気相といいます。

フェリ磁性体

隣接スピン同士が逆方向を向く相互作用が働いている場合でも、スピンの大きさが異なるため、その差分により物質全体としては磁石になる物質をフェリ磁性体と言います。

電気供与性分子

ある種の分子は、自身の持つ電子を他の分子に与えることが可能です。このような性質を持つ分子を電子供与分子といいます。

電子受容分子

電子供与分子とは逆に、電子を受け取ることが可能な分子も存在します。このような性質を持つ分子を電子受容分子といいます。電子供与分子と電子受容分子を組み合わせることで、分子間での電荷移動等を実現することができます。

磁気相互作用パスの分断

脱離状態では図5で示している通り、スピンを持つ[Ru2]分子が,同じくスピンを持つTCNQ誘導体によって架橋されているために、磁気相互作用が途切れることなくつながり、磁石になります。一方、CO2吸着状態では電子状態変化の結果、TCNQ誘導体のスピンが消失しており、この箇所で磁気相互作用の繋がりが途切れてしまうため、磁気秩序が消失してしまいます。